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転生TS勇者の救世旅譚-生まれ変わった俺<わたし>が、世界を救う!-  作者: 鼎(かなえ)
第一章 新たな人生の始まり、果てしなき旅路へ
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第八話 15歳の決断

 そして、すべての料理を平らげて、母さんが作ってくれたホットミルクを飲みながら一息をついた。

 母さんが食事の後片付けをしている中、セロンとトリニアも同じものを。父さんは蜜酒を飲んでいる。

 夜になり、灯りのついた室内は、さっきまでとは少々様相が異なるようにも見える。


「実は……」

 そこで、俺は口を開いた。

「どうした、クローム?」

「話があるんだ。今朝の……私が、これからどうするかって、話」

 

 重要な話だ。15歳になった人間は、大人として今後の人生を選ばなくてはいけない。

 この町では、家業を継ぐものがほとんどだろう。うちならば父さんから染織を習い、それを生業にするのが普通だ。

 それも悪くないとは思った。今着ている服もそうだが、この町の染織は素晴らしい。生まれ変わる前から、ロシュアの染織のことは知っていたぐらいだ。

 

「そうだったな。なら……改めて聞こう。お前は、これからどうするんだ?」

「私は……」

 ずっと決めていた……いや、決まっていたことだ。

 この姿に生まれ変わってからずっと、そうしなければならないと考えていた。

 俺は勇者だから。一度死を経験して、別人になったのだとしても。

 胸に刻まれた勇者の証がある限り俺は、勇者だ。

 だから。

 言うんだ。


「明日……この町を、出ようと思ってる」

 父さんの目が、見開かれた。

 でも……それだけだった。

 父さんも、母さんも。セロンもトリニアも何も言わなかった。

 まるで、知っていたかのように。


「そうか……。やっぱり、そういうことなんだな」

「え?……やっぱり、って」

 父さんは手にしていた酒を煽った。そして、悲しげに、微笑んだ。

「なんとなく、そうなんじゃないかって思っていたよ」

「なんとなくって……」

「この間、ザンダナさんと話した時にね」

 後片付けを終えた母さんが、父さんの隣に座った。


「ここ最近、クロームとマティルノちゃんがよく狩りに行ってる、って聞いたの。しかもよくよく聞いてみたら、私たちには内緒で狩りに行ってることもしばしばあったみたいね」

「う……」

 図星だった。

 町を出るという計画は、ずっと前から準備していたものだ。長旅になるからと保存食を多めに作ろうと考えて、普段狩りに行く日以外の日にも森に足を運んでいた。

 だがやはり、ザンダナさんにはバレていたようだ。


「それを母さんから聞いてね。もしかして、町を出ようと思ってるんじゃないかって思ったんだ。15歳という節目にね」

「ごめん、黙ってて……」

 隠したいわけじゃなかった。早めに話しておいた方がいいんじゃないかとは常々思っていた。

 でも……話せなかった。家族と離れ離れになると考えると、どうしても。


「いいのよ。15になったあなたが決めたことだもの。私たちに止める権利はないわ」

 母さんはそう言ってくれる。

「ねえちゃん、いなくなっちゃうの?」

 トリニアの言葉にも、俺はうんと頷いた。きっと、父さんや母さんに聞いていたんだろう。

 セロンは……黙っていた。


「町を出て、どうするんだ?」

「王都ソルガリアに行こうと思ってる。そこで、騎士になるつもりなんだ」

 父さんの問に答える。

 ソルガリアには王国軍がある。そこには騎士部隊が設立されていて、俺はそこで騎士になろうと考えていた。


「騎士、か。確かに、お前は剣の腕が達者だからな。悪くない選択かもしれない」

「でも、こんな田舎の人間を、王国軍は相手してくれるの? 門前払いとかされちゃわない?」

「そのための紹介状を、トラグニス先生に書いてもらった。先生の両親は王国軍の元騎士団長と、宮廷魔術師だから」 

 王国軍の優秀な剣士と魔術師の息子がトラグニス先生という人だ。

 人の名前を借りるというのは少々気が引けるが、騎士になるためには必要だ。

 

「騎士になって、そのままソルガリアに住むのか?」

「しばらくは。でも、いずれ帰ってくる。騎士になって武勲をあげて、ある程度の自由を得たら、この町の警護をしようと思ってる」

「町の警護? そんなに治安が悪いわけじゃないと思うが?」

 父さんの言葉に、俺は首を横に振って答えた。

 確かにこの辺りは治安がいい。野盗もほとんどいないようだし、凶暴化した野生動物もいない。

 だが、魔物がいる。


「最近、魔物がまた発生しだしてるって噂、聞いたことあるでしょ?」

「一応。でも、そんなこと……」

 魔王が死んで魔物は消えた。だから、そんなはずはないと母さんは信じているんだろう。

「あれ、本当なんだ。しかも……すぐそこの、森に」

 俺の言葉に父さんと母さんも絶句した。顔が青くなり、うろたえ始める。


「そんな……! 魔王がいなくなって、世界は平和になったはずじゃあ……!」

「そう言えば王国の騎士が向かってるって話も聞いたわ。もしかして、そのために……」

 こうなることがわかっていたから、マーティには魔物のことを言うなと釘を刺しておいた。

 15年前の魔王時代を経験した人間は皆、魔物と聞くと怯えだす。

 無理もない。世界中で魔物の被害は甚大だった。


「落ち着いて。……大丈夫、魔物はもう倒したから」

「倒した?……って、まさか、クロームがかい?」

「うん。……実は、今日の狩りはそれが目的だったんだ。森に発生した魔物は、今日たしかに、私が退治した」

 さっきの驚きとはまた別の驚きが、二人を包んだ。

「クローム、あなた……」

「無茶なことをしてごめん。でも……放っておけなかった。町を出るって決めたのに、町の近くに魔物がいるなんて……」

 だから、今日魔物を退治に行ったのだ。明日には町を出ると決めていたから、今日しかなかった。

 

「そうか……。いつの間にかお前は、そんなに強くなっていたんだな……」

 父さんは感嘆としていた。

 魔物を倒すということは容易なことじゃない。

 王国軍の騎士が出張る程度には危険だ。

「悲しいことだけど、魔物がまたいつ現れるかわからない。だから、騎士になって地位を得て、町を守るために戻ってくるつもりなんだ」

 それが、俺がこの町を出る理由だ。

 表向きは、だが。


 そう、実は、騎士になるというのは、町に出る主目的ではない。

 もちろん嘘というわけではない。王都ソルガリアに行き、騎士を目指すのは本当だ。

 魔物から町を守るためというのも当然、事実だ。

 だが、例え順調に騎士になり、この町の警護の任につくことが出来ても、その根本的な解決にはならない。

 魔物が発生するというのなら、その根源を絶たなければならない。

 つまりは……魔王、そのものだ。


 魔王は15年前に滅んだ。だがその時、20年後に蘇ると奴は言った。

 つまり、あと5年。あとたったそれだけで、魔王は復活する。

 それを阻止するというのが、俺が騎士を目指す本当の目的だ。


 ここしばらくで、魔物が現れたという噂が広く伝わっている。そして実際、魔物はこのロシュアの周囲に現れた。

 その理由が、魔王復活にあると俺は予想した。今まさに蘇生しつつある魔王が、魔物を生み出しているのかもしれない。

 だから、騎士になり、自由に部隊を動かせる権利を得、その権限で部隊を魔王の元根城・魔王城に進ませる。そして魔王の復活を阻止する。それが、真の目的だ。

 

「ソルガリアへはどうやって?」

「ノーテリアから、船で。来月に騎士になるための試験があるから、それまでに行かないと」

 軍隊への入隊試験は、半年に一度だ。この機を逃せば、半年という時間が無駄になる。

「船で行くなら、半月ほどか……。初めてにしては、長い旅になるな」

 確かに、この身体では初めてだ。だが、俺は元勇者。世界を救うために世界中を旅したんだ。

 だから、ノウハウはある。旅自体に問題はない。

 

「やっぱり、マティルノちゃんもいっしょなの?」

「うん。マーティは騎士になるわけじゃないけど、王都で仕事を見つけるって」

 少々情けない話だが、マーティは、今住んでいる長屋の家賃を三ヶ月ほど滞納していた。

 だから大家からやんわり、出ていけと圧をかけられていて、そのまま住み続けるのも限界だった。

 理由こそ悲しいが、マーティが旅についてきてくれるというのは心強い。


「お前とマティルノちゃんなら、きっと大丈夫だな。……がんばれ、クローム。応援してるよ」

「私もよ。がんばってね」

「……うん、ありがとう。父さん、母さん」

「がんばれ、ねえちゃん!」

 

 父さんも母さんも、トリニアも。俺の旅出を快く許してくれた。

 反対されるかもと思っていたが、こんなことならもっと早く話してもよかったかもしれない。

 ……でも。

 ガタ、と音がして、隣でセロンが立ち上がった。

 そのまま何も言わず、自分の部屋へと入っていく。

 

 ……セロンは、ずっと何も言わなかった。

 怒っているのだろうか、今まで黙っていたことを。

 最近はちょっと生意気になってきたが、セロンも大事な家族、大事な弟だ。

 ……出来れば、きちんと認めてほしかったが……。

 

「さびしいのよ、きっと。あなたがいなくなることが」

「ああ。セロンはあれでなかなか、お姉ちゃん想いだからな」

 そんなこと、知ってる。

 生意気なのも、年を取って姉といっしょに過ごすのが恥ずかしくなっているからだろう。

 ああいう年頃の男の子の、気難しい性格は承知している。なにせ、こっちも元男の子だったからな。

 わかっているからこそ……やっぱり、きちんと話しておきたかったんだ。

 

「明日出るんだろう? 準備は済んでいるのか?」

「うん、大丈夫。もう万端だよ」

「そうか。……そうだな、お前は昔から、準備は早く済ます方だったな」

 もう、何もすることはない。

 あとは明日を待つだけだ。

 

 ……そう、明日。

 明日、俺はこの町を出る。

 15年間過ごしたこの町を。

 さびしいのは……俺だって、同じだ。



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