第百七十話 絶望
「貴様ぁぁぁッ!」
魔力を高める。指輪が煌めき出す。俺の怒りのすべてを魔力へと変換し、ジオフェンサーが受け取っていく。
「お前が、マーティの腕をぉぉぉッ!」
わかっていた。バランの仕業だということは予想できていた。
だが、バランは。なくした腕の代わりではなく。
無事だった腕を切り落として、マーティを実験材料にしていたのだ。
許せる訳がない。許してなるものか。――生かしておくものか。
高まった魔力を溜めた剣を、地面へと突き刺した。瞬間、俺の周囲に魔陣が広がっていく。
「開けッ、魔六門!」
かつてリハルトとの戦いで用いた魔剣術の奥義。全六種の魔術を同時に放つ極光の剣。――その、真の形だ。
「おおおおおおッ!」
あの時は生命力を使っていたからこそ、ただの一撃だった。だが、真なる極光は。
「灼光の業火!」
火炎の一太刀を。
「清浄の碧水!」
水流の剣を。
「風雅の疾風!」
切り裂く鎌鼬を。
「地母の土壌!」
剛健なる岩塊を。
「極北の氷華!」
冷たき凍刃を。
「紫電の雷光!」
轟く閃光を。
六魔術の剣をすべて打ち込んで、さらに高めた魔力を一つへと集約し、虹色に輝く光の剣を創造する。
「今一つとなりて、無辺の極光を生み出さん!――光、あれかし!」
跳ぶ。ローガが持つそれと同じほどの巨大な光剣を掲げ――振るう。
「『六天極光牙』ォッ!」
これこそが真の極光牙。天を貫く極光の柱が立ち上り、バランの身体をすべて飲み込んだ。
あらゆる属性の魔剣術を一挙に浴びせられた相手は、荒れ狂う魔力の奔流に巻き込まれてダメージを受ける。
防ぐ術はない。どんな魔物も、この魔剣術を受ければみな消滅していった。ちょっとやそっとタフなぐらいでは、炎水風土氷雷の極光、そのすべてを受け止めることは出来ない。
今の俺が放つことが出来る最大の奥義だ。
これで終わりだ。何もかも。
そのはずだ。
だのに。
――予感が、拭えない。
心の奥底にこびりついた悪臭。――バランへの恐怖が、取り払われない。
そしてそれは――現実となる。
「ククク……」
堪えたような笑い。極光の柱の中から。
「なるほど、かなりの威力だ。これをまともに喰らえば強靱な魔物とてひとたまりもなかろうの。……しかし」
極光を突き破り、五指が伸びる。もう一方も同様に。堅い扉をこじ開けるかのごとく――極光の柱が、砕かれた。
「我が輩には、効かぬ」
「……っ」
もはや、声も出なかった。
身体に気怠さが出てくるほどの魔力を込めた一撃だ。当てることさえ出来るのならば、先ほどのテンペストだろうと屠ることも出来る威力だ。
なのに――バランにはほとんど傷がなかった。極光の刃で斬りつけた部位がほんの少し、小さな爪でひっかいた程度のへこみが残るぐらいだ。
効果は、ない。
呆然と、バランを見上げた。それしか、できなかった。
「さて……今度は、こちらの番かの」
言うと、バランは両手に闇を出現させた。黒いガス状の物体が掌の上で球体を形作っていく。
「くっ……!」
俺は急いで後退した。どんな魔術を使ってくるかわからない。避けるか、防ぐか。
「クロ、下がれ!」
「ローガ!?」
ミリアルドに治療を受けたローガが前に出、大剣を構えた。代わりに受け止めようと言うのか。
バランが両掌の闇を胸の前で一つに混ぜ合わせた。さらに巨大な暗黒の球体となる。
「降りよ、闇黒の帳! 『ナイトメア』!」
両手を突き出す。闇球から暗黒の波動が放たれた。
「くっ……!」
衝撃。吹き飛ばされそうになるのを、剣を地面に突き刺して耐えた。木々がしなる。草葉が飛んでいく。ざわざわと森が泣いていた。
だが、それだけだった。俺自身にも、前に立つローガにも大したダメージはない。
やがて、衝撃さえも治まる。……痛みもない。
身体のどこにも、何の変化もない。
何をしたのだ。何をされた?……わからなかった。
「……んだよ、大したことねえじゃねえか」
腕を振り回して身体の無事を確認しながらローガが言う。冷や汗が流れているが、表情には余裕が生まれていた。
「拍子抜けですわね」
同じく何のダメージもないサトリナが言った。見回すと、他のみんなも傷一つ負ってない。
「びっくりさせやがって! さあ、反撃だぜ!」
ローガが大剣を構えて突進した。
バランは悠々と立っている。攻撃が効かなかったというのに、焦る様子は一つもない。
何かがおかしい。なんだ、この違和感は。
「だああああああ!」
「待て、ローガ!」
止めるが、遅かった。
ローガはイグラ族の脚力で大きく跳躍し、天空から大重量の大剣を振り下ろした。
「愚かな」
バランが小さく呟くのが聞こえた。
そして、無造作に腕を持ち上げて。
一瞬。
「――ッ……!」
鮮血の雨が降った。




