15話 最弱冒険者、地の底に落ちました
「マコトのバカ! アホ! マヌケ!」
「ほんとマジすいませ――――――――いやいや。お前があんな派手な技撃つからいけないんだ!」
「そんな言い合いしてる場合じゃないよ! もう十秒くらい落下してるのにまだ先が見えない! このまま落ちたら死んじゃうよ!!」
スカーレッドの一撃によって現れた風穴を降下中の俺達は、絶体絶命の危機に立たされていた。
「そうだ! 剣を壁に突き刺して勢いを抑えろ!」
「頭いいわね!」
スカーレッドは俺の言葉を聞いて剣を引き抜くと、正面の壁に向かって剣を突き出した。
必死そうな顔を見る限り、おそらくスカーレッドの全力の突きだ。
仮にも元魔王。それなりの筋力値はあるはず。
―――――キィン!
だったんだが。
「剣が刺さらない!!」
気が遠くなる程の長い年月をかけて固められた岩石は、駆け出しの冒険者には硬すぎたようだ。
いくら魔王と言えど今は冒険者か。
にしてもやばい。このままでは本当にやばい。
こんな高さから落ちたら間違いなく死ぬ。
「エール! 俺たちが地面に落ちた瞬間に回復魔法で回復できないか!?」
俺の問いに、エールは申し訳なさそうに答える。
「そんな精密な回復はさすがに無理だよ・・・・・・一人だけならまだしも、全員はちょっと・・・・・・」
万事休す。
俺は最後の望みをかけ、クリーミネの方を見t――――――――白か。
「こんな時にパンツ見ないでくださいよ! 真剣に考えてください!」
風圧に負けないように必死にスカートを抑えるクリーミネの言葉に、他の二人の目線が凍りついた。
でも、こればっかりはしょうがないじゃないか。
どんな時でもスカートがめくれれば、目が行ってしまうのは男のサガだ。
・・・・・・白か。覚えておこう。
「もうお手上げなんだが」
「なんて役に立たない男なのっ!?」
「お前に言われたくねぇよ!!」
スカーレッドと揉めていると、視界の端に太いツタ入り込む。
壁とぴったりと密着しているから掴むのは厳しそうだ。
なんとかしてあれをつかめれば・・・・・・
いや。掴めなくたっていいんだ。
あの剣先からライターみたいな火しか出ないスキルと並ぶ程の使えないスキルを使えば。
「スカーレッド。お前一応アンデットの血も混ざってんだろ?」
「ええ」
「なら暗視はできるよな?」
「もちろんよ? でも、それが何の役に立つのよ?」
「落下先との距離を測るんだよ。あと何メートルくらいだ?」
俺が言うと、スカーレッドは足元を見て、焦ったように答えた。
「5メートルくらい」
「やばい!! 『草結び』っ!!」
俺はすぐにツタの方へ向き直り、『草結び』を発動させた。
このスキルはただ単に敵の足をかけるスキルじゃない。
文字通り、どんな結び方にもできるのだ。
そう、落下物を受け止めるための網のような結び方にも。
俺のスキルにより、さっきまで壁と密着していたツタは生き物のようにうねり、巨大なネットへと変化した。
そして俺たちはそのネットに落下し、地面すれすれの所で静止する。
「ふぅ・・・・・・」
誰かが安心したように息を吐き、俺はネットに倒れこんだ。
スカーレッドの魔法といい、この大穴といい、この世界は俺に恨みでもあるのだろうか。
「ナイス機転だよ・・・・・・」
「まさか『草結び』に助けられる時が来るとは思いませんでしたよ」
「まったくだ・・・・・・」
「ねぇ、みんな。みんなはこの光景を見て驚かないの?」
「「「はい?」」」
俺はスカーレッドの言葉を聞いて、体を起こす。
「・・・・・・まじですか」
上体を起こした俺が見たのは、あまりにも巨大すぎてその全容が把握できない地下空間と、その空間に栄え、少し暗い空間を照らし出している王国の街の明かりだった。
この世界に詳しいスカーレッドが驚くってことは、この存在を初めて知ったのは俺だけではないということだ。
他の二人を見ても、スカーレッドのようにただボーっと栄えた地下帝国を見ている。
この世界のことについて博識のクリーミネが驚くんだ。
この地下空間は未発見の地の可能性が高い。
「なぁ、白。この空間から出られると思うか?」
「パンツの色で呼ばないでください!! ・・・・・・相当の高さから落ちましたし、簡単には出られそうにないですね」
クリーミネは落ちてきた大穴を覗き込み、大きなため息を吐いた。
スカーレッドの氷生成魔法で梯子を作るのもありだが、さっきの戦いで魔法を使ったためスカーレッドの魔力はゼロだ。
今すぐ出るのは至難の技だろうな。
「こんなところにあったのね・・・・・・宿罪を背負う種族の隠れ家が」
俺が地上に帰る為の策を考えていると、スカーレッドが何かを呟いた。
その声が聞こえたのは俺だけではないようで、他の2人も静かに耳を傾けている。
「ん? なんだそれ」
「この世界には三つの宿罪を背負う種族がいるわ。あ、宿罪って言うのは、生まれながらに持つ罪のことね」
なんだそれ、スゲー理不尽。
生まれた瞬間から罪人とか胸糞悪い話だ。
「白虎族、玄武族、そして、青龍族。この三つの種族は国際指名手配中で、見つけ次第、老若男女問わず皆殺しにされるわ」
「んな理不尽な・・・・・・」
これだから嫌なんだ。
文明が進んでないこの世界では、たびたび権力の暴走でこういう事態が起こる。
四民平等を教科書に乗せておけ。
「いや、待てよ・・・・・・白虎、青龍って四神だよな? じゃあ、一種族足りなくないか? 朱雀はどうしたんだよ」
「皆殺しにされたよ」
「え?」
スカーレッドよりも先にエールが悲しそうに呟いた。
皆殺しにされた?
つまり滅んだって言うことか。
「朱雀族は長年守っていた森があったんだけど、ある日突然、その森に火が放たれたんだ。その火を消そうとしていた無防備な朱雀族は、ある王国の連合軍に背後から皆殺しにされたんだよ」
「酷い事するな・・・・・・。じゃあ、この種族はこの地下深くに逃れてきたわけか」
耳を澄ませば威勢のいい声が聞こえてくるあの町も、その裏には大きな闇を抱えているわけだ。
この町の為にもさっさと帰ろう。
その方がこの町の人も静かに暮らせるはずだ。
「よし、じゃあ早く帰るぞ」
ネット状のツタから降り、帰り道を探そうとしたその瞬間。
「貴様ら何者だ! ここの諸族ではないだろう!」
怒号が辺りに響き、剣を携えた騎士たちがこちらに近づいてくるのが目に入った。
なんかすごい嫌な予感がするんだが。
「いやここの穴から落ちてしまって・・・・・・。すいません」
「ほほう。つまり侵入者だな?」
「どちらかと言えば侵入しちゃった者です」
「うるさい!!」
何なんだこの騎士たちは。
俺がせっかく事情を説明したのに聞く耳を持たないなんて失礼だ。
「地上に戻れる道ってあります?」
俺が聞くと、おそらく騎士団長くらいの立場であろう女騎士が、剣に手を掛けてにやりと笑った。
「貴様らを逃がせば、ここの存在が連合軍にばれてしまうやもしれん。貴様らにはここで死んでもらうか、一生牢獄の中にいてもらおう」
「あなたの家がいいです」
「喧嘩売っているのか貴様は!!」
俺の提案にキレた女騎士を必死に抑える他の騎士たち。
逃げるなら今しかチャンスはない。
俺の鍛えられた足なら、なんとか逃げ切れるはずだ。
「みんな! 逃げるぞ!!」
俺は騎士たちに背中を向けて猛然と大地を蹴った。
明日は筋肉痛確定だ。
明日は家で寝てよう。
筋肉痛で冒険とか冗談じゃない。
「貴様ら待て! 何をしている!? 追え!!」
「「「はっ!!」」」
逃げる俺達に気付いた騎士団長は、剣を引き抜いて俺たちを追いかけるように部下へ指示した。
やっぱり、簡単に逃がしてくれるつもりはないらしい。
おそらく話をしようと言っても聞いてくれない。
なんてめんどくさいことになってしまったんだ。
「『草結び』!!」
俺はネット状に結ばれたツタを動かし、騎士たちを縛り上げた。
一人逆さまに縛り上げられてスカートがめくれ、殺意むき出しの女騎士がいるが、それはもう気にしない。
「マコト・・・・・・殺されるわよ」
「へ、変態・・・・・・」
「違うから! わざとじゃないから!」
さっきからエールとスカ―レッドが俺をゴミを見るような目で見ている。
これは俺たちが逃げ切るためにやったことなんだけどなぁ!
というか、後ろで縛られている騎士たちの髪は全て鮮やかな金色をしている。
これがこの種族の髪の色なのだろうか。
「あ! 一回あの町に入りましょう! あそこなら建物もありますし、身を隠せるかもしれませんよ?」
「ナイス提案だクリーミネ! あのツタじゃあ抜け出されるのも時間の問題だからな。
ほとぼりが冷めるまでスカーレッドのおごりで昼食でも食べよう」
「なんで私なのよ! 女性にご飯をおごらせるの!?」
「女性? ああ女性ね。・・・・・・どこにも見当たりませんが」
「今すぐ土下座させてやるわっ!!」
ドロップキックの姿勢に入ったスカーレッドをクリーミネが止めていると、丁度町の入口らしきところについた。
見張りみたいな騎士がいるが、この騎士の髪も金色だ。
つまり、この騎士にばれたら高確率で襲われる。
それだけは絶対に避けたい。
「我こそは―――――――――――
「馬鹿っ!!」
騎士たちを前に大声で名乗ろうとした頭の中がお花畑のエールをそこらの茂みに引きずりこみ、俺たちは顔を見合わせた。
「どうします?」
「回復させればいいんじゃない?」
「論外です」
俺が無言で足を蹴ってくるエールをなだめ、本気でスカーレッドと決闘なんてしなければよかったと後悔していたその時。
「貴様ら何をやっている?」
怖いくらいにニッコリと笑った、さっきの女騎士と目があった。




