第百二十一話 師との再会
数時間が経ち、俺たちは王都ソルガリアへと辿り着く。
王都ソルガリアは、このソルガリア大陸一の都市だ。セントジオガルズと並ぶ大都市で 人口もかなり多い。
城壁によって真四角に切り取られた街並みは、白い石材で統一されているため非常に美しい。ただ歩くだけでも美術品の中に取り込まれたような気分になる。
ミリアルドがティムレリア教団からの使者として向かった王城も、同じように真っ白な外壁が目立つ。
この白壁の街を見るためだけに海を渡る人間もいるという話だ。
だが、今の俺にはそんな余裕はない。
次元の門を使う許可を得てミリアルドが戻ってくるまでの十数分、焦りがちな自分を抑えるので精一杯だった。
「王都ソルガリアに来るのは初めてですが、大変美しい街並みですわね」
城門の前でミリアルドの帰りを待ちながら、サトリナは街々を眺めながら言う。他国の王城に来る機会が今までなかったようだ。
「お兄様からお話は聞いていたのですが、想像以上ですわ」
「なんでも五十年以上前から、この風景を残しているんだとさ」
どこで買ってきたか、肉を挟んだ焼きパンを手にしてローガが言う。
建築物は当然、年を経るごとに老朽化していく。そうなれば建て直すか修繕作業が必要だが、王都ソルガリアはそれらの費用をすべて都市の方で負担するようにしている。
そうしないと街の白壁が乱れ、景観を損なう恐れがあるからだ。
街そのものが王都ソルガリアの価値であり、観光資源であるからこその措置だ。
五十年どころか百年、二百年後にもこの風景を残すと国王は息巻いているらしい。
「ん……?」
ふと目を向けたその先。
街を歩く人々の群れの中に……見慣れた人間を見つけて俺は、目を見開いた。
「……先生?」
俺の剣の師匠、トラグニス先生だ。
歩く人数は多いが、空気を多分に含んでふくらんだ茶の髪型は非常に目立つ。
先生はこのソルガリア王城に向かって歩いてくる。当然その視線はこちらにも向けられて――
「おや?」
俺に気付く。
意外そうな顔をして、その後どこか嬉しそうな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「お久しぶりです、クロームさん」
「……はい、先生」
だが、俺の方は……この再会を素直には喜べなかった。
理由は単純、会わす顔がないと思っているからだ。
俺はソルガリアの騎士となるために故郷を出た。だがその結果、俺はバランの策略とは言え犯罪者として指名手配。
魔王退治という大きな目的は変わっていないが、トラグニス先生にそれを知る由はない。
「先生、私は……」
何を話せばいいのかわからない。
こんな不甲斐ない俺を、先生はどう思っているのだろう。
俺の目の前に立つトラグニス先生は、目を背ける俺の頭を――その大きな手のひらでぽんと叩いた。
「頑張っているようですね、クロームさん」
「え……?」
トラグニス先生は懐かしさを感じる柔和な笑みを浮かべ、話し始める。
「ティムレリア教団に協力しているとの話を聞きました。騎士になるために村を出たはずなのに、どうしてそんなことになっているかはわかりませんが……とにかく、あなたなりに活躍しているようですね」
当然だが、先生は俺がロシュアから王都ソルガリアに向かって旅立ったところまでしか知らない。
その後、ミリアルドと出会い、バランに捕まってセントジオに渡ったことなど、知ることもできなかった。
だが、一つだけ先生が、俺に関して知ることが出来たことがある。
「先生は……私の手配書が回っていたことを、知っていましたか?」
「ええ。教団の神聖騎士たちがさんざんばら撒いていきましたから」
やはり、か。先生だけじゃない、町のみんなも……父さんや母さんもみんな、あの手配書を見ているのだ。
「でも、あんなもの誰も信じていませんでしたよ。何かの間違いだ、ってね」
「え?」
「だってそうでしょう? あなたみたいな人が、手配書に書かれるような罪を犯すわけがありませんから」
「……そう、なんですか」
……町のみんなは、俺のことを信じてくれていたのだ。
手配書を嘘だと、間違いだと思っていてくれていた。……それが、嬉しかった。
だというのに、俺は……。
「この間、神聖騎士が手配書を回収しに来て、真相を話してくれました。神官バランが、共に手配されていた神官ミリアルドを陥れようとしていた、と。あなたはそれに巻き込まれただけだとね。さらに今はそのまま教団の復興に協力していると。いやいや、安心しましたよ」
「すいません、先生。そんなことがあったのに、町に戻ろうともせずに……」
「いいんですよ。いろいろあったのでしょう?……どうやら、お友達もたくさんいるようですし」
先生は近くにいる俺の仲間たちをぐるりと見渡した。
目が合ったローガやサトリナ、イルガが先生にそれぞれ会釈をする。
だが、その後もう一度周囲を見渡してから先生は、眉をひそめて怪訝な表情になった。
きっと、気付いたんだ。
“彼女”がいないことに。
「クロームさん……マティルノさんは、いらっしゃらないんですか?」
「……っ」
やっぱりそうだ。……普通にしていればわかることだ。
俺はマーティといっしょに旅立ったのだ。俺たちは常にいっしょに行動してきた。そのマーティがいないことなど、すぐに気付く。
「マーティは……」
告げるべきか、悩んだ。
マーティは今、バランの操られていると。――いや、もしかしたら、あれは幻影でしかなく、本物のマーティは死んでいるのかもしれないと。
……だが、隠し通せる問題ではないだろう。今マーティがいっしょにいない理由が……思いつかなかった。
「クロームさん?」
「あいつは――」
すべて話そう。そう思い、口を開いた――その時。




