犯人
見ていられないと思った。
けれど目を逸らすことはできなかった。
ラティが素早く剣を振り上げ、踏み込む。
ぎらりと鈍く光る剣が、ツァルを目がけて振り下ろされた。
一瞬、サーラは目の前が真っ赤に染まったように見えた。
まるで、血飛沫が散ったかのように――。
けれど現実には、そこは相変わらず薄暗い店内で、噴き出した鮮血は見当たらなかった。
床にできている小さな血だまりは、警邏兵が斬られたときのものだ。
サーラは瞬きをした。
先ほど見えたと思ったものが幻覚だったことに、ほっと胸をなでおろす。
ツァルは片膝をつき、仰向けに倒れているラティの眼前に剣先を突きつけていた。
どちらも、負傷はしていないようだ。
倒れかけたツァルはとっさに床に片手をつき、体を支えながらラティに足払いをかけた。
踏み出した足を床につく直前に払われ、ラティは見事にひっくり返った。
そしてツァルはラティに身を起こす隙を与えなかった。
「参った」
ラティが床の上に転がったまま、両手を頭の上に上げた。
それを見て、ツァルは剣をひき立ち上がると、握っていた剣を床に捨てた。
剣がガチャンと鈍い音を立てて落ちる。
「サーラ、行くぞ」
ツァルはラティに視線を向けることなく、サーラを呼ぶとそのまま階段へ向かった。
出入り口の手前で足を止め、サーラを待っている。
サーラはツァルへと駆け寄る。
そのとき、身を起こしたラティと目が合った。
「さっきの話は嘘だったの?」
立ち上がり、パンパンと服についた埃を払いながら、ラティがにやっと笑った。
「さあ、どうだろうな。でも、あんたたちには迷惑をかけたからひとつだけ教えてやるよ。ヘルホーク伯爵邸で上級官吏を殺した犯人を、おれは知っている。やったのは、おれだ。死体をあのままにしておくのは気分が悪いから警邏兵を呼んだ。そこにあんたたちが行き会ったんだ」
その言葉に、店内にいる警邏兵たちが一斉に反応した。
サーラも、驚きに目をみはる。
だが、それなら、何故ラティがあんな場所にいたのか納得できる。
サーラたちとすれ違ったのは、きっとラティだったのだ。
脱出して、あそこに潜んでいたのだろう。
「何故?」
「一応言っておくが、あっちが先に剣を抜いたんだ。おれは自分の身を守ろうとしただけだ」
警邏兵の前で罪を告白したというのに、ラティは平然としていた。
「ラティ……」
「サーラ、行くぞ。こいつの話は信用できない」
「残念だな。でもまあ、『純黒の疾風』を思わせる使い手と勝負ができただけでよしとするか」
『純黒の疾風』という言葉に、サーラは首を捻った。どこかで聞いたことがある。けれどどこだったか思い出せない。
ツァルの目に鋭さが増す。
ラティが、ぽん、とサーラの肩に手を置き、耳元に顔を近づけると言葉を囁いた。
それは一瞬のことで、ラティはすぐにサーラをぽん、とツァルのほうに押し出した。
ツァルはサーラの手をつかみぐいと引き寄せると、肩を抱えるようにして歩き出した。
「疑いが晴れてよかっただろ?」
投げかけられた声に振り返ると、そこにはサーラたちを笑顔で見送るラティの姿があった。
ラティはこれからどうするのだろう。
階段を上りながら、サーラは耳に残っているラティの言葉を頭の中で繰り返す。
『馬は月下亭に。今夜、将軍のもとで会おう』
ラティはそう囁いた。
将軍、とは誰のことなのか。ラティの目的はなんなのか。
自分が犯人だと言ったあの言葉は真実なのか。
わからないことばかりが増えてゆく。
ラティにも、そしてツァルにも、聞きたいことがたくさんあった。




