第百七十六話 嗤う魔神
「ぐううう……! こんな、こんなところで我が輩はぁ……っ!」
炎の中でバランが苦しみ、呻く。
ミリアルドの神霊術の効果で増幅された俺たちの力が、バランを凌駕している。
勝てる。このままならば。
だが――油断は出来なかった。
奴の力の源はあの魔王ディオソール。奴がそうだったように、今のバランも――
「ふ……ふは……ふはは、ははははははは……!」
炎の中から、笑い声が漏れ聞こえる。
やはり、か。
魔王という奴は――追い詰められた時に、真の力を解放するのだ。
「ハァッ!」
炎を吹き飛ばして、バランは姿を露わにする。
全身が焼け焦げて、相当なダメージを負っているように見えた。
しかし、先ほどまでの動揺はすべて消え失せているようだ、
悠然と立ち、静かな目線を俺たちに向けている。
「なんとか……間に合ったか……!」
「まさか……!」
ミリアルドが苦い顔で言う。
奴の方も、時間が来たようだ。
強化・弱体化を持ってしても、奴の防御力を突破しきれなかった。
「そのまさかよ! 魔王の力がようやく我が身に馴染んだ! これで、我が輩も全力を――」
全身から強烈な闇の波動を発するバランは――しかし、急にその動きを止めた。
全身をだらりと脱力させ、前のめりに倒れ込む。糸の切れた人形のようにぴくりとも動かない。
「ど、どうした!? なぜ動かん!?」
バランの悲痛な声だけが聞こえてくる。
次の瞬間には、変貌していた魔機の身体が元の鉄の塊に戻っていた。
……なるほど。どうやら、天は俺たちに味方したようだ。
「魔機の故障みたいだな」
「馬鹿な……!」
いくら魔王の力を受け止める強力な魔機――魔神機とはいえ、所詮は機械だ。
魔王の力で変貌していたとしても、俺たちの猛攻に晒されて壊れてしまったのだ。
「こんなはずでは……!」
死闘の最後がこんなものでは拍子抜けもいいところだが……これは物語ではない。
勝つ時に勝つ。盛り上がる勝利などいらないのだ。
「ローガ、手伝ってくれ。バランを引きずり出す」
「おう」
魔機の中に引きこもる、すべての元凶を引っ張り出して、すべてを終わらせる。
ローガの腕力で魔機を破壊してもらおうと、二人で沈黙した魔機に近付いた。
バランの声すら聞こえない。
ようやく観念したか。
「終わりだ、バラン――」
こじ開けようと、ローガが魔機に手をかけようとした、その瞬間。
鉄色の魔機が、瞬く間に先の姿へと変貌した。
「な――」
驚きは一瞬、急速に迫った巨大な掌に、俺の身体は握りしめられていた。
「ぐぁ……!」
みしみしと身体が軋む。
動かなくなったはずの魔機は立ち上がり、再び魔王の姿で君臨していた。
「クロ!」
ローガの声が足下から届く。
馬鹿な。まだ、奴は動けたというのか……!
「バラン! 悪あがきを!」
ミリアルドが叫んだ。
しかし、バランの返事はない。代わりに、暗黒の炎がミリアルド目掛けて放たれていた。
「っ!」
光の壁を貼り、ミリアルドは間一髪それを防ぐ。
素早く、的確な攻撃だ。故障していたのでは不可能だろう。
「くっ、放せ……っ!」
手の中でもがく。だが、固く握りしめられていて抜け出せない。
バランの目線が俺を射貫く。――いや、違う。
バランの――この魔神機の、禍々しい双眸から放たれる眼光。
この威圧感には覚えがあった。これは、そう――。
「魔王、ディオソール……!」
にやりと、魔神機が嗤った。




