第九十六話 偽勇者
日暮れにはセントジオガルズに到着し、俺たちはクリスが待つ城へと戻った。
王としての公務が終わるのを待った後、俺たちは新たな仲間・イルガを連れて、クリスと相見えた。
さて……バラグノのことを、どう説明すべきか。
「ただいま戻りました、陛下」
あくまでも一民衆として礼をする。
みんなの前では、旧友クロードにはなれない。
「うむ。……サトリナも、ようやく帰ったな」
「ぅ……」
そういえばサトリナは城から抜け出してきたのだった。
痛い視線を向けられたじろいでいる。
「ともかく、クローム殿、バラグノの協力は得られなかったのだろうか? それに、その少女は……?」
クリスもかつての勇者一行の一人。
バラグノとは同様にいい仲間であった。
そんなクリスにあいつの死を告げるのは……かなり、心が痛かった。
「バラグノ・ザバ・シュルシャグナは……病で、帰らぬ人となっておりました」
なに、とクリスが目を見開いて驚いた。
やるせない気持ちが高まって、しかし動じないように下唇を噛んで、次の言葉を紡ぐ。
「しかし、その娘であるイルガが私たちに協力してくれると、同行しています」
「娘……そうか、あの時の」
「お久しぶりです、陛下」
クリスのことも覚えているようで、イルガも恭しく礼をする。
クリスはイルガを見、かつてを懐かしむような表情を一瞬見せて、しかしやはり隠しきれない悲しみに目を伏せた。
「バラグノが死んでいたとは……。まったく知らなかった」
「一族は、父の死を外へは告げませんでしたから。隠していたわけではありませんが……申し訳ありません」
「いや、いい。……それで、イルガくんだったね。君は父のような竜に?」
クリスの言葉にイルガはこくりと一つ頷いた。
「亡くなった父に代わり、この世界に蔓延る魔物を消し去るため、尽力する所存です」
「そうか。期待しているよ」
報告が終わると、俺たちは今後のことを話し合うべく、謁見の間から会議室へと場所を移した。
中にはすでにゲザーさんとクリミアが待機していて、世界地図を広げていた。
「お帰りなさい、クロームさん」
「はい。……しかし、なぜクリミアさんが?」
尋ねると、答えたのはゲザーさんだ。
「あなた方と面識が深く、事情を知るものに協力を願ったのです」
「はい。事はこのセントジオガルズに収まらないようですから、こんな私でよければ、と」
確かに、クリミアには今まで何度も世話になった。
別の人に今から説明するよりは手間が省けるだろう。
「陛下。例の話は?」
「今からするところだ。……クローム殿、それにミリアルド様、あなたがた二人にお話したいことがあります」
言うと、クリスはゲザーさんから受け取った何かを広げた。
新聞のように見えるが……。
「王都ソルガリアで発行されているものでな。週に一度持ってきてもらっている」
ソルガリアの新聞……となると、最低でも数日前のものになるな。
しかし、それがどうしたというのだろうか。
「読んでみてくれたまえ」
「はい」
クリスから新聞を受け取り、そのまま一番大きな見出しを見る。
すると、そこには。
「……"新勇者擁立"……!?」
と、衝撃的な一言が書かれていた。
新たな勇者だと……!? どういうことだ。
「しかも、支持しているのはバラン・シュナイゼルを筆頭としたティムレリア教団だ」
「な……!」
クリスの言葉にさらに驚き、俺は急いで新聞を読み進めた。
要約すると、こうだ。
ティムレリア教団の三神官の一人、バラン・シュナイゼルは、頻出する魔物を根絶すべく、新たな勇者を見つけだした、と。
その文面の下には、描かれたにしては緻密すぎる二人の絵が載せてある。
「これ……最新の写魔機を使ってますね」
ミリアルドが言う。
「カメラ……?」
「そこにある像を切り取って写し出す魔機です。こんな風に、目で見たそのままを写せるので、視覚情報の保存が出来るんです」
……よくわからないが、とにかく教団が作った最新鋭の技術だということだ。
飛空艇しかり、理解するよりそういうものだと思うようにした方が早い。
「しかし、新聞一つにんな大層な技術を使うかね」
「それだけ重要な記事だということだろう。何せ、世界を救う新しい勇者サマだ」
ローガの言葉にイルガが続ける。
最新の魔機を使ってまでも大陸中に広める情報……それが、この新勇者誕生の記事だということか。
「ですが、何を注意することがありますの? 15年ぶりに勇者が生まれたとなれば、我々としても喜ばしいことではなくて?」
サトリナが言うが、クリスは苦々しい顔で首を横に振った。
義妹へ教えるよう、この新勇者の問題点を話す。
「彼が本当に、かつてのクロードのような勇者なのだとすれば確かに、魔物が頻出する昨今では喜ばしいだろう。だが……この数ヶ月、ユニコーンの討伐の件以外で、女神の森に入ったものはいないのだ」
昔の俺が腕に持ち、今も胸に刻まれる勇者の証。
それは、このセントジオ大陸の女神の泉で、女神ティムレリアと対面して受け取ったものだ。
だが、森に入ったものがいないということは即ち、ティムレリアとも会ったものがいないということ。
この男が勇者であることは、あり得ない。
「記事では勇者の証を持つものを見つけだしたとありますが……」
「出任せだろうな。誰も森に入っていないのなら、証を持つ人間がいるわけがない」
そうですよね、とミリアルドはどこか落胆したように答える。
バランが教団の道義から外れたことを続けているのが辛いのだろう。
魔物の出現を放置すると言い出したり、偽の勇者をでっち上げたり……ひどいものだ。
「こいつが森に入ったのが何年も前ってことはないのか? あと、不法侵入とかさ。んで、今になって見つかったとか」
誰にともなく聞いたローガの問いに答えたのはクリスだ。
「可能性としては考えられるだろうが……それもないだろう」
「なんでさ、王様」
一国の王に対して大変失礼な態度だが、クリスは気にもかけずに話を続ける。
「魔物がまた現れるようになったのはここ数年。頻出しだしたのは今年になってからだ。仮に数年前にこの男が泉へ行き、女神ティムレリアと会ったとしても……彼女が証を授けるとは思えない」
いろいろと可能性を模索するが、やはり偽者だと考える方が早い。
それになにより、支持しているのがバラン・シュナイゼルだ。
ミリアルドの偽者さえ用意した奴なら、偽勇者を用意するなど造作もないだろう。
「こんな偽者まで用意して、バランという男はいったい何をしようというのでしょう?」
「民衆の信頼を得たいんですよ。教団は魔物への対策を行っています、と喧伝すれば、入信する人も増えますから」
ミリアルドの答えを聞いても、サトリナはいまいち納得しないような表情でうんと唸る。
「教団を大きくするのが目的で……わざわざこんな手の込んだことをするのでしょうか?」
「するだろうさ。ミリアルドを追い出して、今やバランが実質的な教団のトップだ。好き放題して、信者と金を手にしたいんだ」
純粋に世界の平和を憂い、魔王を倒すべく行動したミリアルドと違い、バランの目的は浅ましい金だけだ。
魔物への対策だとか、新勇者だとかはすべてそのための建前でしかない。
「とにかく、これ以上バランを放ってはおけませんね。ソルガリアへ向かう算段を立てましょう」
「その前に一つ、よろしいでしょうか」
ミリアルドが話を進めようとしたが、それをクリミアが遮った。




