第七十三話 上級魔剣術
「あれは……」
天に浮かぶ緑色の閃光。
それは、ユニコーンが逃げ出した時のサインだ。
「ちっ……!」
急いだ方がよさそうだ。
ミリアルドやローガはともかく、他の連中ではあに凶馬は止められないだろう。
馬の脚は速い。多少は俺の方が出口に近いだろうが、瞬く間に追いつかれるだろう。
俺は走り、森の木々の間を抜けた。
そして進入した隠し通路から出たと同時、森から抜け出る一角獣の姿を知覚した。
「まずい……!」
雪のような毛並みに、黄金の鬣と一本角。
見目だけは綺麗な野獣が、義勇部隊の方へと駆けてゆく。
強靱な肉体を持つ数人が前に出た。
だが、ユニコーンは彼らをあるいははね飛ばし、あるいは踏みつぶし、そして最後の一人を着込んだ鎧ごと角で突き刺して、走り去っていく。
「ちぃっ!」
ユニコーンをこのまま逃がせば、その行方がわからなくなる。
いずれは森に帰ってくるだろうが、その前にどこで被害が出るかもわからない。
ここで止めなければ。
「はあっ」
剣を抜き、即座に魔力を注ぎ込んだ。
一気に数人をなぎ倒したユニコーンに怖じ気つき、義勇兵たちは動けなくなる。
出口の封鎖を一瞬で抜け、どんどんと距離が離れていく。
だが、それは逆に好都合だった。
「ミリアルド!」
「クロームさん!?」
「あいつの動きを止めろ!」
「は、はい!」
一瞬でいい、走る奴の脚を止めさえすれば――。
「『ライト・ジリオン』!」
ミリアルドが放つ小さな光の弾が、高速でユニコーンの横腹を叩く。
ほんのわずか、ユニコーンが足下をふらつかせた。
ほとんどダメージはない。すぐにでもまた走り出すだろう。
だが、その前に!
「絶氷の棺にて、眠れ!――『零度斬波』ッ!!」
コントロールに詠唱が必要な上級魔術を使った、上級魔剣術。
地面に残る雪よりもさらに冷たい、凍土の刃が動きを止めたユニコーンに迫った。
「……っ!」
直撃する。
閃光が炸裂する。
衝撃波が俺たちの体を突き抜ける。
……やったか!?
目映い光が去っていく。
焼けた目が徐々に直り、視界が回復する。
すると、そこには。
――氷で蹄を縫いつけられた、ユニコーンが立っていた。
「よし……っ!」
思惑通り、だ。
本来ならば相手を殺し兼ねないほどの威力の上級魔剣術。
だが、高い神霊力を持つユニコーンはそれを防ぐために強力な障壁を張った。
しかし、俺の魔剣術はそれをわずかに上回り、見事ユニコーンを殺すことなく、体を凍り付かせることに成功したのだ。
「指輪と、ティムレリアのおかげだな……」
ティムレリアの力がなければ、上級魔剣術は使えなかった。
そして指輪がなければ、ユニコーンの障壁を上回る力は出せなかった。
その二つが、俺に力を貸してくれたのだ。
「クロームさーん!」
ミリアルドが手を振って俺を呼ぶ。
そのうしろでは、兵士たちが、動きを止めたユニコーンを捕らえるべく動き始めていた。
これで、一件落着だ。
ミリアルドの声に答えようと、俺も手を上げた、瞬間。
糸が、切れた。
「ぁ……」
意識が、混濁する。
「……さん!」
声が、聞こえる。
「クロームさん!」
ミリアルドの声だ。
必死な声音で、俺の名前を読んでいる。
一体なにが起きて……ああ、そうか。
俺、倒れたんだったな。
「み……ミリアルド……」
瞼が重たい。目が開けられない。
それでもなんとかこじ開けると、安堵の表情でミリアルドは微笑んだ。
「よかった……。突然倒れて、なにが起きたのかと……」
全身から酷い倦怠感を感じる。体がまったく持ち上がらない。
ここは……セントジオガルズの城内の、客室だ。
確か、俺は……。
「ゆ、ユニコーンは……?」
「無事捕らえられました。今は力を押さえる首輪をつけて、城の厩に繋がれているそうです」
ある意味お揃いですね、とミリアルドは自分の首輪を指でつつきながら笑った。
全身に力を入れて、なんとかかんとか体を起こす。
「無理しないでください。お医者さんは極度の疲労だと仰っていましたから、ゆっくり休まないと」
「疲労……?」
いくらか弱い女の体でも、森を往復した程度では体力は尽きない。
というより、しょっちゅう森に入って狩りをしていたんだから、むしろ得意分野だ。
では、なぜ……。
「それにしても、すごい威力でしたね、あの魔剣術は」
「魔剣術……ああ、そうか……」
俺はユニコーンに対して、自分の放つことのできる最大限の魔剣術を撃った。
おそらくはそれが原因だ。
「魔力はあっても、体がついてこれなかったってことか……」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
宝剣ジオフェンサー、魔法石の指輪、そしてティムレリアの神力。それらによって、上級魔術を行使し、上級魔剣術を使うことは確かに可能になった。
だが、その反動に体が耐えられなかったのだ。
思えば、かなりの短期間で俺はこれらの力を手に入れた。
使えるからといって無遠慮にぶっ放して、気づかぬ内に疲労が貯まっていたのだろう。
そして、さっきの上級魔剣術がとどめになったということだ。
「修行が足りないな……」
「そんなことより休まないと。せっかく問題もひと段落したんですから」
そう、今日になって、いろんなことが決着した。
長いこと国を悩ませていたユニコーンもそうだが、俺たちの旅の目的もそうだ。
話をしないといけない。
「……女神ティムレリアに会ったよ」
「ほ、本当ですか!」
ミリアルドが目を見開いた。
そして、喜ばしいような、と思えばちょっと悔しそうな複雑な顔になる。
「それはよかったですね。ああでも、本当に会えるのなら僕も行きたかったです……!」
なるほど。本当に、ティムレリアが好きなんだろうな、ミリアルドは。
「またいつでも行けるさ。もう危険はないんだから」
「そうですね。……それで、どんなお話をしてきたのですか?」
俺の体のことは言えないから……話ができるのは、虹の橋のことぐらいか。
「それが……」
魔王城へ行くために手段、かつて勇者一行が使った虹の橋……それを使うことは不可能だ、ということをミリアルドに話す。
「そんな……」
「いくら女神様といっても、できないことはあるらしい。だが……」
俺はまだ力のうまく入らない拳を握りしめた。
「その代わり、私の能力を高めてくれた。体の方がついていかなかったが……特訓して、使いこなせるようになりさえすれば……!」
「ティムレリア様のお力ではなく、人間である僕たちの力で、魔王を……」
ミリアルドの言葉に、俺は頷いた。
神様ばかりに頼ってはいられない。
人間の暮らす世界なんだ、人間が守らないでどうする。
かつては神の力を借りねば行けなかった魔王城へ、今度は人間の力のみで到達する。
それこそが、俺たちを見守ってくれる女神ティムレリアへの、最大の感謝になるはずだ。
「そのためには……」
「飛空艇、ですね」
そう、その手段を、俺たちはすでに知っているのだ。
陸地とは隔絶された魔王城へ接近し、その周囲を覆う暗黒の毒霧さえも突破できる鉄の鳥、飛空艇の存在を。
「いい加減なんとかしないとな。バラン・シュナイゼルと、君の偽物を」
俺たちを罪人と吹聴する教団の癌、悪の神官バラン・シュナイゼル。
奴の悪事を暴き、俺たちの無実を証明しないと、飛空艇は手に入らないだろう。
「あの偽物……未だに、その正体は掴めません」
「ああ。一体どんな技を使ってるのか……」
二人で悩んでいるところに、部屋のドアがノックされた。




