第六十一話 高貴なる少女
「……大変ですな、クロード殿」
脇でずっと俺たちを見守っていた壮年の兵士が、その手のジオフェンサーを俺に返しながらそう言った。
「……あ、そう言えばこの剣……」
泉の話をしていてすっかり忘れていた。
これはこのセントジオガルズの宝剣。この国に返すつもりで持ってきていたのだった。
……かなり使い込んでしまったが。
「手紙は届いておりますよ。今しばらくは、あなたがお持ちしていていい、と」
「そうなのか?」
「ええ。まさか持っているのがクロード殿とは思いませんでしたが、陛下も剣を使いこなせるのならば、と笑っていましたよ」
クリスのお墨付き、ということだ。
これで今まで以上に堂々とこの剣を振り回せる。……いや、今まで特に遠慮なんかしていなかったか。
「……ところで」
「何ですかな」
「あんた……誰だったかな」
なんとなく、顔に見覚えがあるんだが……どうしても思い出せない。
十五年前に確かに会っているはず……。
「……これで、思い出せるかと」
兵士はそう言うと、おもむろに被っていた兜を外した。
その下にあったのは、ものの見事なつるっぱげ。
そして、一気にぴんと来た。
「ああ、ゲハ……じゃない、ゲザーさんか!」
「ええ、お久しぶりです」
確か、城内でのクリスの教育役だった。
今は王にまでなったからその役目も終えて、兵士に戻ったのだろう。
「思い出していただけたところで、私はこれで」
「あ、ああ」
もうクリスも行ってしまっている。
後を追い、ゲザーさんも出ていった。
「……老けたな、ゲハさん……」
大いに失礼なあだ名だが、言っておくが名付けたのは俺じゃないぞ。
カインだ。勇者戦紀の著者の。
「……二人のところに戻るか」
ともかく、俺も部屋を出て、城の広間にいるはずの二人のもとへ戻ることにした。
「あ、クロームさん」
歩く俺を見つけて手を振るミリアルドに手を振り返す
「どうでした?」
「数日待ってほしい、だってさ」
「んだよ、結局待つのか」
ローガが言うが、それもそうだ。
だが、クリスに会うのに数日待つわけではない。泉に行くのに数日待つのだ。
この差は変わらないようで、非常に大きい。
「宿を取って、しばらくはそこで過ごすことにしよう」
「そうですね」
城を出て、宿を探すことにした。
大きいものは当然高い。別にそんないいところに止まる必要もないため、小さい宿を探し、雪道を歩く。
そんな折り。
「……なんだ、あれ」
突然ローガがそう言って、道の大通りの先の方を指さした。
「ん?」
見ると、確かに人混みがある。
何かを囲んでいるようにも見える。なんだろうか。
……ん?
「金属音……?」
ミリアルドにも聞こえたようで、小さくそう呟いた。
確かに俺にも、まるで剣と剣がぶつかり合うような金属音が聞こえたのだ。
……まさか。
「誰か、襲われてるんじゃ……!」
「これ……女の匂いだ。女が襲われてるぞ!」
ローガはそう言うと、忽然と走り出した。
人混みの中央にあるものの匂いまで嗅ぎ分けられるかと感心しつつ、俺もそれを追った。
しかし。
「ぬわーっ!」
「ッ! ローガ!」
その姿が囲いの中央に消えて間もなく、ローガの痛ましい悲鳴が轟いた。
まさか、そんな……!
「ローガさん!」
人混みをかき分け、なんとかその中央に躍り出た。
すると、そこには。
「……!?」
地面に倒れ伏す二人の大柄の男。
そして、地面に尻餅をつくローガに槍の穂先を突きつけ、女性をかばうように仁王立つ小柄な少女の姿があった。
「なんだ、これは……?」
「えっと……」
俺もミリアルドも、その状況を飲み込むことが出来ないでいた。
「また、あなたですのね……!」
「こっちの台詞だ! お前、なんでここにいるんだよ!」
槍を喉元に突きつけられながらも、ローガは少女に向かって吠える。
さらりとした暗緑の髪の隙から覗く、蒼海のような瞳は、怒りによって細められていた。
二人は知り合いなのか……? なら、なぜこんなことに。
「あ、おいクロ! 助けてくれ!」
俺に気付いたローガが声を上げる。
槍持つ少女も、その視線を俺へと向けた。
「あなたは……」
槍を離すことなく、少女は口を開く。
年のほどは、恐らく俺と同じぐらいだろう。
金の……同じく金髪のミリアルドよりもさらに薄い、白金のような髪をショートにした少女は、このセントジオガルズの国防軍のそれを豪華にしたような鎧を着込んでいた。
「えと……その男は、私たちの連れなんだ。悪い奴じゃない」
とにかく、ローガを助けなければ。
しかし少女は、訝しげな視線を投げかける。
「この男は、この女性を襲おうとした連中に加勢に来たのですよ?……そんな男の仲間ということは、あなたがたも……」
「だから違う! 俺もそこの女の人を助けようと思って――ーひっ」
反論するローガの喉元で、刃が光った。
「黙りなさい。人の背後から飛びかかってきておいて、善人面ですか? そんな言葉に騙される私ではありませんわ」
「偶然だ、事故だ、運が悪かっただけだ! 襲うつもりなんてなかった!」
あーだこーだとローガと少女は言い合う。
……なんとなく、状況が掴めてきたぞ。
かばわれる女性と、倒れた男……恐らく、あの人が男二人に言い寄られでもしていたのだろう。
話す言葉を聞く限り、この槍の少女はどうにも正義感が強そうだ。きっと偶然通りかかり、女性を助けに入り、諍いが起きたのだ。
そこを俺たちが目撃し、ローガが一足速く辿り付きはしたが……たぶん、すでに少女は男二人をのしていた。
そして偶然、運悪く、ローガが飛びいった場所に、あの少女がいて、背後から飛びかかる状態になってしまったのを、少女が迎撃し……ということだ。
それなら少女がローガを暴漢二人の仲間だと思うのも無理はない。
だが、一つ腑に落ちないのが、この二人が顔見知りということだ。
ただの知り合いというには、少女側からローガに対して敵意が強すぎる。
とにかく一旦ローガの身の安全を確保して、その後答え合わせといこう。
「君、今は――」
「何の騒ぎだ!」
しかし、俺の声を遮るように現れたのは、騒ぎを収めにやってきたのだろう国防軍の衛兵たちだった。
「で、殿下!? いつお帰りに……!」
「ちょうどよかったです。荒くれ者どもを三人捕らえました。お縄をお願いします」
「ちょ、俺は……!」
「問答無用。牢で自らの行いを悔い改めなさい。……それと」
槍でローガの声を抑え、少女は兵士に男たちとローガの拘束を願う。
……殿下、だって?
予想外の呼称に、その正体を考えようとした、その時。
「それと」
その少女は厳しい目線を、俺とミリアルドの方に送ってきた。
手甲に包まれた指をつきつける。
「そこの二人も怪しいです。捕らえてください」
「は……?」
……捕らえてって。
言葉の意味を噛み砕く前に、兵士が俺たちの背後にまで回っていた。
「……はぁ!?」
「殿下のご命令だ。神妙にしろ!」
腕を捕まれ、縄で縛られる。
なんといういことだろう、俺はこんな短い間に、実に人生二度めとなる、不当な拘束を経験することになったのだった。




