7話 最弱冒険者、スキルを憶えました
「なんでよ!? なんで駄目なのよ!? 物はなんでも燃えるじゃない! 『燃えないゴミ』なんてこの世に存在しないのよ!」
「子供みたいにヘリクツ言わないでくださいよぅ・・・・・・」
とある日の早朝。
近所迷惑を考えない馬鹿の駄々で目覚めた俺は、言い合いに巻き込まれないように速やかに外へ出ようとする。
しかし、
「あ、マコトさん! どこに逃げようとしてるんですか!? スカーレッドさんの説得を手伝ってください!」
玄関に続くドアのノブを俺が握った瞬間、すぐにクリーミネが俺の退路を塞いだ。
「・・・・・・はぁ。なにがあったんだ?」
しかたなく、ほんとうにほんとうにほんっとうにしかたなく、俺は事情を問いかけた。
「クリーミネがゴミを出させてくれないの!! この結晶はどう考えても燃えるじゃない!」
「とんでもない高温を出せばの話です。それは燃えないゴミです」
「細かいことはいいでしょ!? ねぇ、マコト! マコトは捨てていいと思うわよね?」
「うん、駄目だね」
スカーレッドの意見を適当に聞き流し、俺は即答した。
結晶を燃えるごみに捨ててはいけないだなんて、今時、小学校低学年でもわかることだ。
なんて馬鹿馬鹿しいことで俺を引き留めたんだよ・・・・・・
「あ、クリーミネ、エールは?」
めずらしくエールがリビングにいないことに気付き、俺はクリーミネに尋ねる。
「クエストを受けに行きましたよ? みんなで行けそうなクエスト探してくるんだ! って張り切ってました」
台ふきでテーブルを拭き始めたクリーミネの言葉を聞いて、俺の脳裏にある光景がフラッシュバックされた。
それは、エールがうちに来て3日目のこと。
『みんな! いい感じのクエスト見つけたから行こ?』
朝食を済ませた俺たちに、エールがクエストの話を持ち出した。
エール曰く、レベル一の冒険者でも出来るかもしれない簡単なクエストだそうで、俺たちは安心してそのクエストに出発したのだ。
しかし、いざ目的地についてみると、そこはドラゴンやらゴーレムやらがウジャウジャいる火山地帯で、俺たちは泣き叫びながら逃げ回ることになった。
『お、おい! 話が違うぞ!? これはレベル一の冒険者でもできる簡単なクエストじゃなかったのか!?』
『もちろんそうだよ? あのドラゴンの産む卵を持って帰ればクエストクリア。運が良ければ、レベル一でもだいじょーぶ!』
ドラゴンに追いかけられながら、なんとも楽しそうに言うエールを見て、俺は決めたのだ。
もうこいつにはクエスト選ばさねぇ、と。
「たっだいま~!!」
俺が過去の記憶に身震いしていると、リビングのドアが勢いよく開かれ、ドアがスカーレッドに直撃した。
元気いっぱいのトラブルメーカーの参上である。
「え、エール。クエストは?」
俺が恐る恐る問うと、うずくまるスカーレッドを気にすることも無くソファに座ったエールは、つまらなそうに呟いた。
「なかったよ。今の私たちに丁度いい感じのクエストは」
「そうなんですか・・・・・・このまま仕事ができないと、食費が足りませんね」
「主にお前のせいだけどな」
「ねぇマコト。マコトはレベルが10もあるんだからスキルを憶えないの? スキルが増えればいろんなクエストに行けるよ?」
エールの意見に周りも縦に首を振って同調する。
確かに、俺はこないだのやまキング戦でかなり経験値を稼ぎ、レベルが10に達した。
この経験値なら初級のスキルなら6個は解放できるだろうな。
この仕事がない機会に、まとめてスキルを憶えてしまった方がいいかもしれない。
この持久力がないパーティにぴったりのスキル習得出来たら、早く魔剣が手に入る可能性が高くなるしな。
「ちょっとスキルを憶えたいから、一緒に簡単なクエスト行ってくれないか?」
俺の誘いに、皆は元気いっぱいに乗った。
◆◆◆
「いい? スキルは、覚えたい!! って思えば、勝手に習得されるわ。料理スキルなら料理中に。釣りスキルなら釣り中に。戦闘スキルなら戦闘中に。それぞれの場面で強く念じるのよ。でも、それ相応の経験値か、自分の中でなにか覚醒しないとスキルは覚えられないわ」
「思うだけでいいのか。意外と簡単だな」
俺はスカーレッドの説明を頭の中で繰り返し復習しながら、背中の剣を引き抜いた。
俺たちがいるのは王国から少し歩いたところにある『蛍の森』だ。
夏は地面から漏れた魔力が蛍のように点滅し、それはそれは綺麗な景色になるらしいが、残念ながら冬はただの森のようだ。
俺がスキルの練習用に目を付けたモンスターは『レッドウルフ』。
このモンスターはニホンオオカミを紅に着色したような見た目で、正直とても強そうだ。
「見た目に騙されちゃ駄目だよ? 一匹の犬なんてドラゴンに比べればよわっちぃよ」
「比べる対象が間違ってるけどなっ!」
俺は地面を蹴ってレッドウルフを間合いに捉えると、剣を前に突き出してレッドウルフの顔を穿とうとした。
が、
「嘘でしょ!? あのレッドウルフどうしてあんな上手いのよ!?」
レッドウルフは剣を容易く口で受け止め、そのまま頭を振って俺ごと剣を宙に放る。
「そいうえば聞いた事があります! この森で最近大繁殖しているキノコが飛ばす胞子を吸い過ぎたレッドウルフは、自我を失い凶暴化するらしいです!」
「それを早く言えよ!!」
俺は空中で体制を無理やり立て直し、地面に落下する勢いを剣に乗せてレッドウルフを真っ二つに叩ききった。
「おお! なかなかやるね!」
「他人事なのも今の内だぞ?」
「囲まれちゃってるんですけど!? どうしようマコトどうしよう!?」
気付けば、周りの木々の間から無数の眼光がこちらを射ていた。
どうやらレッドウルフの群れに囲まれてしまったようだ。さっきの一匹は囮か。
「スカーレッド! お前は魔力の制御が苦手なんだから、強力な魔法を使うとまた止められなくなるぞ? 簡単な魔法しか使うな」
「わかったわ!」
「クリーミネはとにかく数を減らしてくれ!」
「了解です!」
「エールは回復頼んだ!」
「わかったよ!」
「よし、じゃあいっちょいってみよう!!」
俺は全員に指示を飛ばすと、スキルの習得を強く念じながら手をレッドウルフの前にかざした。
すると、手が水色に輝きだす。
「記念すべき一回目! 頼むから強いスキルが出てくれよ!」
習得できるスキルはランダム。
習得者の運ですべてが決まるわけだ。携帯ゲームのガチャみたいな感覚か。
レッドウルフが口を大きく開けて俺の元に走ってきた時、俺の手から光が消え、レッドウルフがすっ転んだ。
「今のがスキルですか?」
俺は今のがスキルかどうか疑問を抱き、オオカミが転んだ地点を見る。
地面には障害物は何もなく、器用に結ばれた草だけが存在していた。
まさか――――――――
「――――――――――この草を結ぶのがスキルか!?」
「草を結ぶ? あ、そういえば、『草結び』って言う名前の最弱スキルがあったわね。あんなスキルが当たった人は可哀想に。クスクス! ――――――げふ!!」
俺は転んだオオカミをぶん投げてスカーレッドの頭にぶつけ、また新たに強くスキルの習得をイメージする。
もうはずれは引かない。引いてなるものか。
自爆魔王や、スキル不足騎士。回復魔法中毒に長ネギ王という呼び名。消えていく金に最弱スキル。
思い返せば、今までロクなことがない。せめて。このスキルだけは。
「チートスキル! 君に決めたァァァ!!」
俺はクリーミネが吹き飛ばして体勢を崩したオオカミに、今度は剣を向けた。
これなら剣を使った攻撃魔法が手に入る気がするのだ。
できれば派手めの、炎やら氷やらがどっかんどっかん出る異世界らしいスキルが欲しい。
そんな俺の期待は、次の瞬間にマッハで打ち砕かれた。
「えっ?」
牙をむき出しにして俺に襲いかかるオオカミ。
そのオオカミに向けられた俺の愛剣は、ライターの火のようにか弱い火をポッと出し、そこから沈黙した。
沈黙した、ということは、スキルが終わったということだ。
スキル発動時間、僅か0.1秒。
敵への効果皆無にして、消費魔力は俺の魔力保有量の約半分。
「完全にネタスキルですね」
「こんくそが!!」
俺はもうどうにでもなれとばかりに剣を適当に構え、律儀にも俺のリアクションを待ってくれていたオオカミ睨めつける。
オオカミもこちらの戦闘準備が整ったことを察し、眼光をぎらつかせ俺に飛び込んできた。
「はーい、スキル発動~」
主に精神面でぼろ雑巾みたいにされた俺は、戦闘中の冒険者にあるまじき気合と共にスキルを発動させる。
すると、愛剣が鮮やかに輝き、オレンジ色の光芒を引いた。
剣の刃が真っ赤になり、やがて炎をまとう。
「能力付加系スキルの『フレイム』だね。初めてのあたりおめでとう!」
俺は火炎の尾を引く剣を真一文字に振り切り、レッドウルフを吹き飛ばした。
剣が得物に当たった瞬間の癖になる手応えに、剣を振った時に出る炎特有の鈍い音。
俺は初めて手にするスキルらしいスキルにテンションが上がり、愛剣に有りうる限りの魔力を注ぎ込んだ。
その瞬間。
「あれ・・・・・・目が、見えないぞ・・・・・・」
俺の視界が闇に呑まれ、突如全身の力が抜けた。完全に魔力切れである。
「自爆ね」
「自爆だね」
「マコトさんっ!?」
青空の元、調子に乗って痛い目を見た俺に向けられる冷たい眼差しの中、俺は確信した。
俺の見方は、クリーミネしかいないのだと。