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第7話  その名は


 まばゆい神の光が晴れた後に残るのは、不気味に脈動する黒い塊。

 彼らの不死性を象徴する、肉体を喪っても消滅しないギガーテの心臓。


 今のボクに、これを滅ぼす術は無いらしいのだけど。


「ヘイゼル、お願い」

「わかってマス、『オリーブの封印』!!」


 ギガーテの心臓周囲に芽吹くオリーブの双葉。瞬く間に成長するそれは不死者の心臓を覆い隠していく。

 そう、今のボクにギガーテを滅ぼす事は出来ないらしい、しかしヘイゼルの力を借りれば封印する事は出来るのだ。

 やがて心臓の黒はオリーブの緑に取って代わられ、



『──貴様、何者だ』



 封印の締めを施す寸前、雷のような声がボクの意識を叩いた。


「……っ! 誰!?」


 声、と言っても音じゃないのはボクにも理解できた。

 今のはヘイゼルが使う『念話』、テレパシーのそれ。

 そしてその声の出所は。


「ギガーテの、心臓?」


 オリーブの緑に包まれながらも透けて見える明滅の光。ギガーテの心臓が今までにないほど激しく光を放っているのだ、神サマの遣いが施した封印の色を貫き通すほどに。


「へ、ヘイゼル、これは!?」

「分かりまセン! けど、これはきっと!」


『我が尖兵を打ち破った貴様は何者だ』


 その声は静かでありながら、圧を込めた意を放ち、雷のようにボクの意識を激しく叩く力を持っていた。

 表面上の激しさを覗かせず、それでも分かる昏い怒りと狂気を秘めていた。


 そしてピリピリと走る威圧感。

 肌で、体で、魂が感じ取る、圧倒的な力の存在。


「これはきっと、ギガーテの高位存在からの干渉デス!」


 半ば悲鳴のような叫びを上げてヘイゼルは慄く。

 彼女は言った。前回、そして今ボクが倒したようなギガーテは『軍勢ギガンテス』と呼ばれる雑兵に過ぎないのだと。

 そして雑兵がいるなら兵を統率する将がいるはずで。


『目に見えずとも、タルタロスの壁越しにも感じ取れるぞ。忌々しき女神の力(プシュケー)を、我らの渇きを癒す女の力(プシュケー)を』


 心臓から、いや、心臓を介して溢れ出す別個の存在力。神々の封印、タルタロスの向こう側から侵蝕する何者かの気配。


『我が尖兵を破りし者よ、名を問おう。女よ、貴様は何者だ』


 神話の時代、神々と世界の覇を争ったであろう巨神が発する、他を圧する暴風の感触と他を惹きつける蠱惑の徴標を漂わせる声。

 その威に負けないよう、飲み込まれないよう何かを答えなければと思ったのだけど。


(この格好で本名なのは、どうなの)


 そんな馬鹿馬鹿しい思案が堅くなった心を幾分和ませる。

 そもそも女の子じゃないんだけどという思いは、“プシュケー”による上書きの意味合いからしてボクの主張の方が間違ってると言われそうではある。

 しかし変身、『天換』しているボクが『戸田真幸』を名乗るのはおかしい、というより心理的抵抗があった。

 ならばなんと名乗るべきか。

 戦うために転じた少女として相応しい名前。


「ボクは……」


 この世界から、人から存在を、“プシュケー”を奪う異界の神と戦う姿に相応しい、記号としての名前。


「ボクの名は“プシュケー”。プシュケーだよ」


 赤黒い世界に静けさの風が舞う。

 ボクだけじゃなく、怯えと混乱から口を閉ざしていたヘイゼルのみならず、ギガーテの心臓を介して意を放っていた波動の気配も沈黙した。

 ふと閃いた、事件に関係のある非日常的単語を名前に使ってしまったのが悪かったのだろうか。

 なんだか気まずい雰囲気にボクが再び口を開こうとした時。


『ク、クククク……ッ』


 明滅する心臓から漏れ出したのは哄笑だった。


『クハハハッ、面白いぞ女! 自らプシュケーの化身を名乗るとは!!』


 特に深い意味なく名乗った名前だったけど、何故か相手の壷に嵌ったらしい。高らかに、壁向こうの巨神は高揚した笑いを響かせる。


『なれば我は誓うとしようぞ、プシュケーの化身よ』

「な、何を──」

『我がアルキュオネウスの名に誓い』


 アルキュオネウス。

 それがタルタロスの穴からギガーテを送り出し、こちらの世界に侵蝕を企む巨神の名。


『貴様の“プシュケー”は我が奪い尽くしてやるとな』


 ぞわり。

 ボクの背筋に走ったのはおぞましさと、嫌悪感と、不快さを伴った恐怖。


「お、『オリーブの封印』!!」


 怯えのままに金切り声で再びの封印を施すヘイゼル。

 2重の封印術に巨神の干渉も断ち切られたのか心臓の明滅は治まり、そのまま地面に飲み込まれていく。


 ギガーテの封印はこうして完了した。

 けれど、『アルキュオネウス』と名乗る巨神の存在が。

 垣間見えた大物の影がボクに勝利の余韻を味あわせる事はなかった。


******


 戦闘を終え、演劇部の部室に戻った僕を出迎えたのは


「まだ縫えてないわよ! 文句ある!?」

「何も言ってないよ!?」

「まだ5分しか経ってないのよ!? 縫えるわけないでしょ!」

「だから何も言ってないよ!?!?」


 不運にも僕と視線を合わせた女子部員の怒鳴り声だった。


 自分達の暮らす街、その駅前で人喰らいの化け物が蠢動していた事などとはまるで関係のない日常の光景。

 壁掛けの時計を見るに、僕がゴミ捨てに出てから5分程度。このほとんどはゴミ捨ての移動とトイレに駆け込んだ時間、ギガーテとの戦いに現実の時間が流れていない事を改めて確認した。

 物語のヒーローやヒロインが行うアリバイ作り、或いは日常から抜け出し現場に駆けつける苦労を考慮しなくてもいいのはありがたい。


 もっとも、僕の現実に全く影響がなかったわけでもないけれど。


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