第六十五話 サトリナ・ミラ・カールル・セントジオ
「ああ、うまかった~」
食事を平らげ、ローガが腹をさすりながら言う。
「まさか三回もおかわりするとは思わなかったがな」
「お前だってスープ二杯飲んだだろ」
……まあ、とにかく非常に美味しかったということだ。
最近は宿での食事ばかりだったからな。
久々にぜいたくなものを食べることが出来た。
「ん……はい、どうぞ」
ドアがノックされて、俺は大丈夫と伝える。
皿の回収に来たのだろう。
そう思っていたがしかし、部屋に入ってきたのはメイドさんではなかった。
「げ」
扉を開け、配膳台を押して入ってきたのは、先ほどいざこざを起こしたばかりの少女、サトリナだった。
「ど、どうしてあんたが……」
顔を見るなり青ざめ、警戒し出すローガ。無理もないか。
しかし一方でサトリナは先ほどまでの勝ち気な様子ではなく、むしろどこか落ち込んでいるような、そんな雰囲気だった。
「その……先ほどは、ご迷惑をおかけしました」
「いや、構いませんよ。結果的に、こんないい部屋に泊めていただけましたし」
捕らえられかけた時は驚いたが、なんだかんだで些細な誤解だ。
おかげで宿代も浮いたし、ここにいればクリスと話すことの出来る機会も多いだろう。
むしろ、助かったかもしれない。
「お詫びと言ってはなんですが、皆様に手製のケーキを振る舞わせていただこうと思いまして」
「ケーキ、ですか?」
ミリアルドが問う。
サトリナは、はいと一つ頷いて、配膳台の上の皿を俺たちの前に並べた。
被せ布を取ると、生クリームの施されたイチゴの乗るケーキが、小綺麗に置かれていた。
「殿下がお作りになったんですか」
「ええ。お菓子作りが趣味なんです」
王族の身分にしては珍しい。料理なんか自分の手ではまったくしないのが普通だろう。
まあともかく、食後のデザートにはちょうどいい。
「では、いただきます」
「ええ、どうぞ」
フォークでケーキをすくい上げ、口に入れた。
生クリームのまろやかな食感と、ふわっとした生地が口の中で一体となる。
ちゃんと丁寧に作られているようだ。
……が。
「うわあ、すごく美味しいですね!」
ミリアルドが元気よく声を上げる。
うむ、美味いは美味い。それはわかるんだが。
「……甘いな」
「ケーキは甘いものでしょう」
ぼそりと呟いたローガに、不思議そうにミリアルドが言う。
そう、甘いんだ。
もっと言うと、甘すぎる。
ちょっとこれは……砂糖の入れすぎなんじゃないかと思うぐらいに、甘い。
「お上手なんですね、殿下」
「ありがとうございます、ミリアルド様。メイドたちにもよく誉めてもらえますの」
ミリアルドは珍しく年相応に、無邪気にケーキをぱくついている。
なんだかんだまだまだ子供で、甘いものが好きなのだろう。
まあ、俺も甘いものは嫌いじゃない。昔母さんが作ってくれたパウンドケーキは大好きだった。
しかし、これは甘すぎるぞ……。
とはいえ、せっかく作ってくれたものを残すわけにも行かず、俺は少々我慢しながらケーキを食べた。
「とても美味しかったです。ありがとうございました、殿下」
最後に紅茶をいただきながら、食事を終えて一息つく。
ちなみにサトリナ殿下は紅茶も注いでくれたのだが、その時にもまた砂糖を……かなり多めに入れてくれようとしたので、さすがにそれは断っておいた。
まだ口の中にケーキの甘さが残っているから、紅茶の苦みがちょうどよく染み渡る。
「ところで……あなたがたのお名前を伺ってもよろしくて?」
「え?」
そういえば、こちらからは名乗ってなかったな。
「私はクローム。クローム・ヴェンディゴだ」
「ミリアルド・イム・ティムレリアです。……って、僕は有名ですから、知っていますね」
「……ローガ・キリサキだ」
まだ苦手意識があるのか、ローガは一人話しにくそうだ。
「ありがとうございます。では、改めて。私はサトリナ・ミラ・カールル・セントジオ。国王クリスダリオの義妹です」
「サトリナというと、確かこの国に古い言葉で、"美しい蝶"を表す言葉ですね」
ミリアルドが言った。
そんな意味があったのか。……古代語云々は、さすがに俺もほとんど知らない。
確か前に、ミリアルドの姓に関しての説明を受けたが、そのようなものだろう。
「よくご存じで。さすが、教団の神官様です」
「いえ。お綺麗な殿下にぴったりですね」
「あら、ありがとうございますわ」
ふふ、と小さく笑う。
勝ち気だったり、わかりやすく気を落としていたり、こんな風に笑ったり。
表情のころころ変わる少女だ。
「なあ、一個疑問なんだが」
隣でローガが俺に尋ねて言う。
甘いもの好きといい、気が合うのだろう、ミリアルドとサトリナ殿下があれこれ話している間に、そちらに耳を傾けることにした。
「あいつに限らないが、王族ってのはなんでそんなに名前が長いんだ?」
「領土の問題があるからさ。"カールル・セントジオ"っていうのは、セントジオ大陸のカールル地方を納める人間の姓だ」
俺も昔疑問に思って、クリスに聞いたことがある。
「とはいえ、この辺りはもうかなり昔に統治されて、カールル地方なんて区分は消えているらしいがな」
今はその名が名残を残すのみということだ。
「ところで、あなたがたはどうしてこのセントジオガルズへ?」
サトリナ殿下も席に着き、自身の分の紅茶を味わいながら俺たちへ尋ねる。
「女神ティムレリア様に会いに来たんです」
「女神様というと……泉に、ということでしょうか」
サトリナ殿下も泉の伝説については知っているようだ。
それならば、と俺は話を続けた。
「勇者クロードが勇者の力を授かったあの泉の女神に、ぜひ一度お会いしたいと思いまして」
隠すわけではないが、説明が長くなると思って教団関係の話は避けておいた。
この話は、またいつかの機会にしておく。




