第四十七話 石工と出発
町に着く頃には、日がすっかり沈んでしまっていた。
クリミアの祖父の元へ行くつもりだったが、この時間からでは少々遅い。
それに、未だ疲労が残っているという事もあり、今夜はは宿に泊まることにし、翌朝、改めて石工場へと向かった。
「おじいちゃん、いる?」
工場に入ると、中で老人が目の前に置かれた石を削って、像か何かを作っていた。
周囲には本人の作品か、様々な人や動物を模した石像が置いてある。
どれも非常に出来がいい。色さえ塗ってしまえば、本物と見分けがつかないかもしれない。
「おお、クリミアか。久しぶりだな」
しわがれた声で老人は話す。
「うん、久しぶり。こちら、お客さん」
「ほう」
老人はしわが深く刻まれた顔を向ける。
老いてはいるが、力強く輝く瞳は衰えを感じさせない。
「クロームです」
名を名乗る。
「ゼノという。それで、何を掘ればいい?」
「実はね」
クリミアが言い、ローガに目線を向ける。
ゼノの視線が、その手にしていた魔法石を捉える。するとやはり驚くべきものと言うことか、目を見開いた。
「そいつはすごい。過去に一度見たことがあるかどうかだな……」
ローガはゼノの前に魔法石を置いた。
近くにあった片眼鏡を手にし、それを覗き込み始める。
「うむ。やはり……純度九割以上だな」
「って言われても、どのくらいかわからねえな」
真隣でさらっと言い放つローガに、ゼノはがははと笑った。
こいつ、失礼という言葉を知らんのか。
「力の弱い魔術師が補助のために持つ魔法石はだいたい、純度五割と言ったところだな」
「そいつの半分ぐらいってことか」
「そうだな。だから効力を得るためにどうしても大きくなる」
以前見た魔法石は、だいたいリンゴほどの大きさだった。少なくとも小さくはない。
「だがこれなら、その三分の一以下で同じ効力を得られるだろうな」
「それはすごい」
……本当にわかってるのだろうか。
ローガは魔術を使えない。この魔法石がどれだけ強力なものか、ピンとくるはずがない。
「こいつを加工してほしいということでいいのかな」
「はい。頼めますか?」
俺の言葉に、ゼノはほっこりと笑って頷いた。
「むしろこちらから頼みたいぐらいだ。こんな魔法石、そう何度も触れはしないからな」
「ありがとうございます」
ゼノは再び魔法石を調べ始める。
俺も詳しくないからよくはわからないが、様々な角度からのぞき込んでは声を上げて笑っている。
まるで、新しい玩具を手にした子供のようだ。
「加工には一週間ほどかかる。それでもいいか?」
「一週間ですか……」
まあ、戦力の充実のためなら充分待てる日数だ。
町も平和になったことだし、なんら問題は……。
「いや、ちょっち困るな」
ない、と言おうとした矢先、ローガがそう言った。
「どうしたんですか?」
ミリアルドの問いに、ローガはそれがさ、と話し始める。
「武闘大会の日が迫ってるんだよ。正直、列車使ってもギリギリだ」
「ああ、そういえばそうだったな」
最近いろんなことがありすぎて、ローガの主目的を忘れていた。
セントジオガルズに向かう俺たちと、道中が同じだからと着いてきているだけだったのだ。
「なら、ここでお別れですか?」
さみしそうな表情でミリアルドは言う。
俺たちは待ち、ローガは行く。そうするのが普通だとは思うが……。
「武闘大会と言うことは、クロームさんたちはラクロールに行くんですか?」
クリミアが問う。
「いや、私じゃなくてローガだけです。私とミリアルドはセントジオガルズに行くつもりです」
「それなら、加工した魔法石を私がお届けしましょうか?」
「え? いや、そんな……」
申し出はありがたいが、わざわざそこまでして貰わなくても構わない。
ローガとは別れることになるが、俺たちはこの町で待てばいいのだから。
「町の進駐部隊の再編がありますから、私も一度本国へ行かなくてはいけません。その時にお持ちすることが出来ますから、大した手間でもありませんので」
「しかし……」
「でも、それならローガさんとまだ別れずに済みますね」
悩ましいときに、ミリアルドが、とても嬉しそうな笑顔で言うものだから、そうなるとこちらは弱ってしまう。
仕方ない、か。
「……じゃあ、すいませんがお願いしていいですか?」
「はい、お任せください!」
クリミアもいい笑顔で返事をする。
「ゼノさんも、よろしくお願いします」
「おう。こちらも久々にいい仕事が出来そうだ」
魔法石を二人に任せることに決まって、俺たちは石工場から出た。
その足のまま、馬車乗り場へと向かった。
盗賊被害が収まり、馬車は通常通りに運行しているようだ。
「おう、あんたたちか」
「おはようございます」
昨日の御者が声をかけてくれる。
無事に営業できるからか、こちらの表情も明るい。
やはり、笑顔はいいものだ。
「昨日を取り返すつもりで馬車の本数を増やしてるから、すぐにでも出発できるよ」
それはいい。
この時間から出発すれば、昼前にはナクナルトに到着するはずだ。
「はい。それじゃあナクナルト行きを三人分、お願いします」
「あいよ。おっと、金はいらないよ。助けてくれた礼だ」
金を取り出そうとしたところを止められる。
なんだ、この町に住む人々はいい人間ばかりだな。
断るのも申し訳ないし、ここは甘えておくことにする。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。さ、乗ってくれ」
中くらいの馬車に三人とも乗り込み、その他数人の客を乗せて、ソーサウスを出発した。




