21話 最弱冒険者、間欠泉に行きました
「クリーミネおかえり!! 大丈夫だった!?」
温泉の源泉から命からがら喫茶店に帰ってきた俺とクリーミネは、エールに暖かく迎えられた。
そのエールの姿に、クリーミネはぐっと来たようだ。
そっと顔をそむけ、目を擦っている。
「すいません。ちょっと目にゴミが・・・・・・」
素直じゃない奴だ。
まあ、それもクリーミネらしいといえばらしいのだが。
「お、おかえりマコト・・・・・・。お前強めに殴ったな? さっきからくらくらするんだが」
「エールに回復魔法かけてもらえよ」
「一回30000ランドになりまーす!」
エールが『30000ランド』と書かれたプラカードを掲げると、ハルトが苦笑いした。
エールの奴め。
日頃あれだけポンポン回復魔法撃ちたがるのに、肝心な時は金をとるのか。
なんて悪質な。
「あ、ハルト。源泉から温泉を運ぶためのパイプを坂ごと消し飛ばしちゃったからよろしく」
「は!? マコトが!? あのパイプを!? 坂ごと!? ・・・・・・夢でも見たのか?」
「じゃあ夢ってことで、弁償は王国持ちで」
困惑するハルトには、後で回復魔法をかけてあげよう。
「じゃあ、俺は疲れたからもう寝る。おやすみ~」
俺は騒がしくなった店を出て、一人宿屋へと向かった。
「貴方がお兄様のお友達ねっ!!」
宿に向かう途中、路地裏からそんな声が聞こえてきた。
なんというデジャブ。
前にも『大収穫祭』でこんなことがあったような気がする。
うん、ロクなことになりそうもないからスルーしよう。
「ねえ! 聞いているの!? ねえってば!! ・・・・・・ううっ・・・・・・」
「わーわー! 泣くな! 俺が悪かった!!」
足早に歩く俺に、何度も声をかけてきた少女は、目に涙を浮かべている。
危なかった。
こんな道の真ん中で小さい子をい泣かせたとあっては、後であの三人になんて言われるかわからない。
「その金髪・・・・・・玄武族か?」
「そうよ。 それよりも、貴方がお兄様のお友達?」
少女を見ると、ものすごい高そうなドレスを着ている。
となると、この子は貴族か王族の娘で間違いない。
すごい嫌な予感がする。
この世界の文明レベルは、精々中世ヨーロッパってところだ。
そんな世界で、貴族や王族を怒らせたらどうなるか。
そんなこと考えなくてもわかる。
即日処刑だ。
・・・・・・逃げようかな。
「ん? 王族・・・・・・。お兄様ってハルトのことか?」
「うん! じゃあ、お兄様のお友達なんだね!」
少女・・・・・・というより幼女だが、そんなことを言ったら間違いなく首が飛ぶ。
まあ、その少女は、嬉しそうに俺の手を引いて路地に入っていく。
この誰かに連れられて路地の奥へ行くこと自体、かなり抵抗があるのだが。
「どこに行くんだ?」
「間欠泉よ」
間欠泉?
行ってどうするのだろうか。
ハルトの話だと、次に吹き出すのは三日後とのことだ。
地上に行こうなんて無理な話だ。
「街の中に間欠泉とか大丈夫なのかよ・・・・・・」
「すっごい頑丈な結界が貼ってあるのよ!! でね! その間欠泉がすごくてね! 地上まで温泉が噴き出すんだって!!」
「へ、へぇ~」
どうしよう。
凄い嫌な予感する。
冷や汗が止まらない。
「私ね! 実は水を操ることができるの! 生まれ持った能力よ!」
「た、例えばどんなことができるんだ?」
間欠泉・・・・・・というよりは、大穴のように見えるそれの前で立ち止まり、少女はニッコリと笑って言った。
「間欠泉が噴き出す周期を変えたり・・・・・・とか?」
「帰ります」
駄目だ。ここにいちゃいけない。
もしもここにいれば、俺はとんでもない目に遭う気がする。
「駄目よ! お兄様の友人なんでしょ? しかも、地上人! なら、地上に出ても安心ね!」
「うん、全然安心できないな。俺、不眠症になるかもしれない」
俺が帰ろうとすると、少女は見た目から想像もできない程の力で俺の手を掴んだ。
こいつ筋力増強系の魔法かけてやがるな!
「じゃあ、行きましょう!! 新たなる冒険の地へ!! ワクワクするねっ!!」
「嫌だ行きたくない!! 俺には刑務所に行く未来しか見えないもん!! 全然ワクワクしないから! 俺の首が飛ぶから!!」
俺が必死に抵抗していると、少女は片手で俺を持ち上げ、間欠泉の中へと放り投げた。
そして、少女自身も間欠泉に飛び込むと・・・・・・。
――――ドオォン!!
爆発じみた轟音と共に、大量のお湯が一気に噴き出した。
俺が悲鳴を上げていると、温泉は噴き上がりながら船みたいに形を変え、俺と少女を優しく包み込む。
水を操る能力。
使える場面は限られるが、意外と強力な能力かもしれない。
・・・・・・って、そんな場合じゃない。
「今すぐ戻ろう!! 君がやっているのは誘拐だ! 拉致だ!」
「ふふふ。よく考えてみて。小さな女の子と、男の人。第三者から見て、どちらが誘拐されたように見えるかしら!!」
「こ、こいつ・・・・・・!!」
小さな少女だからと油断した。
こいつは関わっちゃいけない奴だったんだ。
「で、でも! お前危ないぞ! 外では玄武族は国際指名手配中なんだろ?」
「そこで貴方が守ってくれるじゃない!」
「どうしよう。お兄さんすごく実家に帰りたい」
こんなことを話している間にも、俺たちを乗せた船はものすごいスピードで上昇していく。
こんな状況でも平常心でいられるこの少女は何者なんだ。
「・・・・・・俺は最弱職だぞ? 死んでも知らないからな」
俺の言葉に、楽しそうに外を眺めていた少女は、天使のように微笑んだ。
「私は知ってるよ? どうして、源泉へと続く坂道が消え去ったのか。貴方は本当は優しいお兄ちゃんだもん」
この娘は本当に子どもなんだろうか。
クリーミネより年下に見えるのに、時々スカーレッドの百倍くらい大人っぽい。
これなら、意外と手がかからないかも知れない。
「あ・・・・・・。私、お兄様に何も伝えてない・・・・・・」
・・・・・・もう嫌だ。
◆◆◆
「・・・・・・マコトがいないわ」
宿に戻るなり、スカーレッドさんがそんなことを言った。
エールさんも部屋の中を探し、果てにはゴミ箱の中まで確認している。
二人はマコトさんをなんだと思っているのだろうか。
私のことを命がけで助けてくれたマコトさん。
普段は厳しいけど、本当はとても優しいマコトさん。
・・・・・・早く会いたいなぁ・・・・・・。
「あらあら。何だかクリーミネがぼうっとしてるわよエール。王子様のことを考えてるのかしら!」
「青春だねぇ」
「か、からかわないでください!! 違いますから!」
スカーレッドさんは、なんでこういう時だけ細かいところに気付くんだろう。
その観察眼をもう少し他のことに役立ててほしい。
「マコトのことだから、自分から問題を起こさないと思うし・・・・・・。温泉にでも入ってるんじゃない?」
「そうね! きっとそうよ! さあ! ボードゲームで遊びましょ!」
スカーレッドさんはこれ以上考えることが面倒臭くなったようで、部屋の隅においてあるカバンからボードゲームを取り出した。
エールさんもそれを見て、喜々としてテーブルの上を片付けている。
「『バハムート』を召喚! このモンスターがフィールドに出た瞬間、相手はスクワット百回」
「えぇっ!? それ私のモンスターに攻撃するんじゃなくて、私自体に攻撃するの!?」
「それが、マイルール」
「ルール違反じゃん!!」
いつだってスカーレッドさんは自由だ。
とても楽しそうにゲームをしているけれど、エールさんが半泣きになっているところを見ると、あのゲームは絶対にやりたくないと思う。
「さあ、次の相手はクリーミネね!!」
「私は遠慮します」
「そ、そんなぁ!!」
私の即答に、スカーレッドさんが目に涙を浮かべたその時。
外から大声らしきものが聞こえてきた。
エールさんにも聞こえたようで、疑問符を浮かべながらも窓を開ける。
『ユイ様が!! ユイ様が!! 地上人の冒険者に拉致されたぞおおおお!!』
聞こえてきたその声に、部屋の空気が凍った。
主人公、ついに拉致られる。




