受領の証
ツァルはサーラが祈り終わるのを待って、階段を上り始めた。
見上げると、階段の途中に肖像画が何枚か飾られていた。
ヘルホーク伯爵とその夫人と思われる絵に続き、少年と少女の絵も一枚ずつかけられている。
子女だろう。
少年と少女はとてもよく似ていた。
ふたりともみごとな金髪と碧眼で、伯爵の金の髪と夫人の青い瞳を受け継いでいる。
「サーラ」
名を呼ばれて、絵に見入っていたサーラははっと顔を上げた。
ツァルは既に二階に立ってサーラを待っている。
サーラは階段を駆け上がった。
ツァルは左右に伸びる廊下の右手に進むと、開きっぱなしになっている手前の扉の前で立ち止まった。
部屋の中をのぞくと、天蓋つきの寝台、背もたれつきの椅子、そして出しっぱなしの机が置かれていた。
近づいてみると、机の上にはペンが無造作に置かれたままになっている。
ペンの削りかすや、こぼれたインクが残っていた。
まるで、急いで逃げ出したあとのようだ。
「なにかを書いている途中だったのかしら」
「かもしれない。片づける時間がなかったんだな、きっと」
しかし書かれたものが残っていないので、それだけは持って行ったのだろう。
誰が、なにを書いていたかを知る術はない。
一方の寝台は、亜麻で作られた敷布や枕が整えられたままの状態だった。
「荒らされた様子はないな」
「あとからきた侵入者は、純粋に人を追っていただけなのかしら。それとも、家捜しする余裕がなかったのかしら」
サーラが寝台を見下ろしてぽつりと呟いた。
「余裕がなかった?」
ツァルが聞き返したけれど、サーラは答えなかった。
無言のまま敷布を剥ぎ取ると、下から羽毛を詰めた敷物が現れた。
更にそれをどけると、台枠に皮紐が張られており、その下に床が見える。
「どうしたんだ?」
サーラはツァルが投げかけた問いに答えず、台枠の内側を覗き込んだ。
「おい、サーラ」
「あった!」
台枠の隙間に、羊皮紙が挟まっていたのだ。
「なんだ、それ」
「なんだろう……」
サーラにもわからなかった。
ただ、なにかを隠すのに寝台はちょうどいいんじゃないかと思い、調べてみただけだ。
見つかったこの羊皮紙が役に立つものかどうかはまだわからない。
ツァルがサーラの手元をのぞきこむ。
サーラもそこに書かれている文字を目で追った。
「これって……」
「ああ、おれが書いたものだ」
宛名はフェーン・リュート。
品代として三十ペングを確かに受け取った旨を記し、最後に期日とツァルの名が書かれている。
「それがここにあるってことは……」
「フェーン・リュートがこの部屋にいた、ってことなのか?」
フェーン・リュートはなんらかの事情で注文した品を取りに行くことができなかった。
しかしツァルに教えた居場所は正しかった。
そういうことだろうか。
「ここに戻って来る可能性はあるかしら?」
「さっき出て行ったのがフェーン・リュートだったのかもしれないな」
サーラは首を軽く横に振った。
「わからないわね。他に、なにか手がかりになるものがないか探してみましょう」
ツァルの許可を得て、サーラはその羊皮紙を腰帯に下げている小袋の中にしまった。
部屋の中をぐるりと見渡すと衣装箱が目に入る。
悪いことをしていると思いつつも、手がかりはないかとその中をさっと確認するが、なにもみつからない。
腰を上げて伸びをしたとき、窓が目に留まった。
ここから、いったいなにが見えるんだろう。
サーラは窓に近寄り、木枠に手をかけた。
はずそうとしたとき、ツァルの手がサーラの手を押さえた。
「ツァル?」
「誰かに見られるかもしれない。やめたほうがいい」
「少しだけだから」
こちらの窓は建物の正面側にあたる。
ここからなにが見えるのか、サーラは確かめずにはいられなかった。
『かつて幸せに満ちていた場所』とは、この場所のことではないのか。
この窓から、『約束の地』は見えるのか。
ツァルは小さく息を吐くと、渋々といった感じで木枠をはずすのを手伝う。
隙間ができた状態で手を止め、そこから見るようにとサーラを促す。
サーラは目立たないように、そっと隙間から外をのぞいた。
ノーアルドで一番大きな聖堂の尖塔が見える。
その左手には王宮がある。
手前にはノーアルドを横断する川が流れており、聖堂と王宮の向こうにはキルム山脈の山並みが続いている。
この屋敷はノーアルドの南東に位置しており、王都の北側がよく見えた。
「もういいか?」
「ええ、ありがとう」
サーラがうなずくと、ツァルが素早く窓をはめた。
「その様子じゃあ、手がかりはつかめなかったようだな」
「そうでもないわ。わかったこともあるから」
「それならよかった」
これ以上、この部屋に見るべきところはなかった。
ふたりは並んで部屋を出た。