第六十六話 友達
「勇者戦紀の序章の話ですわね」
「殿下もお読みになられたんですね」
ミリアルドが声を輝かせる。
本当にあの本が好きなんだな、ミリアルドは。
「ええ、何度か。ただ……女性のあなたが、泉に近付くのは相当危険ですわね」
「危険? なんだそりゃ」
サトリナ殿下はユニコーンのことを言っているのだろう
。
だが、ローガはそれを知らないらしく、きょとんとした顔で尋ねてきた。
答えてもいいが……ミリアルドの前では、話しにくいな。
「ユニコーンは女性を襲うんです。なので、泉や泉のある森に近付くには、国王陛下の許可がいるんですよ」
が、そのミリアルドが間もなく答えを口にしていた。
……それもそうか。聖獣に関することを、ミリアルドが知らないわけはない。
子供が知るには少々エグい内容だが……まあ、ミリアルドなら大丈夫か。
「じゃあ、クロは入れないんじゃないのか」
「ああ。だが、どうしても入らなくてはならない。女神ティムレリアに、会うためにはな」
会って、俺が生まれ変わった意味を知る。
それが今の当面の目標だ。
「女神ティムレリア様は、勇者クロードが魔王を倒すために何度もご協力したそうです。魔王の復活を阻止するため、僕らにもお力をお貸しいただけたらうれしいのですが……」
「あなたがたは、魔王の復活を阻止しようと?」
「はい。魔物の被害がこれ以上増加する前に、その根源を絶つべく行動しています」
サトリナ殿下の問いに、ミリアルドが続けて答える。
女神に会うのは俺自身の為だけではない。
この世界のためにも、だ。
「お兄様も、よもやこんなことになろうとはと嘆いておられました。勇者クロードが命がけで倒した相手が、こんな簡単に復活するなど、と」
「そう、ですか……」
クリス……あいつは、そんな風に思ってくれていたのか。
俺の全力を注いで、相討ちが限度だった魔王ディオソール。
もし今蘇生でもされたら、今の俺では手も足も出ない。
奴の言葉ではあと五年……だが、それよりも早い復活だってあり得ない話ではない。
急がねば……。
「お父様には、女神様に会いに行くという話はなされたのですか?」
「はい。しかし、やはり難しいそうです」
いくら国王とはいえ、好き勝手出来るわけではない。
国を動かすにはさまざまな人間の認可がいる。
クリスは俺の正体を知っているが、ほかの人間にとっては、俺はただの旅人の女だ。
森への進入の許可を出すのは困難だろう。
「何か手があればいいのですが……」
何か合法的に、クリスにも、この国にも迷惑をかけずに泉に行く手段……。
そんな都合のいい手段が、本当にあるのだろうか。
「……質問ばっかで悪いんだけどよ」
風情もなく、カップに無造作に紅茶のおかわりを注ぎつつ、ローガは言う。
「そもそもさ、森に入ったとして本当に女神様には会えるのか?」
「それは……」
「勇者戦紀では確かに、勇者は女神に会った。それは俺も本を読んだから知ってる。でもさ、それは、勇者だったからだろ?」
勇者クロードは勇者だからこそ、特別に女神に会えた。
だから、俺たちが行っても会えないのではないか。
ローガはそう言っているのだ。
「実際、勇者以外に泉で女神様に会った人間っているのか?」
……それは、考えてなかったな。
いや、楽観的だったのではない。俺は、女神ティムレリアに会う方法を知っている。
だから、泉に行けさえすれば会えると確信している。
しかし、その方法は世間一般には広まっていない。
疑問を持つのは当然だ。
「私も聞いたことありませんわ。お兄様は、勇者クロードと共にいたときにお会いしたと言っていましたが」
「僕も、詳しい方法は知りませんね。勇者戦紀にも書いていませんでしたし」
博識なミリアルドも知らない。
当然だ。あれのことを知っているのは、俺と、仲間たちぐらいだからな。
「……泉に行きさえすれば、会えると思っていたんだが……」
本当は知っている。しかし、下手に伝えるわけにもいかず、俺は無知の振りをした。
「おいおい、そんな考えなしだったのかよ」
それをローガに突っ込まれる。
仕方ないとはいえ、少々イラッとくるな。
「どうすんだよ、せっかく泉に行ったのに会えませんでした、ってなったら」
「……いえ、わかりませんよ」
俺を責めるローガに、ミリアルドが言う。
何か思いついたような表情だ。
「勇者クロードは確かに、女神ティムレリア様と何度もお会いしています。しかし、一番最初に会ったときだけは、彼はまだ勇者ではなかった」
「はぁ?」
ローガがぽかんとした顔になった。
向かいのサトリナ殿下は、なるほどと何か納得したようだ。
……ミリアルドの言うとおりだ。
俺が一番最初にティムレリアと会ったとき、俺はまだ、勇者ではなかった。
「勇者クロードは、その勇者の力を女神ティムレリア様から授かりました。つまり、一番最初に会ったときはまだ、勇者ではなかったはずなんです」
半ば迷い込むように俺は、あの泉にたどり着いた。
そしてそこで俺は、ティムレリアに力をもらった。
勇者として、この世界を救うための力と、魔王を倒すという使命を。
「きっとティムレリア様は、勇者クロードの素質を見抜いていたんです。だから、彼の勇者の力を授けた。だとすれば……」
ミリアルドは、その澄んだ視線を俺に向け、微笑んだ。
「クロームさんも、ティムレリア様に選ばれるかもしれませんよ。そうしたら、勇者クロームの誕生です」
「ミリアルド……」
「ここまで一緒に旅をして、クロームさんが勇敢で、誠実な方だと僕は知っています。例え勇者に選ばれてもおかしくない……僕はそう思います」
「……買い被りすぎだ」
なんだか恥ずかしくなって、俺はごまかすように紅茶を飲んだ。
しかしミリアルドは、自信たっぷりに首を横に振った。
「そんなことありませんよ。魔物に対してあんなに果敢に向かうことのできる人は、滅多にいるものではありませんから」
「勇者だから女神に会えたのではなく、女神に会える人こそが勇者である、と……そういうことですわね」
サトリナ殿下の言葉に、ミリアルドは満面の笑顔でうなずいた。
「それを確認するためにも、一度は泉に行かないといけませんね」
「……ああ、そうだな」
実際、方法さえ知っていれば恐らく、誰だろうとティムレリアには会えるだろう。
だが……なんとなく、俺のことをそんな風に言ってくれることが嬉しくて、俺は頬のゆるみを抑えられなかった。
「わかりました。私からも、お兄さまには申しつけてみますわ」
「いいのですか、殿下」
「ええ。お詫びも兼ねて、あなたたちとの親交の証とさせてください」
「親交の証……?」
聞き返すと、サトリナははにかむように笑って、こう答えた。
「その……私、年の近いお友達が少なくて。あなたがたさえよろしければ……是非、私とお友達になってくださいませんかか、と……」
義理とは言え、サトリナ殿下は王の妹。
畏れ多い身分だ。友達を作るには、少々難しい立場にある。
だから、ひょんなことで知り合えた俺たちと、友達になりたがっているのだ。
……そう、俺は知っている。
例え王族でも、人間は人間。
その心は、俺たちと何も変わらないのだと。
「もちろんですよ、殿下」
「ええ。こちらこそ、ぜひお友達になってください、殿下!」
俺もミリアルドも、笑顔を浮かべてそう答えた。
サトリナ殿下の表情がパッと明るくなる。
「ありがとうございます!」
サトリナ……美しい蝶、か。
なるほど、その名に違わず、可憐で美しい笑顔だ。
「へへ、それじゃあよろしくな、サトリナ」
ローガも今までの諍いをなかったこととし、仲を深めようと手を差し出した。
……が。
「イヤですわ」
「んなっ!?」
「私の勘違いはあったにせよ、あなたが私に破廉恥な行為をしたことは紛れもない事実。あなたとはお友達にはなりません」
「んだとぉ!」
……こっちの方はまだまだ、時間がかかりそうだ。
俺はミリアルドと視線を合わせ、呆れたように笑い会った。




