第2話 夢の中の訪問鳥
「おはよーございマス」
浮揚感を覚える不思議な空間でフクロウが少しおかしな挨拶をした。
「あれ? ここは?」
「アナタの夢の中デス。今夜お邪魔すると言ってた通り、来まシタ」
あの戦いの後。
『今は時間がありまセン、今日の夜にでも説明に行くデス』
神サマの遣いを名乗る白いフクロウ、ヘイゼルは去り際にそう言い残していた。
その言葉を信じて僕は午後1時くらいまで待っていたのだが、フクロウがやってくる気配は無かったので諦めて寝てしまった。
そうして寝入り端にこの仕打ちである。
「そうならそうと言ってよ!」
「え、だって、フクロウがパタパターっとお家を訪ねるっておかしくないデス? ましてフクロウと会話してるところを家の人に見られるかもって危なくないデス?」
「……まあ、そうかな」
どうやら気を遣わせたらしい。
一応他人から見えなくなる術は使えるらしいが、夢の中での会話はそういった手間を減らせるとの事。
「それに前もそうだったデスが、夢の中だと人目だけでなく時間も気にしなくてもいいデス」
「つまり、わりと時間のかかる話だって事?」
「アナタ次第ではありマスが」
要するに疑問があれば答えてくれるという姿勢。
あの戦いの時にも思った事だが、このフクロウは根がいい人──いや、鳥なのだろう。
「まず最初に、お礼を言わせて欲しいデス。ギガーテの封印に力を貸してくれてありがとうデス」
「いや、それは僕の方こそ。お陰で千里は無事だったんだし」
「デスが……ギガーテの降臨は、あれで終わりとはならないデス」
神の遣いは語り出す。あれが最後の一体ではない事情を。
「ギガーテは遥か昔、神々の時代に『タルタロス』という場所に封印されたデス」
「たるたろす?」
「空間であり、概念であり、神サマの名前でもありマス。滅ぼす事の出来ないギガーテを弱らせ、封印するための神サマの結界だと思ってくだサイ」
かつての神々が己の存在を削って作り上げた結界。概念的存在であり、確固たる大きさや居場所すら神の遣いでも特定する事が困難な牢獄。
異邦の神ギガーテはそこにまとめて押し込められ、この世界は平穏を取り戻したはずだった。
「……デスが、この世界に不老や不死は存在しても、不滅な存在は有り得ないのデス」
それは神々の力を結集した結界『タルタロス』も例外ではなく、時間により結界の力が衰え、時として綻びを生む。
「今この世界にギガーテが漏れ出しているのは、『タルタロス』が綻んで結界に穴が出来ているデス。それを補修しない限り、またどこかにギガーテが現れ、ニンゲンの女性を捕食しようとするデス」
「ギガーテって、やっぱりあれ一体じゃないんだ」
「ハイ。アナタが戦ったあれはギガーテの中でも力の弱い存在、軍勢と呼ばれる兵隊デス」
力が弱いからこそ結界の小さな綻びから抜け出せたのだろう、ヘイゼルはそう推測したのだが、僕が気になったのは数の問題よりも
「その“ギガーテが湧くかもしれない”場所って、またこの近く?」
「……ハイ。その可能性は高いデス」
結界の綻びがどんな状態なのか、ヘイゼルにもまだ分かっていないとの事。けれど綻びと無関係な場所にギガーテが這い出る可能性は極めて低いらしく。
「結界の穴がこの辺りに通じている、そう考えるのが妥当と思っていマス」
「じゃあまたこの街の人や、妹やみんなが巻き込まれる事が」
「無い、とは言い切れまセン」
誠実さが今は残酷である。フクロウは嘘をもって一時の安心を与える事もしないのだから。
「……それで、ギガーテを倒す手段は?」
「他に、ありまセン。だから」
ずずずいとフクロウがにじり寄って来る。
「申し訳なく思っていマス。ワタシも全力で『タルタロス』の穴の探索と、アナタのサポートをするつもりデス。だから」
ずずずずずい。
このままではクチバシが頬に触れかねない距離までつめて来る。
「他の手段が見つかるか『タルタロス』の穴を塞ぐまで、湧き出るギガーテの封印、手伝ってくれマセンか?」
「うん、まあ、その覚悟はしてたけど」
「本当デス!?」
本当である、勿論あれで終わりなら良かったと思う気持ちにも嘘はない。
「また戦わなきゃならない。その事の実感が薄いからかもしれないけど、別人になる事、みんなと他人になる覚悟の方が重く感じたのが正直なところかな」
「……オゥ」
女神アテナ、軍神の力を借りた状態で戦闘に臆する事があるのかどうか、僕には分からない。
「『どこかの誰かのために』なんて立派な事は言えないけど」
これも偽りのない本音。
神サマに選ばれる勇者としては物足りないだろうけど。
「また家族や友達、顔見知りが巻き込まれるかもしれないのは嫌だから。出来る範囲でいいなら手伝うよ」
「……ありがとう、デス」
恐縮しきりのフクロウ。
しかし奇妙な変化がある。ついさっきまで随分押しが強かったように思えたのだけど、今はその勢いが無く。
何故か気落ち、いや、違う。
「ありがとうデス。助かるデス。ワタシも努力するデス──でも」
まただ。
またヘイゼルの話には「だがしかし」があったのだ。
「他人になる事の方が重いというアナタには、ますます理解してもらわなければならない事を話すデス」
「な、何の事を?」
「──『天換』の話デス」
これが神サマの遣いが語った講釈の終わり。
ヘイゼルは、世界やみんなの受ける影響よりもずっと小さな問題
「アナタの存在に大きく作用する、そして左右してしまうこれについて、しっかりと説明しておくデス」
僕自身の抱えた問題について話してくれた。