第百三十五話 不可解な事件
「とりあえず病院へ行きましょう。ちゃんとした治療をしてもらって、それから考えたほうがいいですよ」
ミリアルドの提案に乗って、俺はサトリナの肩を借りて立ち上がった。
一歩歩くだけでも全身が痛む。こんな状態でよく戦えていたものだと自分でも驚きだ。
「マティルノさんは……」
「俺が運ぶ」
言い、ローガが軽々と気を失うマーティの身体を持ち上げた。
「こうして見ると、普通の女の子なんだがなあ……」
ローガは先ほど、ファルケの状態のマーティを見ている。
今のマーティの寝姿からはあの時のような、薄ら寒さを感じる恐怖を感じることはない。
それに驚いているのだろう。
「病院の中で目覚めて、暴れるなんてことはないよな?」
「大丈夫です。あの拘束はどんな怪力でも破られませんから」
例えイグラ族であろうと、とミリアルドはローガを見ながら言う。ただの縄や綱ではない、神霊術の光の綱だ。
信頼性は高い。
「では、僕は砦にいる方たちにもう安全だと伝えて来ます」
「お願いしますわ」
ミリアルドは一人、町民が避難している砦へと向かっていく。
もはや街を襲うものはない。帰れるのならば、自分の家に帰ったほうが、人々も安心だろう。
避難民の誘導をミリアルドに任せて正解だった。ティムレリア教団の神官ならば、人々からの信頼も篤い。
「病院のベッドが空いていればいいのですけれど……」
身体中を襲う痛みに四苦八苦しながら、なんとか病院まで歩みを進めていく。
酷くゆっくりと進んでいたため、俺たちが病院に着くのと医者が砦から戻ってくるのがほとんど同時だった。
その後ろには、未だケガが治りきっていない人たちを背負った街の人達もいる。
「サトリナ殿下。そちらの方は……」
髭を蓄えた老医者がサトリナに尋ねる。
「このドランガロの救世主、といったところですわ」
「……そんな大層なことは…っづ……」
まともに話すことも出来ない。否定出来ないのをいいことに、サトリナは楽しげに人々に話し出す。
「グワンバンの策略にいち早く気付き、彼の暴虐無道な行為を止めるべく奮戦したのです。これはその名誉の負傷なのですわ」
「それはそれは。しかし、酷い傷だ。早く診た方がいい」
老医者はそう言うと、俺とサトリナを真っ先に院内へと案内した。
「私より、街の人達を……」
「俺たちなら大丈夫ですよ」
「さっきサトリナ様に治療してもらいましたから」
そう言って譲ってくれる人たちも、そのすべてが治っているわけではない。
痛いはずだ。苦しいはずだ。それでも、こんな俺を優先してくれる。
そんなみんなの優しさが……傷口に染みた。
「全治三ヶ月ですってね」
治療を終え、俺は病院のベッドに横たわっていた。
全身に隈なく包帯が巻かれた俺の姿を見ながら、サトリナが可笑しそうに笑う。
まあ……妥当なところだろう。特に左肩の骨折は相当な重傷だ。
「実際は治癒術がありますから。もう少し早く治るとは思いますけどね」
街の人々への指示が終わったミリアルドも病室へとやってきている。
あまり頼りすぎるのはよくないが、ケガの治癒を早める程度に毎日少しずつかけるというのなら、治癒術はかなり便利だ。
全治、完治となると長いが、動かせるようになるまでならば一週間とかからないだろう。
「マティルノさんも、早く目をさましてくれるといいんですが……」
隣のベッドで眠るマーティを見る。
マーティは、未だピクリとも動かない。静かに、死んだように……眠り続けている。
「……なあ、ミリアルド」
恐らく、この中では一番詳しいであろうミリアルドへと尋ねる。
「はい?」
「魔機の義手って……知ってるか?」
マーティの左腕に関しては、ミリアルド以外のみんながその正体を知っている。
マーティをベッドに寝かす際、鎧だと思っていたローガがあれを外そうとして、装着しているのではなく直に取り付けられているのだと気付いたのだ。
俺を含め、他の連中は誰も魔機に関する知識はほとんどない。サトリナがクリスを経由して多少はといった程度だが、それもあくまでほんの少しのこと。
飛空艇を作るためにグワンバンと取引をしていたミリアルドが、一番の知識持ちのはずだ。
「聞いたことはありますね。魔物や盗賊に襲われたり……そうでなくとも、日々の事故で腕を失った人のために開発されているとか」
「もう実用できるまで完成したのか?」
「いえ、旅立つ前のことですが、まだだと聞いてます。……どうして、そんな話を?」
「あの左腕が、どうやらその義手みたいなんだ」
マーティの方を見て言うと、ミリアルドは小さく、えっと声を上げた。
「まさか、そんな……」
「マジだぜ。こう……肩の付け根のところで繋げてあるみたいだった」
ローガが言うと、ミリアルドは顎に手を当てて何かを考え始めた。
思い出すように、眉間にしわ寄せながら話す。
「……それに近い、試作品のようなものは見たことがあるんです。ただ、義手ではなく鎧にように纏う、補助器具なんですが」
腕を失うとまでは行かずとも、ケガや病気で力が弱くなった人のため、それを補う魔機があった、とミリアルドは続ける。
「それを改良したものかとは思っていたんですが……まさか、義手だなんて……」
「義手、ということは……彼女の本当の左腕は、失われているということだな」
イルガが言う。
そう……どういう理由かは知らないが、マーティの元の左腕は失われ、その代わりにあの魔機の義手が装着されている。
バランは……どうしてそんなことを。
「マティルノさんのことですが……そもそも、今回起きたこの事件自体、いろいろと不可解なんです」
「バランが俺たちを始末しようとしたってだけだろ?」
ローガの安易な考えに、ミリアルドはいいえと首を振る。
俺自身、怪しいと思うことはいくつかあるが、それをうまく思考には繋げられない。
ミリアルドの言葉の続きを待った。




