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須磨とオレンジ色のバラ・前編

 このお話はモデルはあります。ですが、このお話に出てくる人名・地名・組織名などは全てフィクションとさせていただきます。

 ご了承下さいませ。

 これは、これからある日を迎える2人の姉妹と、それを先に迎えた1人の女性の話である。



○海洋観測艦“AGS-5103 すま” 艦長室


 自衛艦旗返納の直後、2佐の艦長が1人でたたずんでいる。


 「今日で最後・・・か・・・」


 机の上のオレンジ色のバラ1輪を見やる


 「世話になったよ、“すま”・・・って答えてくれるわけないよな。でも聞いていたら、覚えていてくれ、このバラの花言葉はな・・・」


 そして誰もいなくなり、内装も取り払われた艦長室に残された一輪のバラ。

 誰も触っていないはずなのだが、まるで誰かが、愛でているように動いている。



○横須賀市 海上自衛隊自衛艦隊司令部 向かい側桟橋


 日没時刻に行われた自衛艦旗降下も終わり、薄暗く、人の気配が少なくなった自衛艦隊司令部。

 その正面向かい側で係留されている、2隻のグレーの艦艇。右側は301、桟橋挟んで左側に302と、塗装されている。

 掃海艦“MSO-301 やえやま”と“MSO-302 つしま”である。


 ご存じない方の為に説明をさせていただくと、掃海艦とは海に浮かんでいたり、海中に敷設されてしまった機雷を除去する目的で、横須賀の第51掃海隊に配備されていた。

 機雷とは、“海の地雷”でもあり、艦艇用の爆弾である。

 そしてこの“やえやま型”は全長約67m、全幅約12m、現存する木造艦艇では世界で一番大きな艦艇であった。

 これは、磁気式機雷に反応させないよう、磁石がつかない素材で出来ており、艦体を木で、エンジンも非磁性のエンジンとしていた。

 お気づきになった方もいると思うが、この説明が過去形で書かれている理由であるが、平成28年6月末で自衛艦としての登録が抹消、つまり退役を迎えたからである。


 そのやえやまと、つしまの間にある桟橋の先端に、2人の人物が腰掛けている。

 紺色の作業服を着ている所から、士官であることが分かる。

 2人は姉の“やえやま”の艦魂である八重山海将と、妹の“つしま”の艦魂である対馬海将補である。


「終わっちゃったね、自衛艦旗と国旗の降下。」


 「あ~あ、終わっちゃった・・・。明日から、どうしようか?」


 2人は両足をぶらぶらさせながら、沖合の方を見ている。


 「明日はゆっくりするとして、それ以降はなぁんにも考えてないや!・・・そういえば、姉ちゃん、“彼女”ってもう来るんだったよね?」


 「そうだね。確か名前は淡路で、3等海尉だって聞いたよ。私達の代わりだから、もう来ちゃうんだよね・・・。それにしても、“姉ちゃん”って呼ばれるの、ほんとに久しぶりだなぁ。もっと呼んで?」


 暗い雰囲気になるのが嫌だったのか、右側の姉は無理矢理に話題を変える。


 「え~?どうしよっかなぁ?」


 「あ~!意地悪されたぁ!え~ん!」


 「姉ちゃん、子供じゃないんだからさぁ。」


 「わーい!呼んでくれた!」


 「あっ!・・・もう、知らない!」


 左側の妹が頬を膨らませてそっぽを向くと、姉が慌ててご機嫌をとろうとなだめ始める。

 そんな雑談をしている2人の士官の後方に、同じ士官の作業服の女性が歩いてくる。が、彼女達と違い、名札、階級章、艦艇徽章、防衛記念章などは一切ついていない。


 「いつも見てる光景だけど、あなた達、本当に仲がいいわね?」


 「「須磨海将!?」」


 「階級つけなくて良いわよ。“元”海将になってだいぶ経つんだから。それに2人とも、もうすぐ自衛艦旗の返納でしょう?ゆっくり出来るの?」


 彼女達のいる桟橋から少し沖の方に、番号の書かれていない、正確に言うとグレーの塗料で塗り潰された自衛艦が1隻、浮かんでいる。

 緊急出航の為に必要な人員どころか、人1人乗っておらず、よく見ると、主な艤装は取り外されている。


 元海洋観測艦“旧AGS-5103 すま”


挿絵(By みてみん)


 それが、2015(平成27)年6月26日までの彼女の役職であった

 横須賀の海洋業務群の直轄艦として、転属などはさむことなく、一貫して勤め上げた。

 “すま”は海底地形、地磁気、潮流などの艦艇や潜水艦などにとって重要な、海洋環境の情報収集を任務として行っていた。

 そして現在の彼女の姿が意味するところは、スクラップになるか標的艦になるか、どちらかの運命が待っている状態なのである。


 「式典中は奥に引っ込んで、お茶でも優雅に飲みながら過ごしますよ。」


 「姉ちゃん、私もつきあうから。なに準備しようか?」


 お互いに向き合い、自衛艦旗返納の時を楽しそうに話し合う、やえやま型姉妹。

 それを見ている須磨は、クスッと笑うと腰に手を当て、2人に向かって話かける。


 「ねえ、今までお世話になった自衛官さん達に、お礼の一言でも言ってこないの?」


 「「えっ?」」


 「もしかして、自衛官さん達と話が出来るの・・・知らなかったかな?」


 八重山と対馬は、キョトンとした顔をしながらお互いの方をみる。


 「い、いやだなぁ須磨海将、私達を担ごうったってそうはいきませんよ!姉ちゃんもそう思うでしょ!?」


 「そ、そうですよ!対馬の言うとおりですよ!またまた、ご冗談が上手いんですから!」


 今まで、2人は見られたことがなく、話しかけられた経験もない。

 上陸時も舷門を通らず、直接お互いに行き来したり、桟橋に出たりしていた。


 「私もそう思ってて半信半疑だったんだよ。でもさっき試したら、挨拶してくれたわよ?”やえやま”と”つしま”の舷門当直の人達。」


 まるで狐に化かされたような表情で、須磨を呆然と見る2人。


 「その様子じゃ、なんにも聞いてないんだね?昨日、私の様子を見に来てくれた曳船さんが教えてくれたんだけど、一昨日護衛艦隊や潜水艦隊の皆が自衛官さん達に見られるようになったって。それに、私達海自だけじゃなくて、陸自さんに空自さん、海保さんや警察さん、消防さんとかにも私達みたいのが現れたって、日本中が大騒ぎになっていたらしいわよ?」


 須磨の話に目を丸くして放心し、ただ聞いているだけの状態の八重山と対馬。


 「・・・本当・・・ですか?それ?・・・いえ!否定するわけでは無いんです!」


 「それ、私達もなんですか!?」


 八重山がようやく我を取り戻し、それに続き対馬も慌てるように体を須磨に向ける。

 須磨は「まぁまぁ、落ち着こうよ。」と言いながら、軽く上下に手を振る。

 八重山と対馬の間に割り込んで座ると、軽く俯いてから、上を向く。


 「あなた達・・・羨ましいわね・・・本当に・・・」


 2人の耳に届くか届かないかの小さい声。

 波などの音にかき消されることなく、八重山と対馬の耳に届く。


 「私もさ、後もうちょっと遅く生まれていたら、って思っちゃったよ。」


 「須磨海将・・・」


 「対馬?“元”、だって言ったじゃん!?さっき言ったのにもう忘れたのかぁ!?このぉ!こうしてやるぅ!」


 明るく笑いながら、対馬の頭をクシャクシャと撫で回す。

 対馬は苦笑はするものの、嫌そうにはしていない。八重山もそれを見てうれしそうに笑う。

 満足したのか、撫でるのを止めた須磨は、急に真面目な顔になる。

 雰囲気の変化に戸惑う八重山と対馬。


 「私が退役する時、艦長や乗員の皆に、一言もお礼の言葉が・・・ごめんね、ちょっと羨ましすぎちゃって・・・さ。」


 須磨の目に、微かに光るものが浮かんで見える。


 「あなた達は・・・恵まれていると思った方がいいわ。私みたいに、言いたかった事が言えなかった・・・、伝えたかった事が伝えられなかった・・・て、後悔してほしくないの・・・。」


 突然、須磨は八重山と対馬の肩を抱き寄せ、大声を出す。


 「八重山海将!対馬海将補!」


 「「はい!」」


 突然、現職時の雰囲気に戻った須磨に戸惑いながらも、かつてのように直属ではなかったが部下として、返事をする八重山と対馬。


 「元海将からの命令・・・いや、お願いだ!2人共、自衛艦として最後の時間を、絶対に後悔しないように過ごしてほしい!!以上だ!!」


 「「了解しました!!」」


 「了解したのなら、今すぐ会ってこい!時間が無いぞ!」


 「「須磨海将!失礼します!」」


 2人は立ち上がりながら作業帽を被ると、その場で須磨に挙手の敬礼し、走ってそれぞれの艦に戻っていく。


 「全く、“元海将”だって言ってるのに・・・。聞かないんだから・・・。」


 1人取り残された須磨。ゆっくり立ち上がると、日が落ちて暗くなった空を見上げる。


 「いいなぁ・・・」


 須磨の呟きが誰かの耳に届くことはなかった。


○掃海艦やえやま 士官室


 「もうすぐですね、艦長。」


 副長兼掃海長の言葉に、軽くうなずくと、ため息をつく”やえやま”艦長の奥田。


 「仕方ないとはいえ、こうなるとやはり寂しいな。自分達の家が無くなるのと同じだからな。」


 背中を背もたれに預け、寂しさの中にも諦めのような表情を浮かべる艦長。


 「そう言えば、他の艦艇で今話題の・・・“艦魂”でしたか?結局私達の所には、いなかったようです。残念ですよ。はははっ!」


 船務長は軽く笑ってそう言うと、コーヒーを少し飲み、テーブルに戻す。


 「他で“艦魂”が現れて少し経つが、ここでは誰も見ていない。居たとしても、もう出て来てはくれないのでしょうか?」


 副長が飲み終わったコーヒーをテーブルに置きながら、疑問とも、諦めともつかないような呟きを放つ。


 「“やえやま”は恥ずかしがり屋なんでしょう、きっと。」


 船務長が、そうに言って笑おうとした瞬間である。


 ホーーーヒィーーー、ホーーー


 突然、外からサイドパイプの()が聞こえる。それもスピーカーから放送する前に吹鳴される、注意を促す音色ではない。

 この時間には出航前の艦長乗艦でもない限り、恐らく鳴らされる事のないであろう音色である。


 「どなたが見えたんだ!?」


 「分かりません!今日の予定では、もうどなたもお見えにならないはずです!」


 直後、向かい側“つしま”の方からも同じ音が聞こえる。

 このサイドパイプの音色は、首相・幕僚長・隊司令・艦長など、が乗艦や離艦する事を意味し、通常の吹鳴の訓練でも、絶対に吹いてはいけないと言われている。

 つまりこの音色が鳴らされる時は、それだけ重い意味を持っており、軽々に鳴らしてはいけないということである。

 すると、士官室の木製の扉がノックされ、開けられる。


 「おくつろぎ中失礼します!斉藤海士長です!報告に参りました!」


 急いできたのか、少し呼吸が荒くなっている海士長は作業帽を左手に持ち、部屋に入り10度の敬礼をすると、報告を始める。


 「艦長、報告します!只今、“やえやま”艦魂、八重山海将が乗艦・・・もとい、お戻りになられました!」


 「八重山海将だって!?」


 「艦長、さっき話していた事が、聞こえたのでしょうか?」


 その海士長の報告に、船務長は驚き、副長は疑問を口にする。

 その間に「失礼しました!」と海士長はもう一度10度の敬礼をし、艦長の答礼を受けてから扉を閉めて持ち場に戻っていく。


 「わからん・・・が、“やえやま”にもいてくれたのは嬉しく思うよ。出迎えに行こう。」


 そんなやりとりを艦長達がしていると、外の方からも、やりとりしている声が小さくではあるが、女性と男性の声で聞こえてくる。

 士官室の全員は立ち上がると、艦長が木の扉を引いて開ける。

 すると丁度、3等海曹の男性がエスコートするような形で、紺色の作業着姿の女性を連れてきた。

 肩には通称「ベタ金」と呼ばれている、全体的に金色で海上自衛隊を表す錨と、桜の花の数が海将を表す3つ、三角形で配置された乙階級章をつけている。


 「艦長、八重山海将をお連れしました!」


 3等海曹の男性は挙手の敬礼をしながら告げると、「失礼します!」と持ち場に戻っていく。

 やえやまの艦長は、姿勢を正して八重山に10度の敬礼をする。

 予め脱帽していた八重山も答礼でこたえる。


 「初めまして、八重山海将。やえやま艦長の奥田3佐です。」


 「八重山海将です。所属は・・・第51掃海隊ですけど、これで良いのでしょうか?なにしろ、自衛官の方々への自己紹介は初めてなものですから。」


 軽く照れ笑いしながら、不慣れな自己紹介をする八重山。


 「それで問題はありませんよ、八重山海将。」


 奥田も内心では照れてはいるのだが、それをおくびにも出さない辺りは、艦長として色々な人物と会って接遇してきた経験がいきている証左である。


 「こうしてお会いするのは初めてですね。もう少し早くに分かっていれば時間もあったのでしょうけど。」


 「こうしてお会いできただけでも、我々は光栄に思います。立ち話もなんですから、こちらへ。」


 奥田は、左手を士官室の方に伸ばしながら、室内へとエスコートしていく。

 八重山は扉左側の壁に取り付けられた、“来客用”と書かれたフックに作業帽を掛けようと、歩いて寄っていく。

 奥田は、それを見て動きを止め、八重山が作業帽を掛けてから、改めてエスコートする。

 扉の側に副長兼掃海長と船務長が10度の敬礼で八重山を出迎える。

 それに答礼しながら奥田に促され、士官室入って右側のコの字型に配置されたソファーに座る八重山。

 テーブルに残されていた、3人のコーヒーカップのうち、副長と船務長のカップをそれぞれに手渡して、自身のカップも位置をずらすと、奥田は八重山の対面に座る。


 「何か飲まれますか?」


 副長の問いに、「では、皆さんと同じコーヒーを。」と返答する八重山。副長はカップを取りに隣の食器室に向かう。


 「艦長、私夜にこっそりと、と言いますか、堂々と、と言いますか、接遇で士官室(ここ)使わせていただいてたんですが、このコーヒーの残り香が、とても印象的なんです。」


 「そうですか。ところで今までにどなたがお見えに?」


 「鞍馬海将・・・あっ、もとい鞍馬海幕長が横須賀に来られた時や、須磨海将が乗艦されることがあるので。その時にコーヒーを・・・勝手なことして、申し訳ありません。」


 深々と頭を下げる八重山に、慌てて顔を上げるようお願いする奥田。


 「顔をあげて下さい!コーヒーのことは大丈夫ですから。・・・それで、鞍馬海幕長とは、護衛艦”くらま”で須磨海将は海洋観測艦で退役した”すま”でよろしいですか?」


 いつの間にか戻っていた副長から、コーヒーを受け取り、「いただきます」と言って一口飲んでからテーブルに置く八重山。


 「はい、間違いありません。須磨海将は今、正確には“元”ですが、私達にとって、須磨海将は海将なんです。」


 コーヒーの香りが辺りに漂う中、背後の艦首側に浮かんでいる“すま”を思い浮かべてから、もう一度コーヒーを口にする。もう一緒に飲めないかもしれない。そう思うと、一抹の淋しさがよぎる。


 「八重山海将、須磨元海将はまだいらっしゃるのですか?」


 奥田の問い掛けに一瞬遅れながらも答える。


 「・・・あ、ええ。いらっしゃいますよ。それが?」


 「もし良かったら、須磨元海将もお呼びしましょう。どのような方か、私も会ってみたいですし、何より、お一人ではないのでしょうか?」


 八重山は一瞬、奥田に心を読まれたのではと警戒するも、何を馬鹿なことを考えているんだと思い直す。


 「須磨海将は現在、艤装が取り外されていて、直接行かないと連絡出来ません。直ぐに行ってきますので、少し待っていて下さい。」


 「内火艇で行かれるのですか?でしたら直ぐに準備を・・・」


 奥田の言葉に右手を振って、断りをいれる。


 「大丈夫ですよ。私達の方法で行きますから、わざわざお手を煩わせたりはしません。」


 「『私達の』とは?」


 疑問を浮かべる艦長達に、八重山は笑顔を浮かべ前のめりになる。


 「お見せしても良いんですが、輸送艦の岩代3佐から『ビックリされるから“お嬢ちゃん”みたいな見える人に気をつけてね』って言われてるんです。幽霊と間違われるらしいからと言われました。お嬢ちゃんとは、長浦海里3尉だと聞いています。艦長、よろしいですか?」


 輸送艦”いわしろ”とは”おおすみ”型4番艦である。

 ”いわしろ”は呉を定係港としているのだが、横須賀基地や新設の浜田基地にいる事が多い輸送艦である。長浦3尉はその輸送艦に配属されている船務士である。


 「えっ?ええ、八重山海将が問題ないと判断されるなら、我々も問題ないと思います。」


 「じゃあ、ちょっとお見せしがてら、行ってきます。戻ってくる時は、私は直接ここに、須磨海将は舷門からお通ししますので、当直の方に連絡お願いします。それから、どなたか腕時計を一つと手の空いている隊員さんを1名で良いので、お借りできませんか?ちょっと思いついたことがあるので。」


 笑顔を見せる八重山なのだが、奥田はそこに何かを感じる。まるで、イタズラを思い付いた子供のような雰囲気が、八重山にあったからである


 「思いついた事ですか?」


 奥田は若干不安になるも、聞かなければ分からないことでもあるので、顔に出ないように注意しつつ聞き返す。


 「須磨海将へのサプライズみたいなものです。直ぐ済むことなので、お時間はそんなにとらせません。協力願えますか?」


「お聞かせ願えますか?あまりに突拍子もない事は出来ないですよ?」


 何を言われるか分からなかったため、予め八重山に釘をさしておくことにした奥田。


 「大丈夫ですよ。そこまで突拍子もないものでは無いですから。私の案なんですが・・・」


 それから約10分後、八重山は須磨の元へと向かった。



 ○元海洋観測艦 ”艦番号無し(旧AGS-5103) すま”


 「出雲の所にでも遊びに行こうかな?って昨日も行ったばっかりだっけ?少し前は、演習で2護群(第2護衛隊群)の子達が来てたから暇つぶし出来たけど・・・」


 艦首側の甲板で寝転がり、夜空を見上げる須磨。


 「あ~あ・・・また、仕事したいなぁ・・・。暇だよ、まったく・・・。」


 他の艦艇の手前、あまり言えなかったことだが、須磨の若い頃は、どちらかというとあまり真面目ではなく、士官のいない部屋や機関室に潜り込んで寝ていたりしていた。

 ただそれも、月日が経つにつれ薄れていき、決定的に変わったのが、先の大震災であった。

 彼女もまた派遣され、将官として任務をこなすうちに、完全に怠惰な部分が消えていた。


 就役したての自分が今の自分を見たらどう思うだろうか


 ふっ、と笑うと目を瞑る。


 (多分、自分が仕事が好きになるなんて、想像もつかなかっただろうな。今だって自分自身を、信じられていないんだから。)


 ふいに、来客が訪れる雰囲気がして、目をあける。早歩きのような足音が、自分に近付いてくるのが分かる。


 ホヒィーーホーー


 それと同時に、”やえやま”からサイドパイプの音が聞こえ、直後“つしま”からも聞こえ、両方で何らかの通達がなされているようである。


 「ここでしたか?須磨海将。お聞きしたいのですが、まだ、艦艇徽章とか階級章などは持っていますよね?」


 突然現れた八重山は、少しまくし立てるように須磨に聞く。


 「なんで?いえ、持ってるけど、意味が・・・」


 そう言いながら体を起こし、ゆっくり立ち上がると、軽く埃を払う須磨。


 「ではすぐ着用して下さい。それと、準備を含めると、そうですね・・・15分後にします。私達がいた桟橋に来て下さい。腕時計をお貸しします。時間がありませんので、ご協力よろしくお願いします。」


 15分後と聞いた時、右の眉をピクッとさせると、不機嫌な顔になる須磨。


 「八重山!退役したからって馬鹿にしてるのか!支度なんて5分で十分だ!」


 現役を退いてから、支度が遅くなったと思われたと思い、怒りをあらわにしたようである。

 八重山は、またも現役時代の須磨を思い出し、今度はたじろぎそうになるが、無理矢理踏みとどまる。


 「5分ではこちらの準備が・・・。では、10分後に迎えが参ります。時計をどうぞ。時間合わせはしてあります。」


 「迎え・・・だと?対馬が迎えに来るのか?」


 八重山から受け取った腕時計をつけながら、疑問を口にする。


 「すみません、時間がないのでこれで。くれぐれも航発後帰だけは気をつけて下さい。」


 航発後帰とは遅刻のことだが、海上自衛隊では、他の自衛隊に比べて、ことさら重い処罰となっている。

 そして言われた須磨は、今度は両方の眉をピクピクとさせる。


 「9分40秒後だ、間に合うに決まってるだろ!?そこまで私は耄碌(もうろく)していない!!」


 八重山は内心では「しまった!」と思うも、後の祭り。


 「と、ともかく、よろしくお願いします。失礼します、須磨海将。」


 挙手の敬礼をすると、逃げるようにその場から姿を消す八重山。

 憤慨しながらも、自室に戻るべく甲板から須磨も姿を消す。


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