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転生TS勇者の救世旅譚-生まれ変わった俺<わたし>が、世界を救う!-  作者: 鼎(かなえ)
第一章 新たな人生の始まり、果てしなき旅路へ
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第七話 誕生日のお祝い

 視界が晴れる。

 剣を鍔迫り合わせ、俺と先生はお互いの瞳を覗き込んでいた。

 勝負の結果は、どうだ。

 

 目を閉じて、後ろ歩きで離れた。手に持つ剣の違和感が、俺にそれを知らせてくれる。

 意を決し、目を開ける。

 ――剣が、折れていた。

 俺の、負けだ。

 

「さすが、先せ――」

「さすがです、クロームさん」

 負けを認めようとした俺の声を、先生が遮った。

「あなたの勝ちです」

「えっ……?」

 言うと、先生は残念そうな顔で――しかし、どこか嬉しそうな表情で、ため息をついた。


「やっぱりあなたの方が腕前は上でしたね。見立て通りではありますが、ちょっと悔しいです」

 しかし、先生の持つ模擬剣はほぼ無傷だった。俺の剣のように折れるどころか、曲がったり、大きく欠けてすらいない。

「ど、どうして、私の勝ちなんですか? 剣はこうして、折れているのに」

「折れた剣をよく見てみてください」

 言われた通り、折れた剣を見る。特に変わったところは――ん?


「これは……」

 剣の折れた跡。その部分は、焼けただれて溶けているようだった。剣と剣のぶつかり合いで折れたのなら、こうはならないはずだ。 

「あなたの剣を私が受け止めた時、しっかりと感じました。私の雷を、あなたの剣が吸い取っていくのを」

「剣が、魔力を……?」

「喰ったんですよ、あなたの魔力が、私の魔力を。しかし、あなたの剣はそれに耐えられなかった。だから、そのように折れてしまった」

 剣が、雷になった魔力の許容量を超えたということか。

 この剣は正直、狩りに不自由しない程度の安物だ。勇者時代はもっといい剣を使っていたから、そんな現象が起こりうるなんて知らなかった。


「よく……強くなってくれました」

「先生……」

「それじゃあ、校舎に戻りましょうか。例のものをお渡しします」 

 先生に着いていき、教室へと戻る。そこに置いてあった一枚の紙を、俺は受け取った。

 トラグニス先生の名前が書かれた、都への紹介状だった。

 以前から先生に頼んでいたこれで、俺は。


「それを、免許皆伝の代わりにします」

「え……!」

「そう驚くことでもないでしょう? あなたは私に勝ったのですから」

 先生は驚く俺に対して微笑みを見せ、さらに話を続ける。

「魔剣術は剣を持っているので、剣技の腕が重要だと思われがちですが、私は魔術の腕に方が重要だと思っています」

「魔術の腕……」

「はい。……恐らく、純粋な剣技だけで戦えば、あなたはまだ私には勝てないでしょう。単純な経験の差もありますし。でも、魔術ではあなたが上回った。それが、さっきの結果を生みました」

 先生の魔力を俺が喰い、自らのものに変換した。

 剣が耐えられていたのならあるいは、俺の剣は先生を傷つけていたかもしれない。


「剣だけではなく、魔術を加えた魔剣術で、あなたは私を超えました。ならばもはや、私からあなたに教えられることはありません」

「先生……」

 免許皆伝。俺は紹介状をもらうだけでよかったのに、そんなものまで受け取ってしまった。

 だが……それだけ、期待してくれているということだ。

 だったら、俺もそれには応えなくてはいけないだろう。

 この、最高の誕生日プレゼントに。


「先生、私……頑張ります」

「ええ。応援してますよ」 

 最後に深々と礼をして、俺は学校を出た。

 振り向くと、先生は俺を見送ってくれていた。

 世話焼きの先生らしくて、おかしかった。

 

 すっかり夕方になり、空は暗くなり始めていた。

 もうすぐ、今日が終わる。

 人生の岐路たる、今日という一日。

 魔物を倒したし、先生から都への紹介状も貰った。しかも、免許皆伝のおまけ付きだ。

 あとは、最後の仕上げだ。

 

 家に帰ると、玄関の外からすでにすばらしい匂いが漂ってきていた。

 昼食を食べていなかったことを思い出し、急に腹が減ってきた。

 母さんが誕生日に毎年作ってくれるご馳走は、本当に最高だ。

 早く食べたい。

 

「ただいま!」

「おかえり、クローム」

 家に入ると、父さんが家族分の皿を机に並べているところだった。

 やはり先に帰ってきていた弟のセロンも手伝いをしていて、末妹のトリニアはすでに自分の席について、大人しく絵本を読んでいた。

 

「今日はどうだった?」

 父が聞く。魔物のことは隠して、嘘にならない程度に誤魔化しながら話をする。

「それが、ベアの死体が道を塞いでててね。そのせいか他の動物もいなくって」

「それは災難だったね。ご飯はもう少しだから、今のうちに着替えてきなさい」

「うん」 

 部屋に戻り、汚れた服を着替える。軽装の鎧と、折れてしまった剣を取り外す。


「……これ、どうするかな」

 この剣自体は、昔町を訪れた行商人から買ったものだから、やや愛着はあるが捨ててしまっても問題ない。

 だが、そうなると明日以降に使う剣がない。それは少し、困る。

 どうしたものか……。

 考えるが、腹が空いて頭が回らない。……まあ、いいだろう。

 どうせ今日はもう暗い。明日は明日の風が吹く。

 

 着替え終わり、階下に降りる。

 すると、準備はもう終わっているようだった。

 みんながさまざまな料理の並んだ机に座り、あとは俺だけを待っている状態だ。

 

「お待たせ」

「ホントだよ」

「セロン……いい度胸だな、お前」

 生意気を言う弟の頭を小突き、そのまま隣に座った。

 

「おめでとう、クローム」

 すると、母さんがそう切り出した。

「今日であなたも十五歳。もうひとりの立派な大人ね」

「ありがとう、母さん」

「ああ。父さんも、ここまでお前を育てることが出来て嬉しいよ」

「こっちこそ。いろいろ苦労もかけたけど、ここまで育ててくれて、ありがとう」

 本当に……父さんと母さんは、親の愛を知らなかった俺に、その温かさを教えてくれた。

 どれだけ感謝してもし足りない。

 

「おめでとう、姉ちゃん」

「おめでとー」

「うん、ありがとう」

 セロンとトリニアもだ。昔の俺には兄弟姉妹なんかいなかった。

 楽しい家族。温かな家族。

 昔の俺にはなかったもの。

 でも。……いや、今は、まだいいだろう。

 

「さて、それじゃあ冷めないうちに食べましょうか」

「そうだね。さあクローム、お前の分を盛ってあげるよ」

「ありがとう、父さん」

「いやいや、今日の主役はお前だからね。気にしなくていいよ」

 俺の器に、母さん特性のシチューを注いでくれる。

 この町で育った野菜と、山羊乳で作ったシチュー。俺の大好物だ。


「はい、これも。あなたの大好きな兎のパイ」

 母さんからも受け取った。こんがりと美味しそうに焼きあがった、兎肉のパイだ。小さい時に母さんが食べさせてくれて、以来大好きになった。

「実はね、それセロンが作ったの」

「えっ?」

「ちょ、母さん!」

 隣でセロンが騒ぎ出す。見ると、顔を真っ赤にしていた。

「照れくさいから言わないで、なんて。でも、こういうのはちゃんと伝えないとね」

 

 顔を赤くして視線を合わせられず、ぶつぶつと言いながら顔を俯けるセロン。

 俺はそれを見て、一瞬泣きそうになっていた。

 まったく……この弟は。だからさっき、学校にいなかったのか。

 きっとこのために、学校から早めに帰ったんだろう。


「ありがとう、セロン」

 うつむく頭を、優しく撫でてやる。すると、赤い顔がもっと赤くなった。

 本当に、お前はいい弟だよ。 

「あたしもてつだったんだよ」

「うん、ありがとう」

 さらにその隣のトリニアも言う。

 弟妹二人で作ってくれたパイを、俺は頬張った。サクッと歯ざわりよく生地がほどけて、口の中にバターの香りが広がる。


 美味しい……本当に、美味しかった。

 シチューも木のスプーンですくい、口に入れる。いつもの味。いつも通りの、とても美味しい味わいだ。

 他の料理も、みんな、みんな……本当に美味しかった。いつも通りに、いつも以上に。


 そのまま俺は、俺たち家族は、この晩餐を楽しんだ。

 楽しい、楽しい誕生日の夕飯。

 最高だ。本当に最高だ。

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