一通の手紙
サーラのもとに一通の手紙が届いた。
心当たりのない手紙を不審に思いながらも封を開けると、そこには流麗な文字が綴られていた。
サーラは薄く桃色がかった金の髪をばさりと背中に流し、琥珀色の瞳でその文字を追い始める。
『ご聡明なるサーラさま
美味しいウブリンをご用意しております。
ぜひ、おこしくださいませ。
サヴォーヌの通りが寿ぎに埋め尽くされる日
笛の音の上
銀の月のもとで貴女を待つ
かつて幸福に満ち溢れていた邸
白さえ黒へと染める恐ろしき宮
全てを受け入れる塔
過去の悲劇を乗り越えし者
蔦に縁取られし窓をもつ、血脈の館
星の中、見渡せばそこにあるのはただひとつ、約束の地
無力な女アーシアより』
アーシアという名に覚えはなかった。
ウブリンとは王都の庶民の間で食べられている焼き菓子のことで、サーラは常々食べてみたいと思っていたのだけれど、名も知らぬ女性に用意してもらう必要は全くない。
しかしサーラは微笑を浮かべた。
「面白いわね」
人を呼びつけるにしては、随分と不親切な手紙だ。
日時と場所がはっきりと記されていない。
おそらく、意図してそう書かれたのだろう。
では、このアーシアという女性は何故このような手紙を書いたのか。
そして何故、その手紙を面識のないサーラへ送りつけてきたのか。
「サーラさま、危ないことはお慎みくださいませ」
侍女のメイが、なにかに感づいたのか心配そうな目をサーラに向ける。
「まだ、なにもしていないし、なにも言っていないわ」
「長く仕えさせていただいているのですから、わかりますよ。サーラさまのその瞳は、なにかを企んでおられるときのものですわ」
サーラは軽く肩をすくめた。
「企むなんて人聞きが悪いわね。大丈夫よ、わたしだってバレないようにやるから」
「そんなことを心配しているのではありません。サーラさまの御身を心配しているのです。サーラさまももう十五歳になられたのですから、少しは落ち着いてくださらないと困りますわ」
「できるだけ心がけるようにするわ。ところでメイ、わたし、お茶を飲みたいのだけれど、用意してきてくれるかしら?」
「かしこまりましたわ、サーラさま」
メイは一礼してサーラの部屋を出てゆく。
ひとりになって、もう一度サーラは手紙をじっくりと読んだ。
重要な情報がこの手紙の中に記されているに違いない。
そうでなければ、手紙を送る意味などないのだから。
サーラは目を輝かせながら、手紙の意味について考え始めるのだった。