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ひかり

作者: そら

 


 静謐とした空間のなかステンドグラスから落ちる光が幻想的な風景を映し出す。目の前に映るのは私たちをみつめるたくさんの目。真ん中を貫くように敷かれた赤いじゅうたん。日が陰ったのか光量の落ちた室内に響く厳かな声とそれに答える少し上ずった聞きなれた声。

「新郎。その健やかなる時も、病める時も、…………愛し、ともに生きることを誓いますか」

「はい、誓います」

緊張のあまり、神父さんの言葉を少し聞き逃しちゃったけども、次は自分の番だと身構える。

「では、新婦。その健やかなる時も、病める時も、…………愛し、ともに生きることを誓いますか」

口を開き、声を上げようとした瞬間、目の前に光が舞い込んだ。




 あれから10年経ったけど、私の心はいつもくもり空。どんだけ楽しいことがあっても、どんだけ嬉しいことがあってもやっぱりくもりは晴れないんだ。君の存在はやっぱり大きすぎるよ。だからもう一度笑って。早く目を覚ましてよ、ハル。


 ごめんね。今日はこんな話するために来たんじゃなかったのに。私のあの時から止まってしまった時間をもう一度動かす。その決意をしたっていう報告をするために来たのに。ごめんね、もうちょっとだけ待ってね。今戻るから。

…………ふー、ごめんねおまたせ。じゃ、さっそく本題と行きたいところなんだけどやっぱまだ緊張するな。うーん、ちょっとだけ昔話していいかな。


 昔から私とハルとナツは3人いつも一緒だったよね。近所で同年代な子供は私達だけ。だからいつも一緒だったね。だから昔から遊ぶときも一緒だったけど、遊ぶ時はだいたい私のやりたいことやるから、おままごととか人形遊びとか屋内でやる女の子っぽい遊びになっちゃって、ナツはいつもそれに文句言ってたっけ。なんだかんだ言いながらもいつも最終的には付き合ってくれるんだけどね。それに比べてハルは最初から楽しそうにやっていたよね。感性が似ていたのかな。



小学校に入ってもあんまり変わらなかったな、あっ、だけどたしか3年生ぐらいかな。ナツが女と一緒にいるのは……とか思春期男子特有のこと言って私とハルから距離を置いたのは。なにもハルとまで距離をおかなくても良いのに。いやさ、ハルはたしかに女の私から見ても可愛かったし、たまになんでハルの方が……って嫉妬するようなこともあったけど、それでもちゃんと男の子なのにね。ナツがまた私たちと遊んでくれるようになった時というか、私たちが説得に行った時のことはよく覚えてるよ。この前にナツと話したけども、いやー、今思ってもなかなか恥ずかしいねあれは。



 雲一つない青空のもと、一人帰路を歩く短髪の少年、その後ろから高い声が響く。

「待ちなさい、ナツ。いつまで私たちを避けてるの!」

走って少年を追ってきたのか、涼しげな恰好とは裏腹に汗だくの少年少女。少女は長い髪を二本に結んでおり、少年は髪を肩手前まで伸ばしており中性的な印象を与えている。

「だから、前にも言っただろ! いまだに女と一緒にいるのなんてかっこ悪いだろ」

「バッカじゃないの! そういうこと言ってる方がかっこ悪いわよ」

「バカとはなんだ! いいからほっといてくれよ」

「じゃー、まだ私はともかく、なんでハルまでさけるのよ!」

少女は一緒に走ってきた少年の方を指さす。ナツと呼ばれた少年はそれにつられて少女に向けてた目を一緒に来た少年に目を向け、うっすらと赤くなる。

「い、いや、あのハルはそのな……」

「何、ハルの時は本気で照れて、言いよどんでるのよ! 女としてすごい複雑なんだけども!」

少女の怒りは別のところにむけられる。

「ほら、ハルもなにか言ってやりなさい!」

理不尽な怒りを向けられた少年は困惑しながらも思いを口にする。

「えっと、僕はみんなでまた仲良くしたいんだけど、ダメかな?」

小首を傾げながら、中性的なハルと呼ばれた少年は告げる。

「そ、そのー、でもだな……」

少女のお願いは一蹴していた少年も、この純粋なお願いはむげにはできないようで困惑していた。

「僕はナツもひーちゃんも皆が幸せなのがいいんだ。だからさ……ね、ナツ?」

短髪の少年はうっと、堪えた様子であるが、一度行動を表した意地があるのかなかなか意見を変えようとしない。

「でもさ、俺らももうな、子どもじゃないだろ、男は男と、女は女といるのが普通だろ、だからさ……」

少年が自分の考えを必死に説明するなか、すするような音が聞こえた。

「もう、なんで、ナツ戻ってきてくれないの……もう私たちのことなんか嫌いになっちゃったの……いきなり別々にいるのが当たり前とかいわれてもよくわかんないよ……」

すするような様子であった少女であるがとうとう堪えきれなくなり、大粒の雫を落とす。

「子どもじゃないってなによ……まだ子どもじゃない。一緒にいないのが普通なんてそんなのやだ……やだよ……。一緒にいないのが大人になるってことなの? じゃあ大人になんてなりたくない。ずっと2人と一緒にいたいよ……」

泣いている少女に当惑する少年二人。中性的な髪の長い少年は少女をなだめようと思うが、何をすればいいのかわからずに少女の周りでおろおろ。短髪の少年は放心したかのようにただ立ち尽くすのみ。

「あーも、わかった。わかったよ。俺が悪かった。ごめん」

しばらくそれが続くが、やがて少女の涙に根負けしたのか、少年が声を発する。

「なんてーか、えーと、つまんねー意地はっててごめんな。そこまで本気で考えてると思ってなかったんだよ。だから、その……、ごめん。許してくれるか?」

一度口を開くとあとは流れるように言葉が出てくる。少年のその言葉をきくと少女はゆっくりと顔をあげ少年を見上げる。

「本当?」

「ああ」

「本当に本当?」

「ああ」

「本当に仲直りしてくれる? また遊んでくれる?」

「ああ、仲直りとはちょっとちげーけど、しょーがねーから一緒にいてやるよ」

そういうと、短髪の少年は苦笑を浮かべる。そして少女は再び瞳に涙を浮かべ、目の前にいる2人の少年に抱き着いた。

「2人とも大好き! 私将来2人のお嫁さんになる!」

「い、いやさすがにそれはな」

「いいの! なるの! ナツもハルもつべこべ言わず私のお婿さんになればいいの!」

「いや、あのだなー。そもそも……」

「なるの!」

「……なるのかー」

「えっと、ぼくもなの? でも2人がそれでいいんなら、いっかな? いいのかな?」

「いいの! 2人ともずっと一緒だよ!」

少年2人は困惑していたが、少女の様子にほだされたのかやがて笑顔を浮かべる。

見渡す限り雲のない快晴の空の下、3人はずっと一緒に笑いあっていた。





 いやー、思い返してみるとすっごいはずかしいね。「2人ともずっと私と一緒にいるの!」なんてセリフ今じゃとてもじゃないけど言えないよ。若さってすごいよね。

あれがあってからは、また3人で一緒に帰って一緒に遊んだりしてたよね。運よくあの後のクラス替えでも3人とも一緒のクラスになれたから、色々な学校行事も一緒にできたよね。あっ、でも一回だけ運動会で私とハルが赤組でナツだけ白組になったときは、ナツがぶーたれていたっけ。今思い出すとかわいかったな。

 


でも中学校に入ってからは、ちょっと変わったよね。みんなクラスはばらばらになっちゃったし、部活も始めたし。ナツはサッカー部、私は吹奏楽、ハルが一番意外だったよね。入るなら、文化系の部活かなと思っていたのにテニス部に入っちゃったし。みんな違う部活っていうこともあって時間も合わなくて、3人で会う機会はほとんどなくなったよね。

学年上がって、2年生になってもあんまそれは変わんなかったよね。むしろ部活がさらに忙しくなって、減っちゃったね。でもさ3人とも各部の部長になってたのはびっくりだったよ。夏休み前の部長会議で3人揃ったときは、みんな笑ってたね。3人ともが忙しくて全然話してなくてさ、みんながそこでお互いが部長になってたことをしるんだもん。

さらに忙しくなるなか、3年生になって最後の総体で、私は早々に負けちゃったのに2人ともどんどん勝ち進んでいくのは凄かったな。初めて試合の様子見たけど、ハルはボールがどこにきても、どんな体勢でも相手コートに返してたし、ナツは相手のチャンスをひたすら潰しながら、味方のチャンスを作っていってたし、2人とも普段のイメージと全然違っていてすごいかっこよくてびっくりしちゃったよ。でも、逆に最後の大会まで一切試合を見ていなかった私って……。でも仕方ないよね、みんな大会前っていそがしくなるもんね。…………うん、ごめんなさい。私が悪かったです。

そういえば覚えてる? 夏休み明けにナツに呼び出された日のこと。あのときは突然なんなんだろうってすごい不思議だったよ。それぞれ個別に呼ばれてたから、待ち合わせの時間に教室に行ったときは、ハルがいたからびっくりだったよ。ナツに呼ばれたのになんでハルがいるの!? ってね。

あのときはちょうど日が落ちようとしてた夕暮れ時だったね。




「えっ、なんでハルがいるの!? ナツに呼ばれてきたのに!?」

「えっ、ひーちゃんもなの? 僕もそうなんだけど……」

「えっ、ハルもなの? んー、なんのようなんだろ」

少女が教室に入ってきたときに教室にいたのは、呼び出した本人とはちがう、幾分大人びたとはいえまだ中性的な印象を与える小柄な少年であった。

2人は夕暮れ時の教室で少年を待つ。暫くするとドアが開き、そちらに目を向ける。

「わりぃ、またせた」

「あっ、ナツ。今日はなんのよう? ハルも一緒ってきいてなかったんだけども」

「あれ、言ってなかったっけ?」

開いたドアから顔をのぞかせるのは、身長も伸び、大人らしくなったが、あの頃と変わらず短髪の少年。

「ごめん、2人に聞いてほしい話あったけど、説明し忘れていた」

「別に大丈夫だけど、話ってなにかしら?」

少年は一回咳払いをして、気持ちを整えたあと改めて2人を見据えると、口を開いた。

「今日さ、部活の後輩から告られた」

「後輩って、もしかしてユキちゃんのこと?」

「ああ、てかハル。ユキのこと知ってたんだな」

「え、えーと、ちょっと部活の関係でね」

「部活の関係……?」

「で、告白されたことがどうしたの? 自慢?」

「ちげーよ、えっとそのだな……」

短髪の少年はもう一人の少年にいぶかしげな視線を向けるが、少女がその矛先をずらす。問い詰められそうだった少年は矛先が逸れたことで目に見えて安堵している。逆に短髪の少年はその先を言おうか言わまいかで迷っている様子で、髪をガシガシかいている。

「何にもないなら、私帰ってもいい? 推薦で決まっている2人と違って、勉強しなきゃいけないから」

少女は煮え切らない少年の態度にイライラしている様子を隠そうともしない。

「あー、待って待って! 話すからちょっとだけ聞いてくれ。

……俺どうすればいいと思う?」

「はい?」

「えっ?」

2人ともなにを言われたのかよくわからない様子でぽかんとしている。

「だから! ユキとどうすればいいと思う?」

少年は顔を真っ赤にしながら言い直す。

「えーと、あなたはどう思っているの、えーとユキちゃんのことを?」

「よくできた後輩だし、良い子だと思ってるよ」

「なら付き合えばいいじゃない? 私たちにきくことなんてあるの?」

「だから、昔の約束! あれがあっただろ、それで……」

少年はなおも歯切れ悪くどもる。少年の言葉をきいてもなんのことかわからずぽかんとしていた少女であったが少年の約束に思い当たったのか、いきなり顔が真っ赤になる。

「ば、ばっかじゃないの! いつまでこどものときの約束気にしてんのよ! 私ならいいから」

「ハルはどうだ?」

終始黙っていた少年に話をふる。

「ナツもひーちゃんも幸せなんだよね? なら僕は平気だよ。ユキちゃん良い子だから大切にしてあげなね」

そう言うと、背の高い少年はもう一度2人の顔を見、2人の頷く姿を確認する。

「わかった。じゃ、ユキと付き合うよ。2人とも時間取らせて悪かったな」

そう言って笑う顔は、沈みかけの夕日のせいかまっかにそまっていた。




いやー、あのときは驚きだったね。最初ナツに呼び出されたときは、まさか私告白される!? ってびっくりしてたけど教室行ったらハルがいたし、あのときは頭が完全に真っ白になったよね。ナツが来てからは、なーんだ、そんなこと、かって思ったけども。あのとき実はハルが前からユキちゃんに相談されてたっていうのも驚きだったね。のんびりしているように見えていたけども意外としたたかだったね。ハルがうっかり名前を漏らしちゃったときのあの反応も面白かったよ。私でも分かるぐらいに慌ててて、ついつい助け舟を出しちゃった。うん、我ながらあれはファインプレーだね。そのあとユキちゃんとの用事で勉強に付き合うことが難しくなったナツの代わりにハルが付きっ切りで勉強見てくれたっけ。うん、あのときは本当にお世話になりました。私が同じ高校に行かなかったら……とか考えることもあったけど。ハル、本当にありがとう。いまはそう思うよ。ハル(と一部ナツ)のおかげで同じ高校にも入れて、運良く同じクラスになれて、中学のときよりも少し部活動も緩くなって3人でいる時間も増えて、本当に楽しい高校生活だったよ。あの日までは……。あの日のことはどうやっても忘れない。この先ぼけたとしても、なにがあったとしても忘れることはできない。あの10月のどんよりとした空模様も。



「2人ともさ、来週のテストは大丈夫? ハルもナツもちゃんと勉強してる?」

少女が一緒に歩く2人の少年に話しかける。「大丈夫、ちゃんとやっているよ。終わってないのはあと物理だけかな」

「普段の授業それなりに聞いてれば、テストなんて大したことないだろ」

「そうだね、ナツは容量いいからいつもあまり勉強していなかったもんね、高校でもそんな感じなんだ」

「えっ、ナツ勉強できるのは知ってたけどそんなに良かったの」

「できるってわけじゃねえよ。それこそ順位ならハルの方がいいしな」

「い、いや僕はその分時間かけたからやっぱナツの方が……」

少女はそんな2人の様子を見て、プルプル震えている。

「2人とも! 勉強教えて! 私赤が大変なのーーー!」

「まあ、別にいいけどよ。じゃ、この後ウチでやるか?」

「僕は大丈夫だよ」

「うーん、彼女持ちの男の家に私いってもいいのかな?」

「あー、うん、そのー、大丈夫じゃないか」

背の高い少年は奥歯にものがつまったかのように言葉を濁らせる。

「ちょっとどうしたの。ユキちゃんとなにかあったの?」

少年の歯切れの悪いことばの様子から疑問に思い少女は問いかける。

「そのー、ユキとはだな。この前別れた」

「はあ、なんでいい子だったじゃん!」

「いいやつだったんだけど、ちょっと色々あってな……」

「ちょっとそれ何よ。詳しく説明しなさい!」

2人が言い争いをしている。突如後ろから大きな音が聴こえ、2人は振り向き、目をつむる。それと同時に横へと吹き飛ばされる。しかし思っていたほどの衝撃ではなく恐る恐る目を開ける。そこに映るのは、店に突き刺さった自動車と一緒に歩いていた少年の真っ赤な姿であった。

「ハル! ハル! 大丈夫しっかりして!」

「しっかりしろよ、ハル、おい目開けろ!」

「ハル! ハル!ねえ起きて目を開けて! ハル!」

2人が駆け寄り、必死に血まみれの少年によびかける。声が届いたのか、血まみれの少年はうっすら目を開ける。

「おい! ハルしっかりしろ!」

「……ナツ…………ひーちゃん……2人とも……だいじょ…うぶ? ごめ……んね、……おおいっきり…つきとばしちゃっ……て」

「ねえ、ハル!私たちは大丈夫よ! だからあなたも……」

「ごめ……んね、ふ、ふたりとも……たのし……く、しあわせにいき……てね、ぼくはも……」

少年は再び目をつぶる。2人の絶叫がずっと鳴り響いた。黒くどんよりした空からは悲しみのなみだがながれだした。




あれからずっと私の時間はとまったまんまだったんだ。でも今日新たな一歩を踏み出すんだ。やっと本題に入れるね。今日ね、私ナツと結婚式あげるんだ。ナツが閉じていたわたしのとびらを開いてくれたんだ。心のとびらを開いてくれたっていうのもさっき話した昔話をナツからきいたんだけどね。だからその報告に今日は来ました。昔話しすぎて時間なくなっちゃった。いまから式場いかなきゃだから明日また来るね。ここにハルの分の結婚式の招待状置いておくから、起きたら来てね。じゃ、また明日。


「ひーちゃん」

閉じるドアの中からそう声が聞こえた気がした。








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