第十話 黒白の剣 そして旅立ち
町の北口に向かうと、すでにマーティの姿があった。
こういう時に早起きできるんだから、普段からそうすればいいと思うんだが……。
そんなことを考えながら歩くと、そこに一人の人間が近付いてくるのが見えた。
あれは……。
「先生……?」
トラグニス先生が、マーティに声をかけている。偶然か?
気になって近付くと、マーティが俺を見つけて手を振ってきた。当然それに先生も気がついて、俺に向かって小さく頭を下げた。
「どうしたんですか先生」
「生徒たちの出立ですから、お見送りに来たんですよ」
「生徒たちだなんてそんな……。私、授業中ほとんど寝てたのに」
「ふふ、そうでしたね。でも、生徒であることに変わりはありませんから」
マーティと先生が談笑する。
だがその間俺はずっと、先生が左手に持っていたものに気を取られていた。
それは、剣だった。
革の鞘に包まれ、彫り込みの細やかな、豪華な柄が露出している。
見たことのない剣だ。
「先生、それは?」
「私からの餞別です。いい旅路になりますように、とね」
そう言って、先生は俺に剣を差し出した。
「えっ……。くれるんですか?」
「ええ。その剣、昨日折れたままでしょう? それは私が預かっておきますから」
確かに、修理する時間もなかったし、何より昨日は剣のことを失念していた。だからノーテリアで買おうと思っていたのだが……。
「いいんですか? なんだか、すごそうな剣ですけど」
「ええ、それはもう名剣ですよ。どうぞ、抜いてみてください」
包み隠さずに言う先生に若干驚きながらも、言われた通り受け取った剣を鞘から引き抜いた。
「これは……!?」
剣は……不思議な形状をしていた。
剣を立てて横から見て、左右が白と黒に分かれている。いや、白というか、剣そのものの色……鉄色とでも言おうか。
とにかく半分が黒く染まり、さらに剣先は、黒のほうが若干短くなっている。ぱっと見た感じは片刃の剣にも見えるが、黒の方にもきちんと刃付けはなされているようだ。
「元王国軍の騎士団長だった私の父が、ソルガリア国王様から賜った剣です。銘は『シュバルツヴァイス』。見た目も独特ですが、剣自体も少々特殊なんですよ」
「特殊……?」
「ええ。黒い方の刃は、魔を斬る刃。端的に言うと、魔術を斬ることが出来ます」
「魔術を、斬る?」
聞いたことのない表現だ。
勇者時代、魔術を使う魔物と対峙した時は、こちらも魔術か魔剣術を使って対抗するしかなかった。
しかしこれは、恐らく魔術を使わずともそれが出来る代物だということだろう。
そんな剣が、存在するのか。
「王都ソルガリアからロシュアに来る際に、父から贈られたのですが……まあ、言ってしまえば腐らせていたので。だったらクロームさんに渡したほうがいいのではないかと思いましてね」
「いいんですか、本当に?」
「いいんです。ほら、もう出発でしょう? 遠慮せずにどうぞ。それに……それほどの剣なら、きっとあなたの魔剣術にも耐えられますから」
俺の以前の剣は、先生とかち合ったせいで限界を超えてしまった。
いずれ、魔術の能力をさらに鍛えた時、あの時のような威力を一人で出せるようになるかもしれない。
その時のために、いい剣を持つのは悪いことではないだろう。
「わかりました。……ありがたく、頂きます」
「はい。それでは、健闘を祈りますよ。クロームさん、マティルノさん」
一礼して、先生は町中に去っていく。
本当に、先生にはお世話になった。
「いいなぁ、クロ。私もいい武器欲しい~」
「『弓は使い慣れたものが一番』っていつも言ってるだろ、お前」
「えへへ、まあね」
先生から受け取った新しい剣を腰に吊るし、俺たちは町を出た。
これから始まるんだ。俺の……俺たちの、旅が。
町を守るため、騎士を目指す旅が。
人知れず、魔王の復活を阻止するための旅が。
「うーん……眠いなあ……」
「…………」
……気の抜けるような、仲間とともに。




