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16話 最弱冒険者、牢獄に入りました


――――――――ガチャン!!


 重々しい扉が乱雑に閉められ、冷え切った地下牢獄にその音が木霊した。


「なんでよ! なんでそんな意地悪するの!? まだ私たち何もやってないじゃない!!」


 訂正しよう。

 馬鹿な元魔王の声が、頭の暖かい連中が収められた地下牢獄内に木霊した。


「スカーレッド落ち着つけ。何か手があるはずだ」


 こう言ってはみたものの、正直なんの策も思いつかない。

 武器はこの牢屋に入れられる前に奪われたし、俺のスキルにこの状況を打破できるようなものは存在しない。

 牢屋には人一人通ることすらできない小窓があるだけだ。 

 これは裁判にでもかけられて、牢屋の外に出られたときの一瞬を狙うしかないか。


「これからどうします? ちなみに、私ならこの牢屋を壊せますよ」

「それよ! 逃げましょ! 今すぐ逃げましょ!」

「でも、逃げてもすぐ捕まるんじゃない? 見知らない土地の地下牢獄を抜け出して、武器を奪いながら地上への出口を探すのは難しいと思うよ」


エールの言葉にスカーレッドはため息をつき、冷たい床にペタリとへたり込んだ。


エールの言う通りだ。

牢屋から出たって、すぐにここへ戻されたら意味がない。


「もう嫌がらせしてやろうかしら!!」

「それだ!」


 牢屋の壁を蹴っ飛ばし、つま先を抑えてうずくまっているスカーレッドの肩を俺は思わず掴んだ。



◆◆◆



 牢屋生活二日目の草木も眠る丑三時。

 誰もが寝静まった深夜に、国の騎士は大慌てで俺たちの牢屋に駆け付けた。


「貴様らいい加減にしろ! こんな陰湿な嫌がらせしおって!! せめて正々堂々脱獄でもしたらどうだ!」

「騎士がそんなこと言っちゃまずいだろ」


 肩を震わせ、半泣きで俺たちを怒鳴る女騎士は明らかにやつれていた。


「今日で二日目だぞ! どうしてこんな深夜にあんな爆音が出せるのだ!」

「俺たちは罪人だぜ? だったら迷惑かけるのも仕事の内だ! 精々頑張って耐えるんだな!!」

「マコト。それはもう完全に犯罪者よ。身の潔白を証明しましょう」


 脱獄は不可能。


 そう考えた俺たちは、深夜になるとクリーミネのスキル『超音波(ウルトラサウンド)』を全力で行使し、俺たちを差し置いて暖かいベッドで寝ている人々を叩き起こすという嫌がらせに励んでいる。


 自分でやっていて相当罪悪感があるが、これも生きて外へ帰るためだ。

 仕方がない仕方がない。


「さぁ、耳を塞げよ騎士!! お前がここに留まり続ければ、うっかり爆音を出しちゃうかもなぁ!!」

「ひっ!! く、くそ! 覚えておけ!」


 俺が言うと、女騎士は大急ぎで地下牢獄から出て行く。


 あの様子だと二日目にしてすでにトラウマになっている。

 これは案外帰宅が早そうだ。






 三日目の深夜。


 俺たちはニヤリと口角を吊り上げた。

 お楽しみタイムの到来である。


「『超音波(ウルトラサウンド)』っ!!」


 クリーミネが手を思い切り叩き、その音が何倍にも増幅したかのような爆音が深夜の地下空間を揺らした。

 ていうか、すぐ隣で爆音を聞く俺達もかなりつらいんだが。


「頼むっ!! 頼むからもう止めてくれ!!」


 爆音が響き終わると、またも女騎士が涙ぐんで牢屋の前に走ってきた。

 どうやらこの女騎士が俺たちの担当のようだ。

 気の毒に。


「止めてくれ? 何の対価も無しにか?」

「うっ・・・・・・牢屋から出せと言うなら無理だ。私の力ではどうにも・・・・・・」

「じゃあ諦めるんだな。たかが一日一回の爆音くらい耐えて見せろ」

「爆音だけではないだろう貴様! 知っているぞ! 貴様が私についての変な噂を昼間になるとそこの小窓から叫んでいるらしいな! しかも、脱獄をしないくせに無駄に牢屋の鉄格子をぐにゃぐにゃに曲げているとも聞いたぞ! なんということだっ!!」


 頭を抱えて喚き散らす女騎士は、それはもう疲れ切った表情をしている。

 俺は騎士の前に立って優しく微笑み、言った。


「・・・・・・泣いてもいいんだぞ?」

「貴様が言うなっ!!」


 女騎士はまたも怒鳴り、急に地面にペタリと座り込んだ。

 ここで俺達の見張りでもするつもりなのだろうか。


「わかっている。貴様らがこの国に危害を加える気がないことぐらいな。わかってはいるが・・・・・・王も必死なのだ。一度場所がばれてしまえば、この国は必ず亡ぶ。ここの国の住人は、常にその恐怖と暮らしてきたのだ。故に、貴様らを出すのはまだ先になりそうだ。・・・・・・すまないな」


 女騎士は悲しそうに、俺達に頭を下げる。


この騎士が立場上の問題で俺たちを逃がすことが出来ないのはわかった。

じゃあ、直接王様に会いに行こう。


「おい騎士。お前の名前はなんだ?」

「私の名前か? 私の名前はライム。そう言うお前はなんという?」

「俺はマコト。よしライム。よく聞け」

「どうした?」


 疑問符を浮かべるライムに、俺は優しく微笑んで言った。


「お前のパンツの色を叫ばれたくなかったら、今すぐ王様との面会許可を取って来い」

「貴様あああああああああああ!!」


 俺は泣き叫びながら牢獄を後にするライムを笑顔で見送った。








◆◆◆





「お前たちか。毎晩毎晩俺たちの睡眠を邪魔している馬鹿は」

「馬鹿とはなんだ。あれでもちゃんとした作戦だ」


 手に手錠をかけられ、騎士たちの厳重な警備の元で俺たちは王様の前に座っている。


 この国の王様も俺の住んでいる国みたいに年老いてると勝手に想像していたが、見た目はなんと高校生。

 その年で毎日城で生活できるなんて羨ましい。

 俺の家と交換してほしいくらいだ。


「さて、単刀直入に言う。俺たちをここから出してくれ。心配しなくてもこの国の存在は他言しないよ」

「そんな言葉が信じられるわけないだろう。聞けばお前たち、そこの騎士に随分酷い事をしたそうじゃないか。そんな連中を信じろだと? なめているのか!」


 王は、それはもう怒っていた。

 それもそうだ。

 俺が王様でも確実に怒る。


「それを言われちゃあ何も言い返せないんだけども・・・・・・ちくしょう!! ここが日本ならこんな理不尽な理由で捕まらないんだけどな!!」

「・・・・・・日本? お前今、日本と言ったか?」


 王様は急に冷静になり、俺の返事を静かに待っている。


 なんだ? この王様も日本を知ってるのか?

 ここは異世界だし、そんなことはありえないと思うんだが。


「ああ。日本だよ」

「お前名前は?」

「マコト」

「ははっ! そうか! マコトというのか! この世界では聞かない名前だ!」


 俺が名前を名乗るなり、王様は愉快そうに笑いだした。


 この世界では珍しい名前とは言え、人の名前を聞いて笑うとは失礼な奴だ。

 それともあれか? 俺たちの嫌がらせで頭がおかしくなったのか?


「おっと、すまない。別にお前の名前がおかしくて笑ってるわけじゃあないんだ」


 王様は俺の視線に気づいたのか、手を前に出して軽く謝る。


「俺の名前はハルトだ。お前と同じ、日本育ちの人間だよ」


 ハルトと名乗る王様の言葉の意味を理解するのに、俺は数秒を要した。


 実は、俺はこの世界に来てから孤独感を何度か感じていた。

 スカーレッド達との生活は騒がしく、みんなといるときはそこまで寂しい思いはしない。

 だが、それぞれの部屋で寝るときや風呂の時。

 少し一人でいる時間のなかで、日本のことを思い出してしまうことが何度もあったのだ。

 

 向こうで仲が良かった友達のこと。

 厳しいけど、最後は必ず俺の身を案じてくれた家族のこと。

 俺の日常。日本での記憶が、何度も俺の心を痛めつけていた。


 周りはみんな異世界の人。

 この悲しさばっかりはどうにもならないし、耐えるしかない。

 そう思っていたのだが―――――――――――――


「「同志よっ!!」」


 俺とハルトは、気がつけば抱き合っていた。


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