4話 この魔王、魔法を使ったらいけない奴でした
「あの・・・・・・スカーレッドさんはなんで魔法を解かないんでしょうか?」
「解き方わからないんじゃね?」
「そんなまさか・・・・・・」
エリマキサラマンダーを吹き飛ばすことに成功してから約5分。
スカーレッドは一向に魔法を解かず、雪だるまもぴくりとも動かない。
『助けてー!! 魔力が暴走して動けないんだけど!! 魔法苦手なの忘れてたんだけど!! 温かいところに行きたいよ! 寒いよ!! あ、意識が・・・・・・』
「「・・・・・・」」
突如、雪だるまから聞こえてきた声に思わずため息が出た。
なんて間抜けな。
元魔王とあろうものがトカゲ数十匹倒しただけで魔法の解除も出来なくなるとは。
本気でこの先の冒険が思いやられる。
「助けるのやめてさっさと帰ろうかな」
「さ、さすがに気絶している女性を氷漬けにしておくのはちょっと」
「自分から氷漬けになったんだけどね!?」
「とにかくちゃんと連れて帰りましょう? そして私に宿を提供しましょう?」
「後者はともかく前者はわかった」
さらっと宿の提供を提案してきたクリーミネを自慢のスルースキルで華麗に無視し、俺はスカーレッドを助けるべく雪だるまに近づいた。
「こんなデカい氷の塊の中からどうやって出せって言うんだよ・・・・・・」
硬質な氷の結晶に触り、そう呟いた時、俺は指先に小さな振動を感じ取る。
氷が解け始めているのかと後ろに下がってみるが、そんな様子はない。
むしろ、雪だるまの目に光が灯り、さっきよりも生き生きとしているような気さえするほどだ。
「あの・・・・・・雪だるま動いてません?」
クリーミネが呟いたため俺がクリーミネの方を向くと、後ろでズシン、と重々しい音が響いた。
俺は背中に冷や汗をダラダラと流しながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
振り返った俺が見たのは大きいクレーターだ。
まるでさっきまで土に沈み込んでいた雪だるまが動きだして姿を消したような・・・・・・
でも、そんなことはありえない。
あってたまるか。
コントロールを失った超上位魔法が王国の近くで暴走など笑えないなHAHAHA。
「マコトさん。雪だるまが王国方面にダッシュで近づいて行ってます」
「こんくそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
もしもあの雪だるまが王国に突っ込むなんて事態になった場合、俺たちは言うまでも無く国家転覆容疑で処される。
それだけは絶対に避けなくては。
犠牲はトカゲと魔王だけで十分じゃないか。長ネギ王は平和に暮らすべきである。
「クリーミネ! 追いかけるぞ!」
「了解です!!」
俺は翌日の筋肉痛など意に介さず、強く地面を蹴り、全力で草原を駆けた。
クリーミネの方がステータスが遥かに上だが、やはり懸っているものがあると人間は限界を超えるのか、俺のダッシュスピードはクリーミネと同等だ。
そして、見た目のイメージの数百倍の速さで草原を走り抜けた雪だるまの後ろが見える所まで走った時、王国の中央にそびえる城に閃光が走った。
「なんだあれ!?」
「あれは・・・・・・グングニル!? 世界四大攻撃魔法の一つ、神槍『グングニル』ですよ!! まさかあれをこっちに撃つつもりじゃ・・・・・・!!」
「え!? そんな強い魔法を奴ら雪だるまに撃つの!? あいつら魔法の撃ち過ぎで頭おかしくなったんじゃねぇか!?」
「そんなことはどうでもいいんです! あんな魔法が飛んできたらスカーレッドさんは粉々ですよ!」
「まじか!!」
目を細めて城を見ると、城の上空に大きな魔方陣が形成されていた。
魔方陣は紫色に輝いており、レベル一の冒険者にもはっきりわかるほどの強烈な魔力を帯びている。
あれを一人で発動してる化け物があの王国内にはいるということか。
「おいスカーレッド!! まじヤバイ! まじヤバイから魔法解いて! それかあの槍躱せ!」
「無理です。あの槍は必中なんですよ。放たれたら最後、あの雪だるまが槍を躱すことはありえません・・・・・・」
「んなチートな!」
何とか策を考えていると、雪だるまが王国の手前で急に静止した。
雪だるまは硬質な氷でできた手を真上にあげ、空中に大きな槍を生成し、それを掴んで構える。
その槍は長く、あまりにも大きかった。
あれを投げられたら国家転覆未遂などでは済まされない。国家転覆でその場で殺されてしまう。
「やめてくださいやまキング!! なんのために王国に入ろうとしてるんですか!?」
「やまキング!? そんな名前付ける暇があるなら魔法でも使ってあれ壊せ!」
「攻撃魔法は使えません」
『やーまぁ・・・・・・』
俺たちがくだらないやり取りをしている間、やまキングは大きく体を捻って槍の投擲の態勢を整えていた。
そして、
『キーングっ!!』
やまキングは体の捻りを戻し、全身の体重を乗せて槍を投擲した。
「やっちまった!! あの雪だるまやっちまいやがった!! クリーミネ! あの超音波であれ壊せるか!?」
「あんなデカいの無理ですよ~!! あわわ・・・・・・」
放たれた氷の槍は空気を凍てつかせ、空を裂きながら一直線に王国まで飛んでいく。
城から大砲だの魔法だのが次々と放たれるが、全て槍の冷気に凍てつき、力なく地面に落ちていった。
絶体絶命。
誰もが王国の崩壊を覚悟した時、突然槍が真っ二つに割れ、音も立てずに一瞬で蒸発した。
まさか、誰かが切ったのか・・・・・・?
「!! 聖騎士ですね! さすが上位職! あの槍を一瞬で無効化するなんて」
「感心してる場合か! やまキングを見ろ!」
蒸発した槍を見て、やまキングは不機嫌そうにうつむく。
やまキングはしばらく『やま~』とうなった後、またも手を空に掲げた。
また槍を打つきだろう。今度こそ止めなければ。
「クリーミネ。お前筋力値いくつだ?」
「マックスです」
俺の問いにドヤ顔で返すクリーミネだが、俺は気付いている。
おそらくこの女、戦闘系のスキルが覚えられない為すべての経験値を筋力値に振ったのだろう。
このドヤ顔がとても悲しい顔に見えるのは俺だけだろうか・・・・・・。
「じゃあ、俺があのグングニルとやらを受け止めるから、その間に雪だるまからスカーレッドを取り出してくれ。筋力値マックスなら、あの氷くらい砕けるだろ?」
「そんな無茶な! やめてください! マコトさん死んじゃいますよ!?」
俺は俺の肩を掴み、必死に訴えるクリーミネの手を取った。
「やるしかないんだ。必中なら正面から受けて立つしかないだろ。なんかさ、できればでいいけど『味方に力を与える』みたいなスキルないか?」
「ありますよ。私の筋力値なら半分マコトさんに渡してもあの氷を砕けます」
「じゃあ頼む!」
「お任せを!」
クリーミネは自信たっぷりの顔で俺に触れ、スキル宣言を開始する。
「貴方に多大なる御武運があらんことを。天使の微笑」
クリーミネがスキル宣言を終えると、俺の体に黄金の光が入り込んだ。
体が軽い。今ならどんな種目でオリンピックに出ても金メダルをとれる、そんな気がするほどだ。
こんな簡単にアスリートほどの力が手に入るとは。アスリートが知ったらひきこもり確定だな。
「よし、いっちょいくかな!」
目指すはやまキングのてっぺん。
俺は目標地点を睨めつけ、膝をくの字に曲げた。
目標の高さ約10メートル。これに飛び移れたらギネス記録達成だ。
「いっくぞぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は自身の輝かしいジャンプポーズを夢想し、強く大地を蹴った。
踏み込んだ大地は蜘蛛の巣状に割れ、大きく砂ぼこりを巻き上げる。
もうなんか戦闘漫画みたいだ。
「マコトさん! もうグングニルが放たれちゃいますよ!! 魔力がもう最大まで膨れ上がっ―――――――――――」
クリーミネの言葉を遮ったのは爆発音だった。
爆発音と共に大量の魔力が振り撒かれたことから、爆発音の原因は理解できる。
グングニルが放たれたんだ。
紫色の閃光を辺りにばらまき、衝撃音を響かせながらグングニルは放たれ、僅か三秒で俺の前に到達した。
「まじか!!」
俺はすぐに身を捻り、グングニルを正面に見据えた。
漆黒の光芒を引きながら放たれた槍は世界四大攻撃魔法の名に恥じない魔力・速度を持っており、その刃は怪しく、どこか美しく思える。
この槍を普通の人間が受け止めればもちろん即死する。
剣を当てれば刃が溶け、盾で防ごうとすれば盾が穿たれるだろう。
この槍から逃れるには何よりも硬いものと、槍を受け止める筋力が必要なわけだ。
―――――――――――幸い、俺は全て持っている。
「槍なんかクソくらぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は本音をぶちまけながら、手に握っていた虹色に輝く石を取り出した。
この石の名はマジックストーン。
昨日の夜手に入れた冒険者の証だ。
実はこの石、スカーレッドによると硬度 は世界一だそうで、どんな魔法を受けても壊れないらしい。せっかくの機会だ。
この石の強度、試してやろうじゃねぇか。
俺は手に握られた石を目の前に迫る槍の先端に突き出し、グングニルを正面から受け止めた。
「ふんごぉぉぉぉぉぉぉ!!」
グングニルがマジックストーンに吸い込まれるようにぶち当たり、大きな衝撃波と魔力が辺りを駆け抜ける。
魔法の世界にいながら肉弾戦しか能がないクリーミネの筋力が、ギリギリではあるがグングニルを受け止めている。
これがカンスト勢の実力か。
後は、押し切って破壊するだけだ。
俺は歯を思いっきり食いしばって、視界が真っ白になるほどに必死でグングニルを押すが、グングニルは消え去る気配がない。
むしろ、だんだんと威力が増していっている気がする。このままではまずい。
「マコトさん! 魔力です! 貴方のそのハエレベルの魔力でも身に纏えば筋力は上がります!」
「お前この状況で俺のメンタルを攻撃すんな!」
こんな状況でも自分を貫くクリーミネに文句をつけ、俺は言われたとおりに魔力を解放した。
この魔力は魔法に使うわけでもないし、正直魔力の有無は視界では確認できないくらい弱い。
だが、驚くべきことにグングニルに一筋のひびが入ったのだ。
こんななけなしの魔力でグングニルと張り合えるほどクリーミネの筋力は強いのか。
「これなら行ける!!」
視界が真っ白を通り越してチカチカ弾けだした頃、突如グングニル全体にひびが入り、爆音を轟かせながら爆散した。
ばら撒かれた紫の魔力にやまキングは倒され、盛大に砂煙を巻き上げる。
俺はやまキングが倒れる瞬間に氷に剣を突き立て、一緒に倒れたことにより落下ダメージも無し。
マジックストーンにも傷一つついていない。
完全勝利だ。
「クリーミネ! 逃げるぞ! やまキングは自然現象だったと見せかけるんだ!」
俺は、後ろで「スカーレッドさんゲットだぜ!」とガッツポーズをしているモンスターマスター気取りのアホに拳骨をおろし、すぐに王国の裏口へと走った。
この後、目を覚ましたスカーレッドが俺から数時間説教をくらったのは言うまでもない。