18話 最弱冒険者、街の外へ繰り出しました
町を出てから歩き続けて・・・・・・というより、ほとんど小走りでクリーミネを追うこと約27分。
もともと足場や道が悪いため、俺は町がどの方角にあるかすらわからなくなっていた。
そんな中。
「早く歩いてください! どうせ町の方角がわからないんです。温泉に行ってから聞きましょう? 男湯と女湯が別れているなら、管理人くらいいるはずですから」
「そもそもお前が町を出なければ迷わなかったんだよ! 温泉着いたら体で払えな?」
「訴えますよ。聞けば、地底ではセクハラは重い罪に成るそうです」
俺この法律嫌いだ!
後で、ハルトに頼み込んでセクハラ推奨とかに変えてもらおう。
そんなくだらない会話を楽しんでいた時、エールが意味不明なことを言い出した。
「というか、地底って雨の代わりに剣が降ってくるんだね」
そんなバカな話があるか。
そう思い、エールから前の前へ視線を移した俺は硬直した。
「そんなわけない・・・・・・だ、ろ・・・・・・?」
みんなを見ると、さっきまでスキップをしていたクリーミネまで、そのままの姿勢で固まっているしまつだ。
気持ちはわかる。
なぜならば。
「ご、ゴーレム・・・・・・?」
俺たちの目の前にいたのは、俺の身長の二倍はあろうかという巨大ゴーレムだった。
手を見ると、石を削ったかのような荒々しい大剣が握られている。
これを見て、エールは剣が降ってきたと勘違いしたのか。
いや普通勘違いするか!?
「よ、よし。今から作戦を伝える。身を呈して仲間を守りたいと思う心優しい奴は、三秒後にゴーレムを引き付けてくれ! 俺は逃げるぞ! 3! 2! 1! 行け!!」
俺はそれだけ早口で言い終えると、仲間の無事を祈り、ゴーレムを素通りして全力で駆けた。
すると、それと同時に三つの足音が慌ただしくこちらに近づいてくる。
ん? 三つ?
「お前ら全員ついてきてどうする!? 囮って意味わかりますかっ!?」
「酷いですよマコトさん!! か弱い少女を囮にするなんてクズです! ゴミクズです!!」
「か弱い少女なんてどこにも見えませんがっ!?」
「最低よ! マコトは最低だわ!」
「スカーレッド、それは今さらだよ」
「お前ら俺をフォローする気ゼロかっ!!」
とてもゴーレムから逃げる冒険者のセリフではないが、そんなことは気にしていられない。
と言うのも、疲れ切った足に鞭を打ち、全力疾走で微妙に水分を含んだ赤土の道を駆ける俺たちのすぐ後ろには、目を赤く光らせたゴーレムが剣を振り上げているのだ。
もし、俺たちが止まったら・・・・・・それはそれは凄いことになるだろう。
具体的には言わない。というか、考えるのを全力で拒否する。
「ひえっ!!??」
場違いにもそんなことを考えていると、俺の視界からふっとクリーミネが消えた。
みんなもその出来事に気付いたようで、一瞬目を見開き、その後すぐに後ろを振り返る。
俺もそれに習うと、
「いだだだだだ・・・・・・」
足を抱えてうずくまるクリーミネが視界の中央に収まった。
まさか転んだのか。
なんてマヌケなっ!!
「やばいよマコト! クリーミネがゴーレムに!!」
エールの悲鳴じみた声と同時に、ゴーレムが剣を振り上げ、目を一層強い赤に輝かせた。
クリーミネの顔を見ると、声には出さず口の形だけで伝えてくる。
『み な さ ん だ け で も い き て』
エールの回復魔法で回復してもらったとしても、立ち上がって逃げる前に斬られることが想像できたのだろう。
クリーミネは、なにも抵抗することなくその場に留まっている。
・・・・・・震える手を必死に隠しながら。
――――――――ふざけやがって。
「久しぶりにイラついたぞ」
真っ直ぐに振り下ろされる大剣。
その太刀筋に一切の慈悲はなく。
その大剣は肉を断ち、血を弾き。
「マコト、さん・・・・・・?」
クリーミネの前に立った俺の腕を、綺麗に切り落としていた。
赤土に広がる、それよりも真っ赤な自分の血液。
それを見ると、だんだん肩に違和感を覚えてくる。
やべぇ、どうしよう。まじやべぇ。
超痛い。腕が超痛い!
なんか・・・・・・すごい痛い!!
何も考えられねぇどうしよう!!
とりあえず、第二撃がくる前に避けないとまた斬られる。
それだけはごめんだ。
「クリーミネ逃げろっ!!」
俺は真っ白になる頭を無理やり回転させ、クリーミネに後退を呼びかけた。
しかし、クリーミネは俺の肩を呆然と見つめ、俺の声に気付く気配がない。
肩がさっきよりも震えている。
ちょっと刺激が強すぎたか。
「マコト!」
突如スカーレッドの声が響き、俺は慌ててスカーレッドの方を見た。
元魔王でも、今は冒険者。
仲間のピンチに手を差し伸べてくれたのだろう。
・・・・・・そう期待した俺が馬鹿だった。
振り返った俺が見たのは、何かを振り切った姿勢のスカーレッド。
そして、俺の方へ飛んで来る、膨大な魔力が圧縮された魔弾。
最低だ。
片腕を切り落とされた仲間を助けるどころか、止めを刺しにきやがった!
「お前マジで覚えてろおおおおおお!!」
俺は背中から剣を引き抜き、切り落とされていない右腕で構えた。
おそらくあの魔弾を切れば、魔弾が真っ二つになって両方とも俺に当たるだろう。
弾くことも俺のレベルでは不可能。
クリーミネは戦闘不能。
躱すことも、今の態勢からだと難しそうだ。
つんだ、そう思いながら、何となくスカーレッドの方を見る。
すると、スカーレッドが野球の素振りみたいなことをしていた。
あいつまさか、魔弾を切れって言いたいのか。
いや、無理なんだけど! 俺の筋力値じゃ無理なんだけど!
そんなことを考えている間にも魔弾はもの凄いスピードで迫り、気がつけば俺の剣域に入っていた。
今、剣で魔弾を切ったら多分死ぬ。
このまま何もしなくても死ぬ。
ならば・・・・・・。
「最後まで足掻いてやるよ!」
俺は剣を軽く後ろに引き、全力で魔弾に一閃した。
漆黒の剣によって二つに断たれた魔弾は、一つは俺の髪をかすめて後ろのゴーレムへ。
もう一つは俺の腹に向かって、スピードを落とすことなく飛んできた。
俺はほぼ反射的に片足を上げて腹を守り、魔弾を受けて後方に吹き飛ばされる。
幸運なことに切れた魔弾が直撃することは無かったようだ。
後ろを見るとゴーレムが魔弾を受けたらしく、地面に片足をつけていた。
腐っても元魔王の魔弾だ。
それなりにきいているらしい。
片足をついているゴーレムの頭には、赤い結晶がついている。
ここが急所ですと言わんばかりの目立ちようだ。
さっきまでは高くて切れそうになかったが、片足を付けているために頭の位置が下がっている今ならば、なんとか切れるかもしれない。
俺の筋力値で結晶が切れるか大変不安だが、魔弾に吹き飛ばされたままの勢いで斬れば、なんとか切れる気がする。
「おおおおおおおおおお!!」
俺は肩が痛すぎて、謎の自信に駆られていた。
もうなんか、やればできる気がする。
別にレベル11でも、地底に住む猛獣たちと渡り合っているゴーレムくらい倒せそうだ。
「『リべレーション』っ!!」
魔弾の勢いで一本の矢のごとくゴーレムに接近した俺は、ゴーレムの手前で勢いよく回転した。
その回転の勢いを殺さないように、さっきの魔弾から奪った魔力を解放。
ゴーレムの真っ赤な結晶を全力で振り抜いた。
――――――パリンッ。
勢いを失って地面に落下する俺の視界の中に、何かが花火のように弾けているのが映った。
視界がぼやける中、それを見て俺は察する。
仲間は無事に帰れそうだ、と。
◆◆◆
「ん・・・・・・やべぇ寝てた」
ランタンが一つ置かれただけの薄暗い部屋の中で、俺の意識は覚醒した。
なんで気を失ったのかは・・・・・・鮮明に思い出すのはやめておこう。
腕を切った。そう思っておけばいいんだ。
どれくらいの規模で切れたかなんて、死んでも思い出したくない。
恐る恐る肩を触ってみる。
そして、そのままゆっくりと下に手をスライドさせて気付いた。
「俺の腕がちゃんとある件について」
俺の左腕はしっかりとついていた。
なんかやたらと痛むが、腕が無事にくっついたなら最早小さな問題だ。
にしても、回復魔法は切り落とされた腕すら治せるのだろうか。
スキルポイントを全て回復魔法につぎ込んだ回復厨にのみ成せる技なのかもしれない。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
まず気にしなければいけないのが、俺の現在地。
気にせず部屋の外へ出て、『ようこそモンスターハウスへ!!』みたいな看板が置いてあったらショック死してしまう。
そんなありとあらゆる可能性に恐怖していた時、俺はあることに気が付いた。
さっきまで腕の痛みの所為で気付かなかったが、自分の腹に部分が妙に重い。
そして暖かい。
さらに、規則正しい寝息まで聞こえる始末だ。
あれか? 俺がおかしいのか? 痛みのあまり神経がおかしくなったか?
俺はいろんなものに恐怖しながら、そっと状態を起こし、自分の腹の辺りを見る。
薄暗い部屋の中でもその輝きを失わない、鮮やかな白い髪。
顔は驚くほどに小さく、常人離れしたその美貌。
それを見て、俺は人生の中で一番真剣に考えた。
どうしてクリーミネが寝てるんですかヤダー。
この作品、ついにシリアスデビューしました。




