第百六十二話 闇雲の空戦
豪雨はさらに強くなる。視界が不安定の中で、炎を巻き起こして戦うイルガを見つけた。
「イルガ!」
「どうした、クローム」
手に捕まえた魔物を直に燃やし、灰となりゆく死体を投げ捨てながらイルガが答えた。
「マーティがテンペストの位置を捉えた。奴を倒してこの雨を止める。力を貸してくれ」
イルガが空を見上げた。暗雲はどこを見ても一定で、変化は見受けられない。
「リウ族の聴覚か……」
驚嘆の視線をマーティへ向けて、イルガは呟いた。
「お願い、イルガちゃん」
「ちゃんを付けるな。……わかってる。お前の頼みならいくらでも聞くさ」
マーティの言葉に鋭く返すと、イルガはすぐさまその身を竜へと変えた。
竜の巨体は大量の雨を跳ね返し、暗い視界の中でその身体を浮き立たせる。
「乗れ!」
「ああ!」
すぐに背中に飛び乗った。羽ばたき、飛翔する。
「イルガちゃん、そのまま真っ直ぐ!」
「ちゃんはいらないと言っている!」
マーティの指示通り、真っ直ぐ暗雲へと突っ込んだ。雲の中はさらに暗く、目はまったく役に立たなかった。
ここではマーティの耳だけが頼りのようだ。
ならば、俺はその時が来るまでただ、魔力を高めるだけだ。
「左!」
マーティの指示に従ってイルガが雲海を走る。
「ちょい右だ!」
「ええい、ちょこまかと!」
追われているのに気付いたか、テンペストも雲の中を飛び回っているようだ。
急制動を繰り返し、俺もマーティも必死にイルガの背にしがみつく。
だがその甲斐あって、この闇雲の中、俺の目でもその姿が捉えられるまで接近できた。
「見つけたぞ……!」
イルガにも見えたのだろう、喉を鳴らしてイルガはさらに速度を速めた。みるみる内に距離が縮まっていく。
「やれ、クローム!」
イルガが吠えた。だが、
「まだだ!」
今放っても有効打にはならない。もっと接近しなくては。
「なんとか奴に追いついてくれ!」
「無茶を言ってくれる!」
言いつつも、イルガは翼を大きく羽ばたかせさらにスピードアップ。俺たちの身体にかかる風圧もさらに強くなった。
「うぐぐ……」
「大丈夫か、マーティ?」
「う、うん。大丈夫」
左腕の魔機の力のおかげで離れるということで離れるということはないだろうが、身体にかかる負担は変わらない。
俺の方もかなり辛くなってきている。あまり長い時間は乗っていられないだろう。
「肉薄するぞ!」
テンペストを眼下に捉える。併走するかのように、隣り合わせになった。
「この距離なら――」
右手の剣を強く握りしめる。魔力は充分、あとは打ち込むだけだ。
だが、テンペストの外皮は強力な甲殻。魔術の類なら通りやすいとはいえ、それでもいくらかは防がせる。
一撃で終わらせるには、その甲殻をものともしない一撃を放つしかないが――そんな威力の魔剣術は、今の俺には不可能だ。
だから――こうする!
「はあっ!」
俺は足腰に力を入れ、イルガの背を蹴ってテンペストへと飛び移った。
「ちょ、クロ!?」
「何を――」
マーティとイルガの驚愕する声が聞こえる。無理もない。
だが、これでなくては駄目なのだ。テンペストを倒すのにそう長い時間はかけられない。
これが一番、手っ取り早い。
「ぐっ……!」
上に乗られたからか、テンペストが身じろぎした。巨体が揺れ、不安定になる。甲殻を掴んでなんとか振り落とされないように耐えた。
しかし、おかげで見つけられたぞ……!
「いくら堅い殻に包まれているとはいえ、動くというのなら――」
仮に、肌が一切の隙間なく甲殻に覆われていたら、どうなるか。
簡単だ。それはすなわち、まったく動くことができないということを意味する。巨大な鉄の塊と同じ。容易には曲げられない。
だが、テンペストは違う。忌々しくも竜に似た体型をしていて、首や身体を動かしている。 だというのなら――
「――甲殻の隙間は、ある!」
その一点に、俺はジオフェンサーの切っ先を突き刺した。
抵抗は強く、しかししっかりと剣が沈んだ。
テンペストが咆哮する。泣き喚いているようにも聞こえた。
だが――本番は、これからだぞ!
「轟け、雷吼!――『轟雷斬波』ァァッ!」
切っ先から、轟く稲光を閃かせた。暗雲の内部が雷光に照らされる。
テンペストが痛ましく哭いた。絶叫のような咆哮。甲殻の隙間のいたるところが次々と裂け、血が噴き出す。
「まだ――まだぁッ!!」
魔素の注入を止めず、断続的に雷撃を放ち続ける。
テンペストが俺を振り落とそうともがき、暴れる。ついには暗雲の中からも抜け出して、雨雲の上、真っ青な空に見下ろされた。
雷電の奔流がテンペストの肉体を打ち破り、甲殻鱗が弾け飛んでいく。もはやお終いだ。
そして――テンペストの動きが、止まった。
疑似竜の身体が落下していく。身体中がボロボロと朽ちていき――消滅した。




