第五十五話 心地いい騒がしさ
そのまま湯治をしばらく続け、しっかり身体を温め切ったところで風呂場を出た。
ぬくまった身体が非常に心地いい。
これだけの人間が集まるのも納得の施設だ。
機会があれば毎日でも……いや、日に数度来てもいいぐらいだ。
しかし、俺たちにはセントジオガルズへ行くという目的がある。
名残惜しいが、この一回を強く記憶に刻んでおこう。
服を着てーーちなみに、そこでもミリアルドは大慌てでーー貰ったマントを羽織って、外に出た。
「温かいですね、これ」
「ああ。この寒風をものともしない」
これなら外を歩き回るのもまったく苦ではない。
身体の温もりを保ったまま、俺たちはすがすがしい気分で宿に戻ることが出来た。
時間もちょうどよく、宿のサービスの夕食を頂き、部屋に戻った。
「さて……そろそろ寝るかな」
「そうですね」
一狩り行って、風呂にも入り、適度に温まった体でベッドに潜る。
今日は心地よく寝られそうだ。
「明日にはセントジオガルズですね」
「ああ、ようやくだ」
遠回りの旅だったが、これで少しは腰を落ち着けることが出来るだろう。
「おやすみ、ミリアルド」
「はい。おやすみなさい、クロームさん」
明かりを消すと、部屋が闇に包まれる。
目を閉じると、俺の意識は間もなく夢の世界へと移ろった。
「……ん」
窓の隙間から漏れた日差しで目が覚めた。
隣のベッドではまだミリアルドが布団にくるまって眠っている。
起こさないよう静かにベッドを抜け出して、剣を片手に外に出た。
宿の人に言い、庭に出して貰った。
手にした剣の鞘を抜き、強く握りしめて素振りを開始した。
特異な状況でもない限り、これが毎朝の日課だ。
俺はまだまだ弱い。ジオフェンサーで魔剣術が強化されたとはいえ、根本的な実力はまだまだ鍛錬が足りないのだ。
かつての実力を取り戻すためにも、訓練は欠かせない。
「……あ、おはようございます」
一通りの訓練をこなし、部屋に戻るとミリアルドはすでに起床していた。
ベッドに腰掛け、何か本を読んでいたようだ。
「それは?」
「勇者戦紀です。備え付けのもののようですね、棚の中に入っていました」
「へえ」
よく見知った表紙だ。家にも一冊置いてある。
「久しぶりに読みましたけど、やっぱり面白いですね」
ミリアルドは笑顔でページをぱらりとめくる。
何度も好きだと聞かされている。
確かに、好きな本なら何度読んでも面白く読めるものだ。
「勇者クロードは、この先どう進んだんだったかな」
「僕も気になってちょうどその辺りを読んでいたんです。当時は魔動列車もなかったので、馬で縦断していますね」
実際、聞かなくとも知っていたことだ。なにせ自分自身のことだからな。
「そう考えると、移動はずいぶん楽になったな」
「そうですね。ここからでも、馬ではセントジオガルズ一週間以上かかりますからね」
当時は夏頃のもう少し温かい時期で、ちょうど雪の少ない冬で地面も安定していた。
それでもそれぐらいかかったことを考えると、列車というもののすばらしさがわかる。
「さて、行きましょうか」
「ああ」
棚に本を戻して、ミリアルドは立ちあがる。
朝食付きの宿泊だったため、まずは昨夜夕食を食べた食堂へと赴いた。
パンと牛乳、スープと炒り卵、焼いたベーコンと一般的な朝食を受け取り、席についた。
「列車は何時に出発だ?」
「確か……九時ぐらいでしたね。まだまだ時間はあります」
隣に座るミリアルドに尋ねる。
今は七時を回ったぐらいだ。ゆっくり食べても、まだ間に合うだろう。
食べる前に祈りを捧げ、その後軽く炙られたパンに手を伸ばした。
「いやあ、うまそうだな」
「ああ。朝食がうまいと、一日の気分がーー」
目の前から聞こえてくる聞き慣れた声に、ついごく自然に返答をしてしまってから、その奇妙に気付いた。
「……ローガ!?」
「よう」
もそもそとパンを噛みちぎりながら、別れたはずのローガはなんてことないかのように挨拶をしてくる。
こいつ……なんでここにいるんだ?
「お前、闘技場に行ったんじゃなかったのか?」
「確か、あそこには参加者用の宿泊施設がありましたよね?……なんで、この宿に……」
俺とミリアルドの質問に、ローガは困ったようにため息をつき、スープでパンを飲み下してから答えた。
「それがさぁ……武闘大会、中止なんだってよ」
「中止?……また、なんで」
「魔物騒ぎのせいで人の集まりが悪いんだと。普段の半分以下の人数しかいなくて、まともに試合が出来ないから今年は見送り。ったく、これじゃあ何のためにここまで来たんだか」
魔物のせい、か。
確かに、武闘大会には腕利きの人間が集まるが、彼らは大会のためだけに生きているわけではないだろう。
その実力に見合った仕事……例えば、傭兵とか、自警団だとか、技術を発揮する職に就いているだろう。
魔物騒ぎでその場を離れられない人が多ければ、必然この闘技場には来れない。
そういうことだ。
「じゃあ、これからどうするんですか?」
「どうすっかなあ。意気込んで出てきた以上、何もせずに帰るってのもばつが悪いし……」
「嫁探しだって途中だろうしな」
正直、武闘大会で優勝さえすれば、本人の意図には関わらずそこそこの女は捕まられただろうが……大会自体がお流れになってはそれも不可能。
目的・目標を見失ったというわけだ。
……ならば……。
「なあ、ローガ」
気だるそうに朝食を咀嚼するローガに、俺は声をかける。
ある考えを胸に秘めて。
「なんだ?」
「私たちに着いてこないか?」
「え?」
不思議そうに聞き返したのは、隣に座るミリアルドの方だった。
一瞥し、微笑を見せる。視線をローガに戻し、続けた。
「私たちの旅は、魔王を倒すための旅だ。恐らく、まだまだ長くかかるだろう。そのための協力者は、多ければ多いほどいい」
前の旅だって、俺一人では成し遂げられなかったものだ。
仲間だ。仲間という存在が、俺を真の勇者たらしめた。
だから。
「だからローガ、お前さえよければ……旅に、同行してくれないか?」
「いいですね。この魔物騒ぎを早々に納めれば、武闘大会も再開するでしょうし」
ミリアルドが笑顔を浮かべながら行った。
またローガと一緒にいられるかもしれないというのが、嬉しいのだろう。
あとは、本人次第だ。
「魔王を倒す、ね……」
「辛い旅になる。正直、あとどれほどの時間がかかるか検討も着かない。一年か、二年か……」
だが、そう時間もかけていられない。
魔王の復活まで二十年。あと五年しかないのだ。
時間が経てば経つほど、その力は増していくだろう。
急がなくてはならない。
「お前の力が必要だ。魔物と戦うのに、その剛腕は大いに役立ってくれる」
ネーレウスだって、タウラスだって、ローガがいなければ倒せたかどうか。
俺もミリアルドも、単純な力という点では非力。女・子供の辛いところだ。
「頼む。お前の力を……貸してくれ」
ローガの瞳をじっと見つめた。
ローガも俺を見つめ返す。そして……。
「……くくっ」
「……え?」
「はははははっ! なんだよクロ、そんな真面目な顔してよ。ははははははっ」
ローガは、突然堰を切ったように笑いだした。
……なにが、おかしいというのか。
「いやあ、そんなに真剣な表情で頼み込まれるとは思わなかったぜ」
「真剣だ。この世界の命運がかかってる」
「わーってる。……わかってるよ、お前等はいつだって真剣だった」
ローガは、それこそいつになく大真面目な顔で俺の、そしてミリアルドの顔を見た。
「ぶっちゃけた話、ちょっと負い目があったんだ。お前たちは世界を救うとか、魔王だとか、スケールのでかい話をしてるってのに、俺は大会で優勝したいってだけ。こんなんでいいのかな、ってさ」
「でも、ご家族のためなんでしょう? それだって、十分立派な理由です」
「金を稼いだって、魔王が蘇ったらおしまいだ。金持ちも貧乏も、魔物にとっちゃただの人間。変わりゃしねえんだ」
金品を奪う魔物はいない。
奴らはただ人間を殺すためだけのもの。貧富の差など、気にする必要などない。
「んでもって、その金策も敢えなく中止。だったら……俺も、今度はお前等と本当に意味で、肩を並べて戦いたい」
「ローガ……」
「頼むのは俺の方だ。俺を……お前たちの旅に同行させてくれ」
そう言い、ローガは頭を下げた。
その似合わない姿が……俺には、とっても誇らしく見えた。
いい奴と巡り会えて……よかった。
「……ああ。改めて、よろしく頼むよ、ローガ」
「ああ!」
「ありがとうございます! 僕も嬉しいです!」
ミリアルドも満面の笑顔で答える。
これで、また三人だ。
きっと騒がしくなる。だが……それがいい。
この騒がしさが、心地いいんだ。




