第六十話 ユニコーンの生態
「実は、一週間ほど前にも被害が出たばかりでな。今は民たちが近付かないよう、厳重に警備しているところなのだ」
「……そうか……」
聖獣ユニコーン。全身を新雪のような美しい白い体毛で覆い、黄金のような鬣を伸ばし、その嘶きは聞く者に富をもたらすという馬に似た獣。
その大きな特徴は、額から生える聖なる角。清らかな乙女のみにしか懐かないと言う。
……そんな、多大に脚色された情報が、世間一般に知れ渡っているユニコーンの姿だ。
だが、実際は違う。
確かに、乙女にしか懐かないというのは本当だ。しかし問題は、なぜ乙女に近付こうとするのか、という部分にある。
「ケガのほどは?」
「かなり酷い。国で一番の医師を呼んで治療に当たらせているが……最悪、二度と赤子を産めなくなる」
ユニコーンは、清らかな乙女に近付くと、その角でその女の純潔を奪う。
それが、ユニコーンの生態なのだ。
当然そんなことをすれば、か弱い人間の女性は体内を傷つけられ大けがを負う。
最悪死に至ることもあるし、例え命を取り留めても、女性の一番大事な部分を傷つけられれば、赤ん坊を産むことができなくなることも有り得る。
世間では神聖視されるユニコーンも、現地の人間からすれば、聖獣どころか魔獣もいいとこだ。
「森の警備を強めたことでここ数年ほどは害がなかったのだが……最近の魔物騒ぎで、少々人数を割いたところでこれだ。……被害にあった女性には、本当に悪いことをした」
「お前のせいじゃない。悪いのは、あの淫獣馬野郎だ」
聖獣云々はティムレリア教団が決めたこと。
大した現地調査もせずに、高い神霊力を持つというだけで決めてしまったのだろう。
まあ、それを言ったら聖獣ヴルペスだって、力がある以外に人間に益をもたらすわけではないが……。
とにかく、そのユニコーンが厄介極まりないと言うことだ。
「よくはわからないがクロード、今の君は女性の体なのだろう? だったらなおのこと、あの泉には近付けられないな」
「危険は承知の上だ。女神に会うには泉に行かなきゃならないんだ」
この体を男に触らせたことはない。今の俺は、ユニコーンの大好物ということだ。
そんなことは前々からわかっていた。
だが、それで女神に会うことを諦めては、俺は前に進めない。
最悪、ユニコーンと戦うことになったって……。
クリスはむうと顎に手を当てて悩んだ後、渋い顔でこう言った。
「悪いが、数日待ってくれないか? 先の被害も併せて、考えていたことがある」
「考え?」
昔から、クリスは俺たちの参謀役だった。かつての勇者一行の中では、最後に加わった仲間を除けば長い間最年長で、落ち着きのある性格だった。
俺や他の人間が突っ走りそうになるのを何度も止めてくれた。
そんなクリスの考えなのだから、期待していいだろう。
「わかった。しばらくこの都に留まらせてもらうよ」
というより、元々そのつもりだったのだ。
泉が俺たちの今の最終目標。女神の話次第ではあるが、とりあえず急いで向かう場所はない。
「すまないな」
「こちらこそ。わがまま言って、押し掛けてすまなかった」
そろそろ時間だ。
半ば卑怯な割り込みで話をさせてもらった。
これ以上、手間取らせるわけにはいかない。
「構わないさ。昔馴染みと十五年ぶりに会えたのだ、これ以上に嬉しいことはない」
「一応、別人だけどな。クロームって言うんだ、今の名前。クローム・ヴェンディゴ」
「そうか、覚えておこう。……ところで、旅の仲間が二人いたようだが、彼らには君の正体は?」
「言ってない。……というか、言っても信じないだろ、普通」
クリス相手で、俺がクロードであるということを証明できると確信があったから特別に話をしただけだ。
「ふっ、だろうな。……そろそろ時間だ。では、クロームさん。私はこれで失礼させてもらうよ」
クリスとクロードとしての、懐かしい会話はこれで終わりだ。
ここから先は、ただの一旅人と、国王陛下の関係に戻る。
「こちらこそ、失礼いたしました、陛下」
恭しく礼をして、俺は去っていくクリスを見送った。
「ああ、それと」
……と、クリスは立ち止まり、振り返る。
そして、大いに微笑んで、こう言った。
「人参はもう、食べられるよ」
「……ああ」




