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転生TS勇者の救世旅譚-生まれ変わった俺<わたし>が、世界を救う!-  作者: 鼎(かなえ)
第一章 新たな人生の始まり、果てしなき旅路へ
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第五話 親友との思い出

「……よし」

 死骸が青い炎を上げ、紫の煙を立てながら消えていく。

 それが、魔物の死だ。跡に残るものはなにもない。発生した魔物は、最期には消失するのだ。


「クロ!」

 木の上から降りてきたマーティが俺の名を呼んだ。その表情はどこか、不安そうに歪んでいる。

 勝ったってのに。もっと喜んでくれよ、相棒。


「ケガ! 平気なの?」

「……ああ。うん、そんなでもない。ちょっと油断しただけだ」

 勝利を確信して気が抜けた。だが、大したケガじゃない。


「血が垂れてるじゃん! ほら、見せて」

 言うとおり、傷から血が流れて腕まで伝っていた。いやしかし、それよりも服が汚れた方が心配だ。

 血の染みは落ちづらい。母さんに謝らないと。


 その汚れた袖をまくると、傷が露わになった。

 刃によって裂かれた皮膚と肉が、ぱっくりと開いて痛々しい。

 その傷に、マーティは手をかざした。目を閉じて、祈るように。


「癒しの風よ……」

 くすぐられるような、柔らかなそよ風が傷に染みる。

 だがその直後、開いた傷がゆっくりと、徐々に治っていった。

 自然治癒力を高め、傷を治す癒しの魔術。マーティの得意技だ。


 リウ族は魔術が得意な種族。普通の人間にはない、自ら魔素を作り出す器官が体の中に備わっている。

 だから人間よりも強力で、数多くの魔術が使用できる。

 ……まあ、リウ族というくくりで考えるなら、マーティは"得意じゃない"方に入ってしまうようだが。


 それでも癒しの魔術を俺は使用できない。

 狩りをしているといろいろと傷が絶えないから、本当に重宝していた。

 耳目に、弓に、魔術。本当にマーティはよき相棒だ。


「はい、治ったよ。でも、瘴気とかは大丈夫なの?」

「ありがとう。それなら平気だ。闇の守りを剥がせば、もう瘴気の心配はない」

 逆に言えば、守りを剥がさずに喰らってしまった場合、傷口から瘴気が入り込んで体に害を成す。


 人間自体が持つ浄化能力でいずれは治るものの、それまでは発熱や吐き気に苦しめられる。出来れば、そうはなりたくないものだ。

 泉の水のような浄化能力の高い代物があればすぐに治すことも出来るが、こういうものは世界にもそう多くはない。


「さて、と……それじゃあ……」

「帰るの?」

「いや、その前にやることがある」

 目標の魔物退治は果たした。だが、このまま帰ってはこれから森に来る人たちに迷惑がかかる。

 持ってきていた飲み水を捨て、代わりに泉の水を汲んだ。


「……? なにするの?」

「ベアの浄化だ。あれをあのまま放っておくわけにもいかないだろ」

 なにせ道のど真ん中に放置されているのだ。あのままでは腐敗して臭うし、そうでなくともそもそも邪魔だ。

 ベアの元まで戻り、持ってきた水を傷口に浴びせた。これで瘴気は問題ない。


「あとはザンダナさんに言って、死骸を運んでもらおう」

 なにせこちらはか弱い女子二人だ。重たいベアは運べない。

 ザンダナさんは町に住む森の管理者だ。結構な年齢のはずだが、筋骨隆々でいつまでも若々しい。

 大きい獲物を狩った際に、何度もお世話になった。

 今日も手を貸してもらおう。


「よし、それじゃあ帰るか」

「そうだね。なんか、慣れないことして疲れちゃったし」

 日も頂点を過ぎ、一日の半分を終えた。

 今日はもう一度学校に行く必要がある。森からは早々に引き上げてしまおう。

 

 町への帰り道の途中、マーティはこんなことを言い出した。

「そういえばクロ、最初に二人で狩りに行ったときのこと、覚えてる?」

「ああ、覚えてるさ。道に迷って散々だった時な」

 俺たちが初めて二人で狩りに出たのは、10歳の時だ。それまではザンダナさんや他の猟師の人たちと一緒だったのだが、その時初めて許可が出た。


「野生のイノシシを見つけて、つい調子に乗って深追いしちゃったんだよね」

「そうそう。なまじお前の弓が脚に当たったもんだから、もったいなくてな」

 女子二人での狩りなんて危険だと反対する人間も多かったが、俺の剣もマーティの弓も評価されていたから、最終的には許してくれたのだ。

 

 そんな最初の狩りでの大失態だ。忘れるわけがない。

 精神はかつてのものでも、自分の体はまだ子供であるということを、あの時改めて意識した。

 思ったよりも体力がなく、追いつけると思ったイノシシには結局逃げられた。


「真っ暗になっちゃって、二人の魔術で拾った木の枝をたいまつ代わりにして……」

「ようやくあの泉にたどり着いた時には、俺もお前も魔素が空っぽになってたな」

 魔術を使いすぎれば魔素が尽きる。魔素がなければ魔術は使えない。リウ族だってそれは変わらない。


「それで結局、あのイルミンスールの樹の下で一晩過ごしたんだよね。懐かしいなあ」

「腹が減っても灯りがないから、木の実一つも採りにいけなくてな。代わりに泉の水をがぶがぶ飲んで誤魔化した」

 そして明朝、俺たちを探しに来てくれた町の人たちに発見された。


 もちろん俺は両親にこっぴどく叱られた。温厚な父さんがあんなに怒ったのは、後にも先にもあれだけだった。

 でも、それが父親の愛情だと言うことはすぐにわかった。

 だから俺は、この体になって初めて泣いた。親に愛されるということの温かさが、身に染みたのだ。


「そんな二人が、魔物退治だなんてね。みんなに話したらびっくりするんじゃない?」

「おいおい、忘れたのか? 魔物の話は町のみんなには内緒だ」

「あれ、そうだったっけ?」

「余計な心配かけることになるし、町の近くに魔物が現れたって知ったらパニックになるだろ」


 魔物は魔王とともに消失した。それが今の世界の常識だ。それが崩れたと知ったら、町にどんな混乱が訪れるかわからない。

 もちろん今後も魔物が現れないという保証はない。それを考えるとまったく知らせないというのもいい選択ではない。


 だから、これから先生に頼んで、徐々に魔物の再発生の注意を促してもらおうと思っていたのだ。

 いきなり現れたと教えるより、現れるかもしれないと知っていれば準備も対策も可能だ。

 混乱も酷くはならないだろう。


「そっか……。なんか残念」

「褒められたいのはわかるけどな」

「うーん……じゃあ、クロが褒めてよ」

「は?」

「ほら、さっきの戦いで活躍したでしょ? 褒めて褒めて」

 こいつは……まったく、相変わらず犬みたいな奴だ。


「よしよし。さっきは助かったよ、ありがとうな」

「えへへ」

 ……確かマーティの方が年上だったはずなんだがな。

 まあ、気にしていたらきりがない。

 そんなくだらない話をしていると、町に戻ってこれた。 日が沈みかけ、空が半分夕に焼けている。


「じゃ私、ザンダナさんのとこ行ってくるよ」

「私も行こうか?」

「いいよ、学校行くんでしょ?」

 ベアの死骸の処理を頼みに行かなくてはいけないが、そろそろいい時間だ。先生を待たせてしまうかもしれない。

 考えて、俺はマーティに頼ることにした。


「……じゃあ、任せるよ。また明日」

「うん」

「明日は……寝坊するなよ」

「わかってる。大事な日だもんね。それじゃ」

 道を別れる。

 そう、明日は今日よりも大事な日だ。

 恐らくは俺の――人生の分岐点だ。


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