19話 最弱冒険者、温泉街に降り立ちました
「にゅむ~・・・・・・」
規則正しい寝息を立て、最早言葉になっていない何かを呟くクリーミネ。
俺はその光景を見て、軽いパニックになっていた。
というか、ならずにいられる人はいないはずだ。
もしいるのであれば即弟子入りを希望する。
大体、俺は思春期の童貞だ。
経験値ゼロ。
この状況どうすれば・・・・・・!
いや、まぁ普通に起こせばいいんだろうけども!!
起こした後になんて言えばいいんだ!
経験値ゼロの俺がどういう反応をすれば、クリーミネがパニックにならずに済むんだ!!
俺の心は荒れに荒れていた。
ロクに女性と話すこともなかった中学校3年間に加え、高校生活の1年半に至っては、女性と話した記憶はコンビニの店員しかない。
母親は仕事で海外に行っているから、話すのは父親だけ。
そんな生活を送っていた俺が、いきなり神様に意味が分かんない理由でぶっ殺されて、とうとう地底にまで到達し、挙句の果てにゴーレムに殺されかけて、眠っている美少女のとなりに気付けば寝ているとか、ここはどういう世界だ!!
「普通に話しかけてくれてもいいんですよ? 私からここに寝たんですから」
突然至近距離から聞こえた声に、俺の意識は頭の中から現実に一気に引き戻された。
聞き慣れた、無邪気であるながら水面のように透き通った声。
こんな状況で間違えるはずもない、クリーミネの声だ。
「よ、ようクリーミネ・・・・・・お、おはよう? こんにちは?」
我ながら馬鹿みたいなセリフだ。
ここで気の利いたセリフの一つでも言える人間が、モテる人間と言うんだろう。
残念ながら、俺は対象外のようだ。
「ふふっ、いつもはあんな自然体なのに、こういう時は緊張するんですね」
俺の肩に両手を置き、顔を俺の服に少しうずめながら言うクリーミネは、今までにないくらい可愛い。
あれおかしいな。クリーミネってこんな可愛かったっけ。
「ここは温泉街の宿の中です。スカーレッドさんとエールさんは温泉に行ってますよ。今は2人きりです」
なるほど。
みんなが無事にここに到達できてよかった。
モンスターにあったのは、あのゴーレムの一回きりだったようだ。
「そうか。そう言えば、お前転んだろ? 足は大丈夫なのか?」
「もう大丈夫ですよ。エールに回復魔法をかけてもらいましたから」
クリーミネは言いながら俺の肩から手を外し、背中に手を回した。
そして、両腕に力がこもり始め、俺を抱きしめる形に。
あれっ。クリーミネって、こんな感じだったっけ。
あれっ!? クリーミネって、こんな積極的だったっけ!?
「・・・・・・あの時はありがとうございました。もし、マコトさんが助けにきてくれなかったら・・・・・・私は今、ここにいません。いくらエールの回復魔法でも、さすがに一度失った命を引き戻すような禁忌には触れられませんから」
なんだ。あの時のことを気にしてたのか。
「お礼なんていいよ。こうしてクリーミネと話が出来るんだ。それだけで俺には充分だ」
「普段はあんなにゲスなのに。あんなに臆病者なのに。いざという時は助けてくれる・・・・・・マコトさんは、とても優しいんですね」
クリーミネはとびきりの笑顔で、俺を真っ直ぐと見つめた。
何か褒められてるのか、それともけなされてるのか分からない言葉だったが、きっと褒めてくれたんだろう。
「・・・・・・これから冒険をするにあたって、戦闘系のスキルが使えない私は大きな足手まといになります。もしかしたら、今日みたいなことも起こってしまうかもしれません」
突然暗くなったクリーミネの声。
背中に回っている手が、小刻みに震えていた。
目の前で仲間の腕が切り落とされたんだ。
年頃の女の子がそんな光景を見たら、怖かったに決まっている。
不安だったに決まっている。
もちろん、クリーミネは何も悪くない。
「私は・・・・・・このパーティに・・・・・・いえ、何でもありません。私も温泉に行ってきますね!!」
何かを言いかけてやめたクリーミネは笑顔を見せ、小走りで部屋を出て行った。
精一杯の作り笑顔を浮かべて。
「引き留めた方がよかったか・・・・・・」
薄暗い部屋のベッドに一人腰かけ、そう呟いた瞬間。
部屋のドアが木端微塵に砕け散った。
今度は何なんだ。
もう面倒事は嫌だ。
面倒くさそうな奴が部屋に入ってきたら、すぐに窓から飛び降りて逃げよう。
「やぁマコト。あれほど一言かけてから町を出ろって言ったのに・・・・・・いい度胸じゃないか!」
「あれぇ・・・・・・なんで剣なんか構えてるの? ねぇ何で? どうしてそんなに笑顔なの? あ、ちょ、ま―――――――」
「約束を守れない悪い奴は、きらいだっ!!」
ハルトは怖い程の笑顔で微笑むと、剣の腹で俺の額を軽く叩いた。
すると、少し遅れて叩かれた箇所に同じような衝撃が襲いかかる。
「いだだだだだだだ!! 痛い痛い!! え、これ千回衝撃くんの!? 能力使ったの!?」
「腕を切り落とされるよりはマシだろ?」
激しい衝撃でふらつく中、俺は思う。
ゴーレムよりハルトの方が怖い!!
◆◆◆
温泉街インフェルチア。
この地底に逃げ延びた玄武族が開拓した温泉地であり、その道中にたくさんのモンスターが生息しているため、王都からこの地に来る人は少ない。
そのため、この街にある温泉はほぼ貸切状態で楽しめるわけだ。
「客がいないのにやたらと温泉があるな。混浴が3個くらいあれば足りると思うんだが」
「混浴ってのに、俺はどす黒い野望を感じるよ」
ハルトと二人で温泉街を暇つぶしに歩いていると、遠くの方に人ごみができていた。
嫌な予感しかしない。
「俺には行く義務がある」
おそらく、行きたくないと顔に書いてあったのだろう。
ハルトはそれだけ言うと、スタスタと人ごみに中に歩いていく。
想像だが、あの人ごみを作っている原因はうちのパーティの誰かだ。
となると、必然的に俺はあの人ごみに行かなくてはならなくなる。
どうしよう。
もしも物を壊したりしていたら。
もしかしたら、法に触れて罰金を取られるかもしれない。
・・・・・・家の家計で罰金だと?
笑えねぇ。
「逃げよう」
決心したら即行動。
俺は全力で地面を蹴り、人ごみとは反対方向に走り出した。
「マーコートーっ!!助けてー!!」
「・・・・・・」
後方から聞こえた大声に、俺の足が止まった。
聞き間違うはずがない、スカーレッドの声だ。
あいつ問題起こしやがったな。
「やめるんだスカーレッド!! 勝手にまんじゅう全部食べるな!! 弁償だからな!!」
続いて聞こえてきた大声。
これはハルトの声だ。
どうやら、スカーレッドが食べちゃいけないまんじゅうを全部食べてしまったらしい。
スカーレッドは、今あまり金がないんだ。
このままでは請求書が全部俺に来る。
それだけは阻止しなければ。
「させるかよっ!!」
俺は翌日の筋肉痛など意に介せず、大きく地面を蹴った。
そして、そのまま全力疾走で人ごみの中に突入。
まんじゅうタダ食いの被害者と思われる、人ごみの中心にいる半泣きのおじさんに告げる。
「代金は王国持ちで」
◆◆◆
「あ、クリーミネが『マコトさんに』って手紙書いてたわよ? お礼が恥ずかしくて言えないからって手紙にするなんて、クリーミネも乙女ね~」
温泉街の一角に佇む喫茶店の中、スカーレッドは一つの手紙を取り出した。
「そんなおばさん臭いセリフ吐くなよ」
「おばっ!? いい度胸ねマコト! あの必殺の拳を受けたいのかしら!?」
「それは勘弁」
両手をぶんぶんと振って騒ぐスカーレッドを落ち着かせて、俺は手紙を開いた。
恐ろしく綺麗な字だ。
こういうところはポイント高い。
「ねぇねぇ。このパンケーキに回復魔法かけていい?」
「なにが起こるかわからんからやめてくれ」
エールの鍛え上げられた回復魔法は未知数だ。
ジーパンのダメージ加工が元に戻ったこともあったし、最早意味不明。
俺は疲れてるんだ。
お願いだから静かにしててくれ。
「さぁ、素晴らしきお礼の言葉を聞きましょうかね」
俺は封筒を開けて、手紙を見た。
『マコトさんへ』と書かれた最上段から視線を落とし、初めの一文に視線を移す。
『こんな私を助けてくれてありがとうございます。パーティメンバーが私の所為で怪我するところを、もう私は見たくありません。』
・・・・・・。
『それに、私は足手まといでしょう?優しいマコトさんは、私を足手まといだと斬り捨ててくれないと思います。だから、私から。私から、お別れを告げますね。』
・・・・・・。
『本音を言うと、貴方みたいな馬鹿に着いて行きたくないだけですけどね。精々、地底で寂しく死んでください。さようなら』
俺は、最後だけ妙にインクが滲んで読みづらい手紙をくしゃくしゃにしてぶん投げ、勢いよく席を立った。
突然の俺の行動に、みんなが固まる。
ちくしょう。思ってもないことを書きやがって。
精々寂しく死んでくださいだと?
字が滲んでて、泣きながら書いたのがバレバレなんだよあの馬鹿が。
「おいスカーレッド。俺の荷物はどこにある?」
「部屋のクローゼットの中よ。ねぇ、マコト。どうしたの?」
珍しく俺を心配するようなスカーレッドに顔を向けることなく、俺は言った。
「ちょっとクリーミネから飲み代ふんだくってくる」




