第百二十五話 魔機(マキナ)戦車
翌朝、結局クリスときちんとした話もせずにセントジオガルズを飛び出した。
俺とミリアルド用のコートはサトリナが用意してくれていたため、とりあえずの防寒は出来ている状態だ。だが、王家が使用するものだからか、赤字に金毛と妙に豪華なのが気になってしょうがない。
セントジオガルズから見てドランガロは南東方向。東端の海に近いが、面してはいないところにある。
毛皮越しの寒さに耐えながら再び数時間後、昼頃に俺たちはドランガロへと辿り着いた。
「見えてきましたわ」
サトリナが言う。確かに、目の前に“それ”は見えてきた。
だが、俺の目にはそれが“街”には見えなかった。
「あれが、ドランガロ……?」
今急接近しつつあるドランガロ――それは、“壁”だった。
戦場で拠点となる砦を、さらに数倍にも大きくしたような見た目は圧倒的で、まるで自分たちがこれから街を襲う魔物なのではと錯覚させた。
それほどまでに、街は接近者を拒むような様相だ。
「ドランガロはセントジオ――いえ、世界でも最大の工業都市ですから。あの外壁も、領主であるグワンバン・リガロの施策の一つです」
飛空艇の製作を依頼したところだからだろう、ミリアルドは詳しげに言う。
「街を壁で覆うことがか? あんなの邪魔なだけだろ」
「ですが、あの壁が出来上がってから数年間、ドランガロには魔物の被害はありません」
もっともらしく聞こえるローガの発言に、ミリアルドは鋭く返す。
最近の魔物騒ぎにおいても、ドランガロでは一切の魔物による被害はない。それもあの壁――そして、ドランガロで行われているもう一つのある政策によるものだとミリアルドは語る。
「壁以外にも、何を作っているんだ?」
聞きつつも、俺の頭のなかに、その予想はすでにあった。
ある意味では、その存在は魔物以上の脅威となりうる――その存在を。
「魔機を用いた、兵器です」
やはりそうか。
魔物の被害を抑えるというのに、壁を作るだけでは不十分だと思っていた。では、他に何が必要か。
それは、魔物を蹴散らすような武器や兵器。人間の反撃のための魔機だ。
「兵器って……なんだよ、それ」
「魔機砲や魔機戦車などが主ですね。後は、僕も詳しくは知りません」
「……とにかく、街に入ってみればわかりますわ。嫌というほど」
狼狽するローガに、ミリアルドとサトリナが続けて言う。
魔機は人間の暮らしを便利にしてくれる道具――そんな認識が普通だ。
今まで出会ってきたものもすべてそうだった。飛空艇や列車は、人間の暮らしを豊かにするために使われているはずだ。
だが、ああいったものが作れるならば、それを武器にすることだって考えられない道理はない。
それが魔物に向けられているだけならばいいが……。
「話は終わりだ、降りるぞ」
イルガが俺たちの下で言う。もはやドランガロは目前だ。
「ああ、頼む」
言うと、イルガはゆっくりと高度と速度を下ろし、雪の大地へと着地した。
降りて、元の人間態へと戻るのを待ってからみんなでドランガロの外壁に埋め込まれた巨大な門へと歩み寄った。
門の前には兵士が二人立っていた。次元の門と同じく、警護のためのものだろう。
「ティムレリア教団のミリアルド・イム・ティムレリアです。領主グワンバン殿へお会いしに来ました」
言うと、兵士たちはあっさりと俺たちを通してくれた。
有名というだけでなく、ミリアルドはここを訪れたことがある。顔を覚えていたのかもしれない。
外壁は思う以上に厚く、ちょっとやそっとの攻撃ではまったくもって貫けそうにない。これはかなりの堅牢さを誇るだろう。
壁の内側へ入ると、基本的な見た目は他の街との大した違いはないとわかった。
セントジオガルズとの違いは王城の有無と言っても差し支えはないというほどの発展具合。だが、あるものだけは歪に、異質にそびえ立つ。
「あれが、魔機砲か」
街の中央に伸びる灯台のような塔。その先端には空中を見据えて大きく口を開ける、大砲の砲身があった。
ここからは見上げることしか出来ないが、その大きさは通常の砲台の比ではない。
その威力は、想像するだけでも恐ろしい。
「グワンバンの屋敷はこちらです」
ミリアルドが先導し、ドランガロの街を歩む。
毎日見れば慣れてしまうものなのだろう、ここで暮らす人々は、魔機砲のことなど一切気にかけてはいない。
きっと彼らにとってあれは、ちょっと大きな建造物という認識でしかないのだろう。
「……なんか、聞こえないか?」
上ってきた田舎者のように、砲台を見上げながら歩く俺にローガが言う。
耳を澄ますと、確かにどこからから銅鑼を叩くような音がする。何かの爆発音にも聞こえた。
「魔機戦車の演習を行っているのですわ」
疑問にはサトリナが答えてくれた。
「このドランガロを守る主戦力である魔機戦車の訓練を、グワンバンは毎日行っているようですから」
不満げに言いながらサトリナが向けた視線の先、そこには、砲台を除けばこの街で一番大きな建物――恐らくは、領主グワンバンの屋敷があった。
その隣には柵に囲まれた大きな庭のような場所があり、そこに、魔機戦車と呼ばれる兵器が、向かい合って鎮座していた。
「あれが……」
人が纏う鎧を一纏めにし、そこに車輪を四つつけたような風貌。前方には丸筒――恐らくは大砲が一つ備えられていた。
それが、見えるだけでも五機。恐らくもっと数があるだろう。
「あれに人が乗り込んで操作し、魔物を砲で撃つ。魔機戦車とはそういうものなのです。……わたくしは、あんな品位のかけらもないようなもの、大嫌いですが」
さっきから妙にサトリナが苛ついていたのは、あの戦車が気に食わなかったからのようだ。
確かに、あの戦車から美しさを感じることはない。だが――俺は、その存在自体は嫌いにはなれなかった。
「仮にあれが普及すれば……きっと、勇者なんて存在はいらないんだろうな」
「何を言っているんですのクロームさん! あんな下品な存在、普及なんてこのわたくしがさせませんわよ!」
怒鳴るようにサトリナが言う。
その忌避する理由もわからないではない。もしもあれが世界中に巡ったとして……もしもその時、愚かにも人間がその砲台を、魔物ではなく人間同士で向けあった時……。
世界は、今以上の混沌に包まれるだろう。
だが、その可能性を考えなければ。あの兵器を、皆が等しく平和のために使うと誓ってくれたとしたら。
「操作さえ覚えれば、力のない人間でも魔物を倒せるようになる……そう考えれば、あれだって有用なものに思えるだろ?」
「いいえ。魔物は魔王を倒せばいなくなるのです。ですから、そんな考え方は無用ですのよ!」
「……なるほど、一理あるな」
それもその通りだ。
そう思いつつ、俺たちは屋敷へと入っていく。
門をくぐり、屋敷の扉の前で、ミリアルドは呼び出し用の鐘をがらがらと鳴らそうと手を伸ばした。
だが。




