第百六十六話 バランの目的
二本の足、腕、胴体――そして、のっぺりとした丸い頭。人間を簡略化したような見た目だ。バランが作り出した魔物か? だが、こんな魔物見たことない。
「これ……!」
マーティが頭を抑えながら言う。まさか、知っているのか。
「マーティ?」
「あたし、知ってる……! これは、そう……魔機だ……!」
魔機。――つまりこれは、人型の機械だというのか。
「ご名答」
バランの声。同時に、魔機巨人が膝をついた。さらに、背中が突然がばりと跳ね上がり、中からバラン自身が立ち上がってくる。
この魔機の中にいたのか……!
「これぞ、我が切り札……! 名をば、魔神機!」
「魔神機……!」
バランは大口を開いて高笑いした。
こんな魔機を、バランはいつ作り上げたのか。――記憶の一片が繋がった。
――ドランガロのグワンバンか。
奴を手駒にしていたのはこのためだったのだ。そして恐らく、完成したから始末したのだ。情報が漏れ出すことのないように。
だが。
「笑うのはまだ早いぞ、バラン!」
俺は剣を巨人の上のバランに突きつけた。
「いくら強力な魔機だろうと、破壊してやるだけだ!」
こちらは六人もいるのだ。魔機ならば、壊せばいい。六人いればそれも不可能ではないはずだ。
みんながそれぞれに武器を構えた。いつでも戦り合える体勢が整った。
しかし――バランは未だ薄気味悪い笑いを止めない。
「バラン! 追われたとはいえあなたは元神官だったはずです! 神聖樹を破壊するなど許されません!」
ミリアルドが言った。だが、バランはにたり笑いをミリアルドへと向けた。
「神子殿。今我が輩は、教団の理念を超えた崇高な使命に基づいて行動しているのです。そのためならば、神聖樹の一本や二本、大したものではありますまい」
好き勝手なことを言う……!
俺は燻る怒りを力に変えて、魔力を剣に送る。
こうなれば先手必勝だ。まず一撃を叩き込んで、戦いを有利に運ぶ。
そう思い、剣を構えたその時――バランが巨人の上で、言った。
「やめておけ。万が一我が輩を倒したとしても、この世に平和など訪れぬのだからな」
「なに……!?」
バランが言う。
俺にはその言葉の意味が理解できなかった。
「何を言う! 貴様を滅ぼせば、この世界から魔物は消え去る! それこそが、己れたちが望む平和だ!」
イルガが反論する。
そう、そのはずだ。魔物なき世の中こそ、俺がクロードだったころから望んだ平和だ。
そしてそれでは困るからとミリアルドを邪魔したのがバランだったはずだ。
そのはずなのに、バランは一体何を言い出すのか。
「ええ、そうですわ。魔物さえいなくなれば、我ら人間は平和に、幸せに暮らせるのです!」
サトリナも言い、槍を構え直した。
だが、魔神機は大仰に肩を竦め、やれやれと首を振って見せた。
「魔物がいない世の中が平和だと?……青いな、やはり」
「青い?……どういう意味だ!」
ローガが訊く。
「若い故に物を知らんということだ。この際だ、教えてやろう。我が魔王の力を欲したその目的は――“平和”なのだよ。この世界のな」
「ふざけないで! いろんな人たちを苦しめて……! 何が平和だ!」
マーティが怒る。
その左腕に取り付けられた魔機こそがその証明だ。
無関係なマーティの身体を改造し、洗脳し……殺人鬼へと変えた張本人が、言うに事欠いて平和だと?……ふざけるのも大概にしろ。
マーティだけじゃない。バランの策略で傷ついた人間がどれだけいたと思っている。
そんな人々を生み出しておいて、何が平和な世界だ!
みんなの想いは一つだった。俺たちは各地で、バランのせいで苦しんだ人たちを見てきているのだ。
だが、俺たち全員分の怒りを偏に受けてもなお、バランは揺るがない。
「魔物がいなくなれば平和だと? 残念ながら真実はその逆だ。今の世の平和は、魔物によって作られたのだからな!」
「出任せを言うな!」
「出任せなどではない。……でしょう、神子殿。あなたならば、この言葉の意味もわかりますな?」
バランはミリアルドにその目を向けた。
俺も隣のミリアルドを見る。その顔は、まるで図星を突かれたように顰められている。
「ミリアルド……?」
「バランの言うことも……間違いではありません」
「何言ってんだよ、ミル坊! 魔物が平和を作るわけが――」
ローガの言葉に、ミリアルドは被せるように言い放つ。
「遠因にはなります。いえ――“なった”んです。かつて、この世の中で」
かつて、この世の中で魔物が平和に遠因になった、だと……? そんなこと、俺は――
「まさか……」
知らない、と思いかけて、ハッとした。
ミリアルドは、俺に一つ頷いて見せたあと、バランへと視線を直し、言った。
「“戦争”のことを言っているのでしょう、あなたは」




