第五十三話 いざ浴場へ
「いやあ、すごいなあんたら! ほら、マントだけじゃなく、もっと他のものも持ってっていいぞ!」
「ありがとうございます。それじゃあ……」
街に戻り、俺たちはベアを狩ったことを雑貨屋の店主に報告した。
ベアの骸は、ミリアルドの風の神霊術で浮かせ、なんとか街の外まで引っ張ってきた。
俺も多少は魔術で手伝いはしたが、ほとんどミリアルドの力だ。
神霊力が封じられているというのに、世話になりっぱなしで申し訳ない。
「またいつでも来てくれ!」
「はい。それでは」
マント以外にも、旅の必需品をいくつか包んでもらい、俺たちは雑貨屋を出た。
個人的に皮を剥いだり、肉を解体した方が儲けは出ただろうが、それにかかる時間は膨大だ。
損をしたわけでもないし、マントを譲ってくれた店主への礼も含めてこれでいいだろう。
「よし、それじゃあ風呂場に行くか」
「はい。ちょうど疲れましたしね」
微妙に話が逸れていたが、ようやく大本の目的へ戻る。
雑貨屋でもらったものを一度宿に預け、その足で大衆浴場へと向かった。
街住人にも、俺たちのような旅人にも人気なのだろう、浴場は大いに込み合っていた。
祭りや武闘大会で人が集まっているのもある。
だが、闘技場以外では一番大きい施設というだけあって、その人数を問題なくすべて飲み込んでいた。
「あそこですね」
人々が流れ込んでいくその先に、受付の人が座っていた。
そこで金を払い、入場券と貸しタオルを受け取った。
「それじゃあ、また後で」
「ああ」
当然ながら、ここは男湯と女湯に分かれている。
どっちが先に風呂から上がってくるかわからないため、集合場所をこの浴場の正面ロビーに定めた。
なにやらいろいろ暇つぶしが出きる設備もあるようだから丁度いいだろう。
と、俺たちも二手に分かれようとした、その時だった。
「あ、ちょっとそこの坊ちゃん」
「え?」
受付の初老の男性に、ミリアルドが呼び止められた。
「なんですか?」
「悪いけど、今は子供一人じゃ浴場には入れないんだ」
「え……」
受付は不可解なことを言う。
どういうことだ?
「今のこの時期はいろんな人たちがやってくるんだが、子供も大勢やってきてね。はしゃぎまわって風呂場を壊す事故が後を絶たないんだ。だから、子供は大人といっしょじゃないと風呂に入れないようにしてるんだよ」
「は、はい」
なるほど。
もしも何かが起きたとき、責任を取れる保護者が必要だ、と。
仕方のない話だ。
「坊ちゃんはしっかりしてそうだから平気だとは思うが、規則でな。そっちのお連れさんといっしょに入ってくれないかな」
……ん?
つまり、それは……。
「……えっと……」
ミリアルドが、不安そうな目線で俺を見上げた。
「あの、僕……」
……ミリアルドも、女湯に入ることになった、ということか。
「うぅ……」
女性ばかりが集まる脱衣所に、ぽつんと目立つ金髪の少年。
肌色の多い周囲を可能な限り見ないようにか、足下ばかりを見つめるその姿は、申し訳ないがとても微笑ましく見える。
「気にするなって。君ぐらいの年の子供、他にもいっぱいいるぞ?」
規約のせいだろうか、親子連れと思われる一団は少なくない。
恥の概念など持ち合わせていないような少年が、素っ裸で普通に歩き回っている。
「しかしですね」
「誰も気にやしないさ。顔、上げていいぞ」
「……む、無理です……!」
まあ、元々年不相応に大人びたミリアルドだ。
羞恥心の方も成長してしまっているのだろう。
「ここでいいかな」
脱衣所には、脱いだ服を入れる竹籠が並んでいる。
隣り合わせに二つ空いた場所を見つけて、そこで俺も服を脱ぎ始めた。
「わわ……」
隣に立つ俺が急に脱いだからか、ミリアルドは慌てたようにさらに目を伏せた。
「別に見られても気にしないって」
「僕が気にするんです……!」
顔を上げ、小声で叫ぶように。
しかし、その時にはすでに俺は上着を全部脱いでしまっていた。
上半身だけだが、俺の裸をばっちり見たミリアルドは、顔を真っ赤にしてすぐさま下に向き直った。
「ご、ごめんなさい……!」
「だから……」
まあ、言っても無駄だろう。
さっさと服を脱ぎきって、タオルを巻いて身体を隠した。
「ほら、もう大丈夫だから。さっさと脱ぎな」
「は、はい……」
出来るだけ顔を上げないようにしながら、ミリアルドも服を脱ぎ始める。
細い腕や足に、筋肉の発達していない丸い背中。
こうして見ると、本当にまだまだ子供なのだ。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「その、あんまりじろじろ見ないでくれると、嬉しいんですけど……」
……これは失礼。
視線をミリアルドから反らし、室内を見渡した。
子供以外は女しかいない脱衣所だからか、それとも観光客がほとんどで開放的な気分だからか、身体を隠していない女性も非常に多い。
昔の俺ならまあまあ嬉し恥ずかしな状況だろうが、残念ながら今は女。
もはや子供のころから見慣れた女の身体。嬉しくも何ともない。
……ちょっとだけ、悲しい気分だ。
すっかり変わってしまったな、俺も。
小さい時は、男じゃなくなってしまったことで、いろんなことに混乱したものなんだがな。
慣れというのは恐ろしい。
「あ、あの……」
気恥ずかしそうな声が下から聞こえてきて、俺は視線を向けた。
タオルで全身隠すようにしたミリアルドが、おずおずと俺を見上げている。
戦闘の時の真剣な表情との差異に、思わず口元が緩んでしまう。
「ああ。行こうか」
ミリアルドを横に連れ、浴場に入った。




