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ハナ

 

 昼過ぎ。

 今日は朝食を一緒に食べたから後は夕方に一緒に食堂に行こうね、なんて言い残して出て行ったザイラがバタバタと部屋に駆け込んできた。


「何? ザイラ。何かあった?」

 てっきりもう夕方まで顔を見せないと思っていたザイラが息を弾ませて、そしていつもの調子でこちらが返事をする前に勢いよくドアを開けて飛び込んできたのでリョウが目を丸くする。

 ……まぁ、見られて困るような生活はしていないし、足音や気配でザイラが来たっていうのも分かるから構わないんだけど……いいのかなこんな感じで人の家に飛び込んでくるって……。

 なんてこっそり思いながらも、肩で息をしているザイラに何かただならぬものを感じていると。


「あのねっ……ハナが、いなくなったって……父さんが……!」

「……え?」




「申し訳ありません。今日は朝から馬たちの様子がおかしくて……ちょっと目を離した隙にあの子だけ柵を飛び越えたらしく……」

 ザイラに急かされるようにしてラウの仕事場まで来たリョウは到着するなり申し訳なさいっぱいのラウの謝罪を受けた。


 ハナはまだ調教の途中だったので、まだここにいたのだ。

 一応、リョウが気に入ったこともあり最終的にはリョウの馬になることにはなっていたが、それでもまだ彼の管轄下にいる。

 基本的に調教途中の馬は正式に騎士の所有物ではない。その途中で適性がないと判断され野生に戻されたり処分されたりすることもあり、その判断は調教師に任されている。だからここまで謝られる筋合いもない。


「大丈夫ですよ。あの子だってまだ私の馬って決まったわけじゃないんですし。……ほら、適性がなかったって思えば良いわけで……」

 あまりにも申し訳なさそうに頭を下げるラウにリョウの方が申し訳なくなってきてそう答えてしまう。

 ……そもそもこんな風に他人から頭を下げられるなんて慣れていない。どう反応して良いのかよく分からないのだ。

「いや! そんな! そもそもあなたとあんなに相性の良さそうな馬は他にいなかった。それにあの馬はもともとここに連れてこられるような馬ですらなかったんですよ」

 どうにか顔を上げたラウが、それでも申し訳なさからかリョウと目を合わせることなく柵の方に目をやりながらそう言うので。

「……と言いますと?」

 リョウも話の続きを促してみる。

 取り敢えず、これで私に頭を下げ続けるという構図は回避できそうだ。などというリョウの思惑などには気付きもしない様子でラウは小さくため息を吐くと。

「あの馬はあまりにも賢くてね、しかも力も強い。人間が言うことを聞かせることなんかできないような馬だった。どうもここに連れてこられた馬の中にいた一頭に付き添って自分の意思で来たみたいだったよ」

「……え? 付き添って?」

 リョウが意外な話に思わず目を丸くした。

「ああ、ほらあそこにいる芦毛の馬です」

 ラウの視線の先で芦毛の若い馬がこちらをじっと見ているのが目に入りリョウが軽く頷くと。

「あの馬がちょっと怪我をしていましてね。なに、走れなくなるような怪我ではなかったし少ししたらすぐに良くなったんだが……どうもあの子に同情でもして付き添っているように見えたんですよ。親子でもないだろうに珍しいなと思ったんですがね」


 騎士のために調教される馬は野生の馬。

 つまり、野生のものを上手く捕獲して連れてくるのだ。

 そういう過程があることを考えるとその中で何かがあったのかもしれない、なんてことは想像できる。とはいえ、どう見ても親子のような絆があるもの同士とも考えにくく……そうなるともう、ハナが、ハナなりの事情で、自分の意思でここにいたと考えたくなる、という事なのだろう。


「……なんかね、あたしも面白いからちょっと様子を見てたんだけど本当に仲良さそうだったのよ。なんか友達! みたいな感じでさ。でもハナもそうだったけどあの子も人にはあんまり懐かなくてね。騎士の馬としての適性を考えるとちょっと向いてないんじゃないかなって思ったのよね」

 リョウの隣でザイラも考え深げに説明する。

「え、ハナも人に懐かなかったの?」

 リョウがザイラの方に向き直って尋ねると。

「そうよ。あの子が懐いたのってリョウだけだから。あれ、多分普通に調教してたら適正なしで野生に返されるような馬よ? そもそもリョウがいなかったら扱いにくいのなんのって! 危なくて近寄れやしないくらいだったんだから! あたしが思うにリョウがいて、リョウとの絆みたいなものがあるから初めて安定する、みたいな感じだったわよ?」

 にやっと笑いながらリョウを肘でつつくザイラにリョウは若干たじろぐ。

「ああ、そういう事だったんだろうな。……正式にあなたの馬になればもっと落ち着くんじゃないかとわしらも思っていたんだが……」

 ラウまでザイラの考えを肯定するようなことを言い始めてリョウが言葉を失う。

 ……馬って……そんなに賢かったっけ?

 そしてふと。


 そこまで言われると、なんだかいなくなったことを諦めてはいけないような気がしてきた。

 なんだか……事情があってここから出て行ったのなら……探しに行ってあげるべき?

 なんていう気になる。

 いや確かに、ハナとは相性がいいような気がしていたのでいなくなったというのはすごくショックだった。でも、あの子が外で自由にしていたいのにそれを無理に引き戻すのもかわいそうだし、と自分に言い聞かせながらここまで来たのだ。


「探しに行ってあげたほうがいいかなぁ……」

 ポツリとリョウが呟いた。

 と。

「え……あれ……?」

 ザイラが小さく声を上げ、その視線を辿ると先ほどまで柵の中で遠巻きにこちらを見ていた例の芦毛の馬が、リョウの方にゆっくり近寄ってきている。

 で、リョウはなんとなく。

「ラウ……あの子、借りてもいいですか?」

 なんて口走っていた。

「それは……構わんが……」

「あ、リョウ、一人で行かないほうがいいんじゃ……」

 ラウが口ごもると同時にザイラもちょっと心配そうな声を出す。


 うん。やっぱりそういうことか。

 リョウは視線を東の森の方に向けた。

「ハナが行った先ってあの森?」

 ラウが声もなく頷くのを確認したリョウが柵の入り口に手をかける。

「……リョウ、あたし、誰か他に一緒に行ってくれそうな騎士を呼んでくるからちょっと待ってて!」

 ザイラはそう言い残すと一目散に城壁の方へと戻って行き、そんなザイラを横目にラウが芦毛の馬に用意をさせ始める。

 人に慣れないといったその馬は、その言葉が嘘だったかのように大人しくなり。そして。


「ああリョウさん! 娘が帰ってくるまでちょっと待っててやってくれないか? ……あ、おい!」

 ラウの制止も聞かずにリョウはその馬に飛び乗るとくるりと方向を変えて「ごめんなさい! でも大丈夫だから!」となるべく笑顔で告げると駆け出した。


 だって。

 なんだか、さっきから変な気配が感じられるのだ。東の森の方角から。

 そして、どうにもこの馬はそれを理解して私を乗せるために近寄ってきたと思えてならない。

 それは、ハナを気にして……いや、ハナを助けたいとか、そんな風に思ってるんじゃないだろうかなんていう変な勘ぐりができてしまいそうな……そんな気がしてならない。

 ザイラには申し訳ないと思う。

 ちょっと前に敵に対峙する際の騎士の決まりみたいな話を聞かせてしまったから責任を感じて私が一人で森に行ったりしないようにだれかを呼びに行ってくれたのであろうことは容易に想像がつく。

 一般的な常識からして昼間であっても薄暗い東の森は敵の出現が皆無ではない。

 それに……ラウはさっき、馬の様子が朝からおかしかった、と言っていた。

 本当に漂っているなんとなく不穏な気配は……私にしか分からないとしても、そういうことを総合的に考えたら女騎士が単身森に乗り込むのは危険と判断するだろう。

 例え馬は財産、という考え方から貴重なものを取り戻しにいくことを正当化できるとしても……命の危険と釣り合うほどのものではない。


 でも。

 なんとなく、さっきから感じ始めた不穏な気配が。

 急を要すると頭の中で警鐘を鳴らしているのだ。

 ザイラが人を呼びに行ったとして「いなくなった馬を探しに東の森に入りたい」なんていう要望が通るのにどのくらい時間がかかるか考えたら……待ってなんかいられないような気がした。

 私のハナへの思い入れは……そういう都市の組織上の決まり事の中では取るに足りないものだろうし。それこそ東の都市だったらそんなことを言ったところで笑われて終わりだ。そんなくだらない事のために貴重な人材を誰が割くと思ったんだ、と冷笑されて終わり。

 そんなことは一瞬で想像できたので。


 申し訳ないけれど、自分の身の安全は自分でどうにかするし、このことに関しては自分で一切の責任を負う! ということで。


 リョウは東の森に向かって馬を走らせた。







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