役人
広場は全部で六つあった。
サーラたちはまさにその六つ目の広場の周辺をぶらぶらと歩いていた。
どこの広場もにぎわっていて、話をする相手には事欠かなかったが、放浪楽師や道化師などというものは、祭の日ともなればどこの広場にも出没するらしいのだ。
サーラも途中から、それもそうかと思うようになってきた。
しかしこのままでは、どこへ行けばよいのかわからない。それでは困るのだ。
「困ったね」
広場の噴水の縁に腰を下ろして休憩しながら、サーラは小さく息を吐いた。
「笛、なんだよな」
「笛だよねぇ」
ふたりは意味のない会話を交わす。
「笛だけで構成された笛楽団とかいるのかな」
「いるだろうが、どこに出没するのかはわからないだろうな」
ツァルの言葉に、サーラは肩を落とした。
見るともなしに、広場の端の猿をつれた道化師の様子を眺める。
猿は非常に利口で、次々と芸を披露している。
くるくると宙で回転してみせる猿に、サーラは思わず拍手を送った。
ところが、ふいに猿の動きが止まった。
どうしたのだろうと、猿の様子を見守る。
それは足を止めて見ていた人々も同じだったようだ。
いくら待っても猿は回転を再会せず、それどころか突然、道化師のそばから駆け出した。
あっ、という声があちらこちらから聞こえる。
道化師が慌てて猿のあとを追って走り出す。
それと入れ違いに、官服を着た役人が軍靴を鳴らす兵を引き連れて広場に踏み込んできた。
「立て」
突然、サーラの腕をつかみ、ツァルが立ち上がった。
その一瞬で、サーラは事態を把握した。
あの役人は、道化師を取り締まりにきたのではない。
役人の目は、確かにサーラたちへと向けられていた。
サーラは踵を返した。
ツァルが「こっちだ」と短く声をかけ、サーラを先導しながら裏道へと入り込む。
今日一日、無駄に歩いていたわけではない。
何者かに狙われる可能性があるのなら、逃げ切る手段を講じておくのは当然のことだ。
周辺の道はおよそ把握済みだった。
それにラティの使った裏道を組み合わせれば、逃げ切れる可能性は高くなる。
しかし、投擲物での攻撃は予想外だった。
裏道を走っているとき、突然ツァルが振り返った。
「え?」
慌てて止まろうとしたサーラはしかし止まれず、ツァルの胸にどんとぶつかる。
ツァルはそんなサーラをかばうように片手で抱きかかえると、足を蹴り上げた。
次いで、カシャンという激しい音が響く。
サーラはその音に驚いて首を縮めた。
舌打ちがすぐ近くで聞こえる。
ツァルが舌打ちをするのはめずらしかった。
サーラは恐る恐る音のしたほうを見やった。
すると、きらりと光る小型の刃物がそこに落ちているのが目に入った。
ツァルが蹴り飛ばしたのはそれだったのだと気づき、ぞっとする。
急所に当たれば死んでいただろう。
「動くな!」
鋭い声が投げ込まれた。