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エピローグ


 僕が戦闘を終えて『あら雲』のぬいぐるみコーナーに戻った時、既に明日香の姿はどこになかった。

 トイレに行くと言い残し、席をはずしたのは5分にも満たない程度。

 

 思い返せば、確かにここで待っていてくれとは言ってなかったのだけど。


「……待っててくれなかったか」


 ついた溜息には若干と落胆と安堵が含まれていた。

 ──そう、安堵の成分があったのも認めざるを得ない。


 今日、思わぬ形で彼女と会話する機会を得て分かった。


「僕は迷ってるんだ、明日香と今後、どんな関係でいたいのか」


 それ(・・)がいつからだったのかを明確に区切るのは難しい。


 小学校の体育で男女が異なる部屋で着替えるようになった頃か。

 中学で明日香のセーラー服姿を可愛いと思った頃か。

 明日香が僕を名前でなく「戸田くん」と呼ぶようになった頃か。


 それとも彼女がソフトボールの名門女子校に行くと決めた頃か。

 中学を卒業し、疎遠な日常が確定的になった後か。


「その環境の変化を認めた上で、僕がどうしたいのか……」


 いや、環境の変化すら受け入れられていないのかもしれない。

 だから明日香を前にして緊張し、以前のように接したいと思いつつも逃げ出したい衝動にも囚われる。


 どうしたいのか、どうなりたいのか。

 その事に僕は向き合わなければならない。


******


 明日香は自転車を駆りながら、軽い後悔に囚われていた。


 彼が、真幸がトイレに行くと席をはずした時。

 彼女は逡巡の末、先に帰宅する事を選択したからだ。


 小学生の頃なら迷わず待っていただろう。

 中学生の頃なら人目を気にし、待ったかどうかを考えただろう。

 しかし今はこうしてひとり帰宅の途についている。


 この行動の意味を彼女自身理解している。

 これは逃げだ。

 あの場に留まる事にいたたまれず、逃げ出したのだ。


「私は、どうしたいんだろ」


 彼とは小学生以前からの付き合いだ。

 しかし彼との付き合い方を変えたのは自分だとの自覚があった。


 小学生時代は「あすか」「まさき」と気軽に呼び合っていた。

 中学生時代、友人に名前での呼び合いをからかわれ「戸田君」と言い換えた。

 それでも彼は彼女を名前で呼び、それは今でも変わらない。


 進学先は別となり、以前より疎遠になりつつある今でも変わらないのだ。


「いっつも変わってるのは私の方で、真幸は笑って受け入れてくれて……」


 けれど、と彼女は思ったのだ。

 その関係に甘えていいのだろうか。

 彼女は自分の選んだ事、進んだ事に関係の変化を押し付けているのに、都合のいい時だけかつての関係に寄りかかっていいのだろうかと。


 1年生でレギュラーになれなかった事、内心ではとても悔しかった。

 その弱みを誰かに話し、次なる目標への糧へと変えたかった。

 そんな時、ちょうど幼馴染に遭遇したのだ。


 だから愚痴を言った、奮起の言葉にした、決意に変えた。


 けれど、こうして自分から距離を作っておきながら、今のような距離で彼に話しかけて、話を聞いてもらって、そんな事でいいのだろうか。


「……私、どうしたいんだろ」


 彼女も悩み、迷う。

 かつての幼馴染との距離感に。


******


 邪巨人は封印され、悪夢は現実へと解き放たれた。

 世界は色を取り戻し、光と声が満ちる。

 街の賑わい、雑踏はそれまで囚われの身であった事など気付かない人で溢れていた。


 そんな人の流れの中、ぽつりと立ち尽くした様子の少女がひとり。

 綺麗な金髪に緑の瞳。

 大きな青いリボンがどこか年齢よりも子供っぽい、人形らしい印象を醸していた。


 しかしもうひとつ、周囲の通りすがりが気にするものが肩に乗っている。

 スズメ。

 日本では飼い鳥より野鳥として認識されがちな小鳥がおとなしく少女の肩にとまっていたのだ。


「今の……」


 周囲から奇異の目で見られているのに気付いているのかいないのか、少女が小さく言葉を紡ぐ。

 

「今の、見た、アドニス?」


 チュン、と少女のスズメが一言鳴いた。

 相槌を打ったように。


女神の代行者(・・・・・・)がこの国にいたなんて、聞いてないわよ」


 少女の詰問口調にスズメがなんと答えたか。

 それを知る他者はいない。


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