第七話 誕生日のお祝い
視界が晴れる。
剣を鍔迫り合わせ、俺と先生はお互いの瞳を覗き込んでいた。
勝負の結果は、どうだ。
目を閉じて、後ろ歩きで離れた。手に持つ剣の違和感が、俺にそれを知らせてくれる。
意を決し、目を開ける。
――剣が、折れていた。
俺の、負けだ。
「さすが、先せ――」
「さすがです、クロームさん」
負けを認めようとした俺の声を、先生が遮った。
「あなたの勝ちです」
「えっ……?」
言うと、先生は残念そうな顔で――しかし、どこか嬉しそうな表情で、ため息をついた。
「やっぱりあなたの方が腕前は上でしたね。見立て通りではありますが、ちょっと悔しいです」
しかし、先生の持つ模擬剣はほぼ無傷だった。俺の剣のように折れるどころか、曲がったり、大きく欠けてすらいない。
「ど、どうして、私の勝ちなんですか? 剣はこうして、折れているのに」
「折れた剣をよく見てみてください」
言われた通り、折れた剣を見る。特に変わったところは――ん?
「これは……」
剣の折れた跡。その部分は、焼けただれて溶けているようだった。剣と剣のぶつかり合いで折れたのなら、こうはならないはずだ。
「あなたの剣を私が受け止めた時、しっかりと感じました。私の雷を、あなたの剣が吸い取っていくのを」
「剣が、魔力を……?」
「喰ったんですよ、あなたの魔力が、私の魔力を。しかし、あなたの剣はそれに耐えられなかった。だから、そのように折れてしまった」
剣が、雷になった魔力の許容量を超えたということか。
この剣は正直、狩りに不自由しない程度の安物だ。勇者時代はもっといい剣を使っていたから、そんな現象が起こりうるなんて知らなかった。
「よく……強くなってくれました」
「先生……」
「それじゃあ、校舎に戻りましょうか。例のものをお渡しします」
先生に着いていき、教室へと戻る。そこに置いてあった一枚の紙を、俺は受け取った。
トラグニス先生の名前が書かれた、都への紹介状だった。
以前から先生に頼んでいたこれで、俺は。
「それを、免許皆伝の代わりにします」
「え……!」
「そう驚くことでもないでしょう? あなたは私に勝ったのですから」
先生は驚く俺に対して微笑みを見せ、さらに話を続ける。
「魔剣術は剣を持っているので、剣技の腕が重要だと思われがちですが、私は魔術の腕に方が重要だと思っています」
「魔術の腕……」
「はい。……恐らく、純粋な剣技だけで戦えば、あなたはまだ私には勝てないでしょう。単純な経験の差もありますし。でも、魔術ではあなたが上回った。それが、さっきの結果を生みました」
先生の魔力を俺が喰い、自らのものに変換した。
剣が耐えられていたのならあるいは、俺の剣は先生を傷つけていたかもしれない。
「剣だけではなく、魔術を加えた魔剣術で、あなたは私を超えました。ならばもはや、私からあなたに教えられることはありません」
「先生……」
免許皆伝。俺は紹介状をもらうだけでよかったのに、そんなものまで受け取ってしまった。
だが……それだけ、期待してくれているということだ。
だったら、俺もそれには応えなくてはいけないだろう。
この、最高の誕生日プレゼントに。
「先生、私……頑張ります」
「ええ。応援してますよ」
最後に深々と礼をして、俺は学校を出た。
振り向くと、先生は俺を見送ってくれていた。
世話焼きの先生らしくて、おかしかった。
すっかり夕方になり、空は暗くなり始めていた。
もうすぐ、今日が終わる。
人生の岐路たる、今日という一日。
魔物を倒したし、先生から都への紹介状も貰った。しかも、免許皆伝のおまけ付きだ。
あとは、最後の仕上げだ。
家に帰ると、玄関の外からすでにすばらしい匂いが漂ってきていた。
昼食を食べていなかったことを思い出し、急に腹が減ってきた。
母さんが誕生日に毎年作ってくれるご馳走は、本当に最高だ。
早く食べたい。
「ただいま!」
「おかえり、クローム」
家に入ると、父さんが家族分の皿を机に並べているところだった。
やはり先に帰ってきていた弟のセロンも手伝いをしていて、末妹のトリニアはすでに自分の席について、大人しく絵本を読んでいた。
「今日はどうだった?」
父が聞く。魔物のことは隠して、嘘にならない程度に誤魔化しながら話をする。
「それが、ベアの死体が道を塞いでててね。そのせいか他の動物もいなくって」
「それは災難だったね。ご飯はもう少しだから、今のうちに着替えてきなさい」
「うん」
部屋に戻り、汚れた服を着替える。軽装の鎧と、折れてしまった剣を取り外す。
「……これ、どうするかな」
この剣自体は、昔町を訪れた行商人から買ったものだから、やや愛着はあるが捨ててしまっても問題ない。
だが、そうなると明日以降に使う剣がない。それは少し、困る。
どうしたものか……。
考えるが、腹が空いて頭が回らない。……まあ、いいだろう。
どうせ今日はもう暗い。明日は明日の風が吹く。
着替え終わり、階下に降りる。
すると、準備はもう終わっているようだった。
みんながさまざまな料理の並んだ机に座り、あとは俺だけを待っている状態だ。
「お待たせ」
「ホントだよ」
「セロン……いい度胸だな、お前」
生意気を言う弟の頭を小突き、そのまま隣に座った。
「おめでとう、クローム」
すると、母さんがそう切り出した。
「今日であなたも十五歳。もうひとりの立派な大人ね」
「ありがとう、母さん」
「ああ。父さんも、ここまでお前を育てることが出来て嬉しいよ」
「こっちこそ。いろいろ苦労もかけたけど、ここまで育ててくれて、ありがとう」
本当に……父さんと母さんは、親の愛を知らなかった俺に、その温かさを教えてくれた。
どれだけ感謝してもし足りない。
「おめでとう、姉ちゃん」
「おめでとー」
「うん、ありがとう」
セロンとトリニアもだ。昔の俺には兄弟姉妹なんかいなかった。
楽しい家族。温かな家族。
昔の俺にはなかったもの。
でも。……いや、今は、まだいいだろう。
「さて、それじゃあ冷めないうちに食べましょうか」
「そうだね。さあクローム、お前の分を盛ってあげるよ」
「ありがとう、父さん」
「いやいや、今日の主役はお前だからね。気にしなくていいよ」
俺の器に、母さん特性のシチューを注いでくれる。
この町で育った野菜と、山羊乳で作ったシチュー。俺の大好物だ。
「はい、これも。あなたの大好きな兎のパイ」
母さんからも受け取った。こんがりと美味しそうに焼きあがった、兎肉のパイだ。小さい時に母さんが食べさせてくれて、以来大好きになった。
「実はね、それセロンが作ったの」
「えっ?」
「ちょ、母さん!」
隣でセロンが騒ぎ出す。見ると、顔を真っ赤にしていた。
「照れくさいから言わないで、なんて。でも、こういうのはちゃんと伝えないとね」
顔を赤くして視線を合わせられず、ぶつぶつと言いながら顔を俯けるセロン。
俺はそれを見て、一瞬泣きそうになっていた。
まったく……この弟は。だからさっき、学校にいなかったのか。
きっとこのために、学校から早めに帰ったんだろう。
「ありがとう、セロン」
うつむく頭を、優しく撫でてやる。すると、赤い顔がもっと赤くなった。
本当に、お前はいい弟だよ。
「あたしもてつだったんだよ」
「うん、ありがとう」
さらにその隣のトリニアも言う。
弟妹二人で作ってくれたパイを、俺は頬張った。サクッと歯ざわりよく生地がほどけて、口の中にバターの香りが広がる。
美味しい……本当に、美味しかった。
シチューも木のスプーンですくい、口に入れる。いつもの味。いつも通りの、とても美味しい味わいだ。
他の料理も、みんな、みんな……本当に美味しかった。いつも通りに、いつも以上に。
そのまま俺は、俺たち家族は、この晩餐を楽しんだ。
楽しい、楽しい誕生日の夕飯。
最高だ。本当に最高だ。




