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手作業と縫い目の縁


 演劇部に入部を希望する人間の多くは演技者である事を目指して入部するものだろう。しかし演劇は演者だけで回らない、道具係や衣装係、証明係に音響係、裏方も相当の人数を要する。

 劇の規模にもよるが、裏方の必要人数は演者を超える場合も少なくないのだ──まあ部活だと兼務が多いのだが、流石に劇中常時配置につく照明や音響をこなすのは難しいため、兼任者の多くは事前の道具準備に借り出される。


「こっちのモクモク、あと3つは欲しいんだよね」

「あれ、前に3つ作らなかったっけか?」

「だからあと3つ要るんだって」


 今回の劇に関していえば、一応演者でもある僕達も裏方仕事を兼務している。あくまで舞台慣れが目的の脇役なのも理由だけど、新入部員加入前の時期、単純に人手が少ない事情が大きかった。


「部員、どれくらい増えるかしらねえ」

「最低でも5~6人は来てくれないと色々厳しいんだけど」

「その中でも裏方に専任してくれる子がいるかどうかも」


 口を動かしながら手も動かす。

 歓迎セレモニーは文化系クラブには晴れの舞台だが、同時に今後の1年間を左右する重要な部員勧誘の場でもある。

 文化系の部活には運動部のように対外的な活動の場が極めて少ないのは言わずもがな、後の各部部長が壇上で演説する3分間スピーチなど眼中にない、入学生を迎えるこの時こそが文化系芸術属がアピールを行える最大の機会なのだ。


「これで、どうよ、戸田くん!」


 針仕事をしていた僕の前に広げられた一枚の布。いや、よく見るとT字型をした、一部が袋状に綴じられた代物である事が分かる。

 遠まわしな表現を使わずハッキリ言うと、あれは今回の劇で敵の兵士役が着る衣装である。


「……うん、いい出来なんじゃないかな」

「ふっふーん、どうよ、やれば出来るんだから」


 そういって胸を張っているのは古橋さん。同学年の部員では珍しい裏方志望の女子生徒。主に道具係、衣装担当を担っているのだが、熱意に技術が追いついていないとは小谷先輩の談。


「でもこの衣装、あと3着要るんじゃなかった?」

「こ、こ、これをベースに量産するのよ!」

「型紙があるんだから完成品は別になくても……」


 設計図は道具や衣装の統括リーダー、船田先輩が無駄なく仕上げてくれていたので、他の手伝った衣装も作るのが非常に楽だった覚えがある。


「あ、あんたのやり方だけが唯一絶対の方法だと──」

「古橋、今日中に出来なきゃ戸田に製作依頼するぞ」

「そんな殺生な!?」


 賑やかなやり取りを聞きつけたか、やってきた小谷先輩の催促に慌てる古橋さん。

 彼女は作業に手を抜かず丁寧に縫っている反面、速度は早いと言い難い。単純に慣れておらず、おっかなびっくり作っているところがあるからだろう。


「ま、流石に今日中に3着は無理だろ。戸田、頼まれてくれるか」

「僕はいいですけど……」

「なら頼むわ。そろそろ悪役も本番の衣装でアクションを練習させたいしな」


 背中に古橋さんの視線を感じながら、とりあえず型紙から布を切り出すべくハサミをジョキジョキと入れる。

 ハサミを完全に閉じないのがコツ、衣装作りではないけれどこうして布を切り出しての縫い物には多少の覚えがあるのだ。

 子供心に真剣に取り組んだ記憶もある、少しの興味と不純な動機と共に。


 切り抜いた布を手に、部室に1台しかない機械の側に寄る。視線の先には誰も使っていない縫い物マシン。


「ミシン借りますね」


 速度と強度を両立させるなら機械頼みの方が何かと確かである。失敗すると手縫いより早く縫い付ける分、修正範囲が多くなって面倒な事になるのだが今回の衣装はそれほど難しい縫いではない。

 スタタン、スタタン、スタタンタン。


「はい、一着完成」

「スムーズ!?」


 怒られたのか褒められたのか、古橋さんの不思議な大声に背中を打たれつつ、小一時間で一着目を縫い上げた。

 スムーズといわれたが、これは型抜きと縫い合わせのみの衣装であり、複雑な装飾が不要だから出来た事である。

 そしておおよそ手芸、身体を使う作業に関する場合は慣れの問題、経験の差が大きい。


「古橋、戸田ばかり気にしないで手を動かせって。それとも残り全部戸田に任せて見学するか?」

「わ、分かってます!」


 もはや口を動かす余裕がなくなったのか、古橋さんは黙々と針を繰り始め


「ああっ、変に縫いすぎた!」

「慌ててミシンを走らせすぎだ、急がば回れ」


 小谷先輩も的確に突っ込みを再開したのだった。


******


 まだ日が暮れるには早い頃。

 下校催促のチャイムが鳴るまで1時間以上を残しているのだけど、僕は帰り支度をしていた。


「お疲れ、戸田。領収書は忘れんなよ?」

「了解です」


 先輩の念押しに頷いて学校を後にする。しかし自転車の向かう先は家の方角ではなく、駅前の商店街だった。


 地元の商店街の一角、そこに目的の場所があり、僕が部内で針仕事の評価が高い原因に関わる建物がひっそり店を構えていた。


 布糸屋『あら雲』。

 いわゆる雑貨屋で布生地を多く扱っている老舗。値段もお安く、町内のご近所からも贔屓されるお店だが、車での来店は敷地の関係上難しいのが玉に瑕。

 駐輪場に自転車を滑り込ませつつ


「客足がなくなると困るんだけどな」


 お世話になっている身としては余計な心配をしてしまう僕だった。


 この子供の頃より馴染みあるお店に僕が部活動を切り上げてまで訪れたのは、部の用事と私事のミックス。

 元々『あら雲』に用事があった事と演劇部で使用する特別な布地が届いたとの連絡があったため、その引き取りが目的である。


「まあ私事の方は急ぐ事もなかったけど」


 部の注文していたモノは今度の劇で重要な役目を果たす布。

 主役の女剣士がその身にまとうマント。

 こと現実では身体を動かす際には邪魔にしかならない埃避けだが、活劇で颯爽と靡かせての立ち回りは非常に絵になる装身具。

 舞台照明との兼ね合いでどんな色がいいか、布地のサンプルと値札片手に先輩たちが喧々囂々していた日々も懐かしい。


 自動ドアを潜って店内に入る。


「布はレジで受け取れるとして、先に僕の用事の方を」


 それなりに広い店内だけど、そこは勝手知ったる雑貨屋。案内図など確認する必要もなく目的地へと足を向ける。


「千里がリクエストしたのって何色だっけかな」


 慣れが講じて上の空だったのは否定できない。

 だから気付かずに不意を打たれる結果となったのだ。


「あれ、戸田くん?」

「……は?」


 目的の場所には先客がいた。

 大きな目に強い光を宿した、スポーツ系の爽やかさをまとった少女。


「明日香……?」


 久我山明日香。

 高校入学を機に疎遠になった、家向かいに住む僕の幼馴染である。



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