第百七話 命を燃やせ
「さあ、そろそろ続きと行くか」
「ああ。……来いよ、権力の犬」
強がりの挑発をし返して、俺は剣を構えて地を蹴った。
俺とリハルトの剣術は似ている。
一撃の重さではなく、連撃での攻め。
動きは読めるが、似ているからこそ実力差も如実に現れる。
「はっ!」
正面から一閃、と見せかけてサイドにステップ。回り込みつつ斬りつける。
が、反応され、背に回した剣で防がれる。
しかし背後には回った。魔力を注ぎ、魔剣術を放つ。
「『氷雪斬り』!」
凍てつく氷の刃。触れれば凍傷では済まない。
リハルトは前方へ跳び回避しつつ反転、向かい合う。
だが魔剣術の効力はまだ残っている。
「『氷雪石火』!」
纏ったままの冷気をそのまま斬撃として放つ。
「無駄だと言っている!」
無下もなく切り払われるが、それは予測済みだ。
「『電光石火』!」
さらに続けて雷刃。間髪入れずに二刃目、三刃目。
当然、魔力は一刀に伏せられる。だが、言い換えればそれは、リハルトも魔剣術を防ぐに手一杯だということだ。
切り払われた電撃が奴の視界を一瞬塞ぐ。
それこそが……勝機!
「唸れ!『雷光烈衝』!」
中級威力の魔剣術を放つ。
スラッシュよりも一段強い雷光は、俺の身体を一瞬完全に覆い尽くす。
「強い魔術だろうと!」
そう、シュバルツヴァイスの魔伏せの力は、魔術の強弱など関係ない。
だが……これで終わりというわけではない!
放った雷撃に隠れ、追う。
リハルトの一瞬の隙。それは、俺の魔剣術を払った瞬間だ。
そこを狙い――さらなる一撃を、穿つ!
「唸れ!『雷光烈斬』」
前弾のクラッシュが切り払われる。が、その時には既に、俺は必殺圏内だ。
「はぁぁっ!」
「なにぃっ」
剣は振り切られ、リハルトに防ぐ術はない。
袈裟斬りに放った技がリハルトの肩口に直撃する。
刃が鎧に食い込んで止まる。だが同時、稲妻がリハルトの身体を駆け巡る。
まさに雷に打たれた衝撃で、並の人間ならばこれで――
「馬鹿めが……っ」
――意識を失う、ことはなく。
すでに返されていた刃が、俺の身体を素通りした。
「……づっ……!」
身体の内側を通る冷たい感触。白黒の刃が、俺の脇腹を貫いていた。
痛みというよりは熱。
火に炙られているかのような熱痛が、脳内を支配する。
鮮血が溢れ出る。全身の力が抜けていく。
「な、ぜ……!」
確かに、全身を雷撃に襲われたはずだ。
だのになぜ、リハルトは平気な顔で立っている……!?
「俺の鎧は特別製でね。喰らった魔力を分散させる効力がある」
「魔力を……? ぐぁっ」
胸を蹴られ、剣が引き抜かれる。
激熱、激痛。支えを失って、俺は正面から崩折れた。
脇腹を剣で貫かれた。
いくら傷を抑えても、血が止まる気配はない。
この体になって初めて――死を実感した。
俺は治癒術は使えない。使えるミリアルドは動けない。
どうする……!
「俺の勝ちだな、小童」
まだだ、と立ち上がることが出来たら、どれほどいいことか。
まだ俺は負けてはいない。まだ戦える。
そんな意志とは裏腹に、俺はもはや意識を失わぬように必死に抵抗することで精一杯だ。
倒れれば、死だ。
「剣と魔は相克の関係にある。戦いにおいて、近付けば剣、離れれば魔が克つだろう。だから俺は、この鎧に魔を防ぐ術を用意している。……常に、克つために、だ」
まぶたが勝手に閉じようとする。身体が鉛にすげ替えられたかのように重くなる。
ダメだ、俺はまだ、こんなところで終わる訳にはいかない。
「剣でありながら魔対策に防がれ、魔でありながら近付かねば威力は出ない。だから、魔剣術は半端だというのだ、痴れ者が」
勝ち誇り、愚弄する。
俺が通算で数十年と信じてきた技を、リハルトは貶める。
違う、そうではない。
剣術であり、魔術である魔剣術は、そんな理屈で答えられるほど単純ではない。
それを証明できるのは……俺だけだ。
脱出できぬ聴衆がこの戦いを見ている。ここで負ければ、魔剣術は役立たずの烙印を押されてしまう。
そんなことではダメだ。
俺が造り、世界に広めたこの技を……トラグニス先生が誇ってくれるこの魔剣術を、落伍させてはならない。
そのためならば、俺は。
「リハルト・レキシオン……」
「なんだ、命乞いならば聞かんぞ」
命乞いなどするものか。
命乞いは負けた人間がすることだ。俺は負けていない。まだ、魔剣術は負けていない。
だから、俺は。
命を……燃やす。
「あまり……人を舐めないほうがいいぞ……!」
耐えろ、俺。
ここが正念場だ。




