第百七十五話 連撃
「はあっ!」
地を蹴る。バランの巨体目がけて剣を振るった。
「ちぃっ」
腕で防がれる。だが、弾かれるような感覚はない。わずかだが傷がついている。
攻撃が効いているのだ。
「燃えろッ!」
着地、後退。入れ替わるようにイルガが炎を纏って突撃した。
炎の爪で斬りつける。バランは顔の前で腕を交差させ、火炎の猛攻を防いでいる。
「猪口才なぁっ!」
腕を振り、イルガの身体を吹き飛ばす。しかし、翼を広げて空中で姿勢を制御し、難なく着地した。
「さっきほどではないが……やはり、固いな」
すべての攻撃を跳ね返すほどの守りが解除されたとはいえ、魔王の力は未だあの魔機に備わっている。
一筋縄でいくというわけでは決してない。
「固えってだけならよ!」
大剣を構え、ローガが走る。
叩き潰そうと振り下ろされた拳を避け、それを足場に跳躍。がら空きの肩口に、重い一撃を繰り出した。
「ぐぅ!」
肩から胸に血の線が走った。紫の血が吹き出して、煙と消えゆく。たまらずバランは数歩後退した。
イグラ族の超膂力が、固い表皮を切り裂いたのだ。
「どうだ!」
「さすが、馬鹿力だけは本物ですわね」
軽口を言って、サトリナが追撃に走った。
バランには確実にダメージが入っている。ここが攻め時だ。
「我がセントジオの槍術、お見せしますわ!」
怯むバラン。その傷口に槍を突き刺し、払う。
縦一線の傷が十文字へと変わり、さらに血と煙が吐き出されていく。
「やぁっ」
サトリナはさらに連撃。突き、払い、さらに突く。バランの身体にいくつもの切り傷が刻まれていく。
「ぐううううう……! 雑魚共がぁ……!」
「きゃあっ」
全身から闇の波動を発して、サトリナの身体が吹き飛ばされた。
「っと。危ねえな」
ローガが受け止める。
「へへ、調子乗っからだ」
「うるさいですわ!」
いつもの調子で言い合って、二人とも姿勢を整えた。大したダメージはないようだ。
「ふざけるな! 貴様らは我が輩の下で管理されていればいいのだ! 我が輩に逆らうなど、許されん!」
「素が出たな。平和だの何だのと言いながら、結局お前は世界を掌握したいだけだ!」
本当に平和を望み、そのために尽力していたというのならまだ理解の余地はある。
戦争を止めたいという想いが本物なら、あるいは和解の線もあっただろう。
だが、こいつは所詮、自らが王になりたいという野望で動いていたに過ぎない。
ならばこちらも遠慮することはない。
そんな奴は叩きつぶすに限る。
この世界をバランの好きになどさせん。
「黙れ! 我が輩は――この魔王の力で、この世界を支配するのだ!」
両腕の掌に黒い炎が生み出される。先の悪夢でイルガが燃やされた、暗黒の炎だ。
時間稼ぎが効いているのだろう、あれを操れるほどには魔王の力を取り込んでいるのだ。
「全てを滅せよ! 『メギド・フレイム』!」
暗黒の火炎が放たれる。
「炎ならば任せろ!」
夢と同じく、イルガが躍り出た。一度触れれば、闇の炎に灼き尽くされる。
だが――不思議と、確信があった。
負けるわけがない、と。
「はぁッ!」
全身から火を吹き出し、イルガは炎の塊となる。それを両手で操り前方へ、巨大な火炎の球体を作り出した。
闇の炎が火炎の球体と衝突する。互いが互いを飲み込もうとうねり、絡まり、混ざり合う。
そして――勝ったのは、イルガの紅の炎。
「お返しだ。――『火竜炎舞』ッ!」
まるで孵化するかのに、火炎の球から炎の竜が生まれ出でる。イルガの指示に従い、火竜がバラン目掛けて飛翔する。
「ぬうううう!」
もう一撃、バランは闇の炎を撃つ。先ほどよりも強力だ。だが、火竜はその黒炎を丸呑みにし、さらに大きな炎の竜となってバランに巻き付いた。
「ぐおお……! こ、こんなもの……!」
締め付け、身を焦がす火竜を力のままに引きちぎる。
さすがにこれで終わるほど甘くはない。
だが、竜が巻き付いた焦げ跡がしっかりと残っている。
効き目があるということだ。
勝機が見えてきた。
「攻撃の手を休めるな! 一気に行くぞ!」
剣に魔力を注ぎ、俺は駆けだした。
払われる巨腕を屈んで避け、そのまま低姿勢でダッシュ、足下に潜り込んで魔力を解放。
「唸れ、疾風の刃!――『暴風滅斬』ッ!」
飛び上がり、斬り上げる。荒れ狂う風を纏い、切れ味の増した刃で皮膚を切り裂く。
だがこれで終わりではない。
跳躍の頂点、さらに魔力を注ぐ。
「漲れ、水竜! 『水天滅斬』ッ!」
水の牙を振り下ろし、さらに斬撃を刻み込む。二連の魔剣術にバランはさらに後退した。
「ぐぅうう……!」
苦悶の声を上げ、しかしバランは両腕に魔術を発生させた。魔力で作り上げた雷光と岩塊
を、足下に着地した俺目掛けて放とうとする。
しかし。
「クロ!」
背後から二本の矢が飛来する。水に濡れる矢が魔の雷を散らし、風を纏う矢が岩を砕き貫いて破壊する。
「ありがとう、マーティ!」
「どういたしまして!」
さらに複数の矢が次々とバランの身体に突き刺さっていく。
バランが作り上げた魔機の腕による魔術矢が、自分自身を苦しめる。
一つ一つは小さくとも、矢の筵となったバランはたまらず膝をついた。
チャンスだ。
俺はさらに魔力を解放。宝剣ジオフェンサーを火炎の魔剣へと作り替えた。
「奮い起て、灼熱の業火!」
剣を振るい、灼火がバランを囲んで炎の檻と化す。
「仇なす物をあまねく滅し、夢幻に散り行く灰塵と化せ!」
炎の斬撃を一つ。二つ。跳び上がり、脳天に――三発目を。
「『灼火緋皇剣』ッッ!!」
「ずああああああああっ……!」
魔剣術火炎の三連撃を叩き込まれ、バランの身体が火だるまとなって燃え立った。




