第三十一話 幼き友
「ミリアルド? どうした!」
まさか、どこかに傷を負っていたのか?
俺に心配かけないように黙っているなんて、ミリアルドならやりそうなことだ。
しゃがみこみ、ミリアルドの顔をのぞき込むと、辛そうに目元を抑えていた。
「どこか悪いようなら……」
治療術が使えるわけではないが、通常の治療の知識はある。
怪我をしているなら治さなくては。下手をすれば大事になる。
「い、いえ……。そうではなくて、ですね……」
起き上がり、立ち上がる。しかし、ミリアルドはふらついて、俺の足にしがみついた。
「おい、無理をするな」
見た目に怪我はないようだ。
それなら、神霊力を封じられたことで体に異常が出ているのか?
「いえ、その……実は……」
「ああ、遠慮なく言ってくれ」
「ね、眠くて、ですね……」
「……え」
申し訳なさそうな顔で俺を見上げるミリアルドは、重たそうなまぶたと必死に格闘し続けていた。
「……あ、ああ……そうか……いや、そうだな、うん」
なんだかんだと言って、ミリアルドはまだ子供だ。
こんな深夜の時間帯、普段はきっと眠っている頃なのだろう。
「ご、ごめんなさい……。今までは、なんとか我慢できてたんですけど……」
「いや、気にしなくていいさ。……よし、ミリアルド。ほら」
少し考えて、俺はふらつくミリアルドに背を向けた。
「あ、あの……」
「おぶってやるから。スールカに着いたら起こすから、眠ってていいぞ」
「ですが……」
「無理するなよ。大丈夫、町ではよく、弟や妹をおぶって散歩してたんだ」
昔はセロンが甘えたがりで、しょっちゅうおんぶしてくれとせがまれたし、トリニカもまだ小さいから、散歩してると疲れたからと頼んでくることが多かった。
子供の世話には慣れている。
「いえ、その……」
「恥ずかしがるなって。気にする人間もいないだろ?」
なにせ、こんな夜中だ。
俺たちの他に歩いている人間なんかいないだろうし、仮にいたとして、それがミリアルドだとわかる者もいはしないだろう。
「それに、そんな調子だと歩くのが遅くなって、追いつかれるかもしれない。急ぐのにもちょうどいいだろ」
「う……。じゃ、じゃあ……お願い、します」
気恥ずかしそうに一つうなずいて、ミリアルドはその小さな体を俺の背に押しつけた。
首にしっかり腕が回ったことを確認して、俺は軽い体を持ち上げた。
「……、……」
ミリアルドの吐息がうなじをくすぐる。
その懐かしい感覚に、昔を思い出した。
「出来るだけ揺らさないように歩くから」
「……はい」
歩き出す。
まもなく、首のうしろで寝息が立ち始めた。
よほど眠たかったのだろう。
「……奇妙な奴だよ、君は」
ごく小さく、囁く。
あまり長い時間いっしょにいたわけではない。
だが、それでもミリアルドという人間が多少はつかめてきたと思う。
普段は大人顔負けの話をするくせに、時折歳相応のかわいらしい姿を見せる。
しっかりしているのかしないのか……まったく、わからない奴だ。
ただ、どちらにせよ俺は、このミリアルドという人物にある種の親近感を覚えていた。
俺もかつては、両親の顔を知らなかった。
勇者クロードの両親がどういう人物だったのか、俺は今でも知らない。
育ての親がいるのだとしても、やはり実の父親、母親というものを気にせずにはいられない。
そんな俺も、今は――クローム・ヴェンディゴとしては
、すばらしい両親に祝福されている。
知らない時代があったからこそ……その温もりがありがたかった。
ミリアルドの両親が今でも生きているかはわからない。
あるいは、もう。その可能性もなくはないだろう。
だが、生きているのなら。今でも、無理に引き離された息子を愛する両親がいるのなら。
俺は、ミリアルドと再会してほしいと思っている。
今からでも遅くはない……いや、この年齢ならむしろ、当然のことだろう。
子供は両親の元で育つべきだ。
教団から捨てられた今、ミリアルドの帰る場所はそこしかない。
だが……果たして、どこにいるのだろうか。
たぶん、ソルガリア大陸だ。
だが、そうだとすれば今、ミリアルドが両親に会うことは叶わない。
もはや俺たちは、この大陸では大罪人。仮に再会できたとしても、すぐに連れ戻されるだろう。
どころか、見せしめに両親を殺害される恐れもある。
そんなことをすれば、今度こそミリアルドは壊れてしまうだろう。
「……帰る、か」
俺も、しばらくはロシュアに帰ることは出来なくなった。
父さんも母さんも、セロンだってトリニカだって、俺が罪を犯したとは信じないだろう。
だがだからこそ、教団に目を付けられる。
帰れない。帰ってはいけない。
今は、まだ。
バランの悪逆非道を世間に暴き、俺たちの無実を証明してからだ。
きっと、きっといつか。
必ず、帰る。
俺も、ミリアルドも、両親の元へ。
……絶対に。
そう決意し俺は、大事な友を背負いながら今一歩、歩みを進めた。




