ポイズンフロッグ狩り
そして、翌日はまだ暗いうちに起きて朝食を多めにとり、アルフォンスとマリーラは狩りに出発した。
お坊ちゃま育ちのアルフォンスは、使用人のように荷車を曳いて街の通りを歩くことに抵抗があったので、人目の少ない早朝の薄暗いうちに出発した。
王都の南門を出て南街道を歩き、王都南側に流れるタナム川にかかる橋の手前で川沿いの細い道に折れる。
そこから川沿いの道を延々と歩き、ようやく湿地帯にたどり着いた。
タナム川の北側に広がる湿地帯は、ところどころ水が溜まって沼のようになっているものの、乾季であるため荷車を曳いて通れるくらいの地面の固さがあった。
アルフォンスは、荷車を止めると、マリーラと一緒に歩いてポイズンフロッグを探し始めた。
「ねえ、そのポイズン何とかって魔物は、見た目はどんな感じなの」
「ん? 胴体が人の頭くらいの大きさで、いろは緑色だから、草むらにいると見つけにくい感じだな。飛び上がると結構素早いから気をつけてくれ。でも、大体どこの土地にでもいると思うんだけど、見たことないのか?」
「そうなの?水気の多い土地だと、虫系の魔物とか、水鳥系の魔物かしら?」
「いや、そうじゃなくって………」
グオオオオオオオ、グオオオオオオオオオ
大人のいびきのような低い鳴き声が聞こえた。
「あ、多分これがポイズンフロッグの鳴き声だ。このあたりにいると思うから気を付けて。草むらはいきなり近づかずに、杖でかき分けて魔物がいないかどうか確認してくれ。見つけたらすぐに離れてから俺に合図してくれ。動きの鈍い魔物だから、5メートルくらい距離を開けておけば大丈夫だから」
アルフォンスとマリーラの周りには、ところどころに腰ぐらいまでの高さの草が生い茂っており、十分見通しが利かない。
足元も枯れた草で地面がよく見えない。
下が地面ならまだいいが、水につかった泥だと足を取られてしまう。
ポイズンフロッグは水中を泳ぐこともできるから、水場にも気を付けなければならない。
アルフォンスとマリーラは二手に分かれて探し始めたが、アルフォンスたちの気配を感じたのか魔物の声はすぐに聞こえなくなった。
アルフォンスは、ショートソードの刃で草をかき分けながら魔物を探した。
すると、一匹のポイズンフロッグを発見した。
魔物の体表は両生類特有のぬめぬめした皮膚で、いろは緑や土色だけでなく、紫やオレンジ色なども交じって見るからに毒々しい色をしている。
目の上に角上に飛び出した器官があり、敵を見つけるとそこから毒の霧を噴出するので、なるべく正面に立たないようにし、距離を十分開けておかなければならない。
毒消しは十分持ってきたが、毒消しを使ってもやはり多少は体調が悪くなるし、何より毒の霧は嫌な臭いがするので気分が悪い。
魔物はよそを見ていてアルフォンスに気付いていなかった。
アルフォンスは、魔物から5メートルほど下がり、マリーラに低い声で
「おい、こっちにいたぞ」
と声をかけた。
ポイズンフロッグは音にはやや鈍感なので、離れたところの話し声に反応することはないだろう。
少し離れたところにいたマリーラは
「は~い」
と言って、草むらをかき分けながらアルフォンスのほうに歩いて来ようとした。
そして、少し大きめの草むらをかき分け、跨いで乗り越えようと片足を上げた時
「ギャアアアアアアアア!!!!!!」
と、いきなり悲鳴を上げて片足を上げたまま固まった。
「どうした!」
アルフォンスは慌ててマリーラの方に駆け寄った。
すると、マリーラが足を下ろそうとした辺りに一匹のポイズンフロッグがいるのを見つけた。
それもかなり大きめのやつだった。
「あわわ、あわわ、あうううううぅぅぅぅ」
マリーラは青い顔をして冷や汗を流しており、恐怖のあまり体が動かない様子だ。
いくら相手が低級の魔物と言っても、その状態では危ない。
アルフォンスは、ポイズンフロッグを刺激しないようにそっと遠巻きに回り込んでマリーラに近づき、マリーラの体を後ろからひっぱって魔物から見えない草むらの向こうに引き戻した。
そして、マリーラを魔物から十分遠ざけたところで
「どうしたんだ。下級の魔物なら大丈夫じゃなかったのか」
「かっ、かっ、かっ」
「何だ、落ち着け」
「かっ、カエルじゃない!!」
「だからポイズンフロッグだって」
「私がいたところでは、あれはカエルってゆうの!」
「ああ、この辺でもそういうな」
「カエルはだめよ! カエルだけはだめ! なんでよりによってカエルなのよ! 私に対する嫌がらせ? 文句ばっかり言ってたから仕返ししてるの?!!」
「文句言ってた自覚はあるんだな。でも、嫌がらせじゃないぞ。カエルのことをフロッグともいうんだよ。そもそも、マリーラがカエル嫌いだなんて知らなかったし」
「あああああ、もう、むりむりむりむり! カエルだけは無理! 何あのぬめぬめしたいやらしい皮膚! しかもあの毒々し色! おまけにカエルにしてはやたらとでかいし!」
「飛びかかってくることもあるしな」
「ギャアアアアア! なんでそんなこと言うの! 考えただけでも鳥肌が!」
「そんなに嫌いなのかよ」
「子供の頃、家が貧乏だったけど、一度、鳥のささ身みたいな白いお肉の料理が出たことがあったの。おいしいおいしいって言ってみんなで食べたんだけど、食べ終わってから大人に『これ何のお肉?』って聞いたら、『これだよ』っていわれてバケツ一杯のカエルを見せられたの。しかも、その中の一匹が私の顔に飛びついてきたの! それでね、カエルのお腹が私の顔にぬめって! ぬめって! アギャアアアアアアアア! 思い出しただけでも鳥肌が!」
「はあ、分かった分かった。じゃあ、マリーラはポイズンフロッグには近づかないようにして、俺からあまり離れないところで見ててくれ。それで、俺の後ろの方に魔物がいないか見張っていてくれ」
アルフォンスはそう言っていって役立たずのマリーラを見張り役に任命した。
そして、まず、マリーラが見つけた大きなポイズンフロッグに後ろから近づき、雷系魔法の初級魔法であるスパークを魔物に放った。
ポイズンフロッグは、スパーク1発では倒れなかったが、2発目でぐたっとその場に倒れた。
アルフォンスは、魔物の目が濁って死んでいることを確認し、先ほど自分で見つけたポイズンフロッグの方に行った。
そっちの魔物もまだ動かずにその場におり、そいつもスパーク2発で倒した。
アルフォンスは、倒した魔物を保存用の袋に入れ、荷車に積んだ。
クソ、肉体労働はきつい。
マリーラは、俺の作業をぼーっとした顔で眺めていたが、ようやく落ち着いた様子だった。
「取り乱してごめんなさい」
「まあ、誰だって苦手なものはあるし、俺も魔物のことをもっとちゃんと説明しなかったのは悪かったよ」
「たまたまよ、カエルだけが苦手なのよ、それなのにいきなりその苦手なカエルを狩る仕事だなんて…………」
「もう今日は見てるだけでいいから。しかし、お前、けっこう性格に表裏があるな」
「えっ?」
「聖女らしく上品にしゃべる時と、さっきみたいにぎゃあぎゃあ騒いで地が出てるときの差が激しいだろ」
「こほん、あら、聖女に表も裏もありませんわよ?」
「今さら遅いって」
「ぶ~、だって仕方がないでしょ、誰だって苦手なもんを前にしたら地が出るって。修道院では戒律があるからお淑やかにするよう教育されてるけど、生まれた時から上品だったわけじゃないからね。家も貧しかったし、修道院に入るまではまともに教育も受けてなかったから、地が出たら貴族生まれのあなたよりずっと庶民的よ」
「別にその程度なら地でもいいよ。貴族生まれだからって、貴族の作法が大好きってわけじゃないからさ。貴族だって、若いもんはたいてい作法なんかめんどくさいと思ってるよ。特に、俺はうちが落ちぶれだしてから貴族の嫌な面ばかり見てきたから、貴族の表ズラにはうんざりしてるしな」
「そう。でも聖女としてはやはり人前ではできるだけ上品にふるまわなければいけないから、普段から気を抜かないようにしないといけないの。でないと、今みたいにすぐ化けの皮がはがれちゃうしね」
「そんなもんか。ああ、どっちでも好きな方にしたらいいけど」
「それより、やっぱり私も狩りを手伝うわ」
「無理するなよ?」
「うん、魔物に触るのは無理だけど、離れたところから魔法を打つのは大丈夫だと思う」
「それじゃあ、一緒に魔物を探そうか」
「ええ」
その後、二人で一緒にポイズンフロッグを狩ったが、マリーラはやはり魔物のそばには近寄らなかったものの、離れたところから魔法を打つのは問題なかった。
それどころか途中からは
「えい、この、よくも、てぇや!」
と魔物に怒りをぶつけるようにスパークの魔法を放っていた。
マリーラは、雷魔法はどちらかというと苦手だと言っていたが、怒りでボルテージが上がったせいか、十分な威力の雷魔法で次々とポイズンフロッグを倒していった。
マリーラの魔力は大きく、初級の雷魔法を連発した程度では全く問題なかったので、結局、マリーラが魔法係、俺が肉体労働係になってしまった。
順調に狩りが進み、昼過ぎには20匹くらいのポイズンフロッグを狩ることができた。
それ以上は小型の荷車に積めなかったので、その日はそれで狩りを終わり、王都に持って帰ってギルドで買い取ってもらった。
そこそこの稼ぎがあり、マリーラもポイズンフロッグに慣れてきたので、二人でポイズンフロッグ狩りを1週間ほど続け、当面の生活資金を稼いだ。
その間に、アルフォンスとマリーラの冒険者ランクはEに上がった。
Dランクのポイズンフロッグを大量に狩ったので、昇格も速かった。
しかし、生活費を稼いでいるだけではらちが明かない。
魔石を買い集めたり、もっと良い装備を揃えるためには、やはり高ランクの仕事を引き受ける必要があった。
アルフォンスは、ギルドの窓口で相談してみることにした。