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戦場

 夕方になりかける筈の頃、町を取り囲むようにそびえ立つ山の麓に三人は到着した。

 筈の頃、というのは日差しが全く時刻の目安にならないから。山に近づけば近づくほど辺りは暗くなり、比較的午後の早い時間であったにも関わらず夕刻の薄暗さだった。

 そして、山の北側に到着してから様子を窺いながら「敵」を待ち伏せすべく東側に回り込む。


「リョウ、何か作戦があるんですか?」

 レンブラントがしびれを切らしたように、先頭を行くリョウに声をかける。

 何しろ、何の打ち合わせもなく、ここに着くなりリョウは先頭に立って黙々と馬を走らせてこの東側まで来たのだ。そして、いっこうに振り向く様子もない。

 隊長という立場の人間が二人もいるのに、そして、どんなに優秀であったとしても二級騎士である女が、その隊長の許可もなく先頭を行くというのはかなり不自然だ。

「……そうですね」

 リョウは、といえば。


 やるべき事は頭の中で整理できている。そんなに複雑なことではない。単純なことだ。


 まずは、この崖のような急斜面が続く山沿い。

 さすが、天然の城壁を誇る町の山だ。木の一本も生えていないような、そそりたつ崖といっても良いような山に囲まれている。所々に多少の植物が根を下ろしてはいるが本当にささやかにしがみつく程度である。

 城壁、というより要塞のようだ、とリョウは思う。

 これなら軍隊が攻めて来たとしても山の切れ目以外からは侵入は不可能だろう。

 中の守りが完璧なら多少の勝算はあるのかもしれない。

 そして、町の入り口になっている所から距離をおいたこの辺りなら場所としても位置としてもちょうど良さそう。町を襲う目的の「敵」がわざわざここまで来るとは思えない、そんな位置。万が一こちらに来ることがあっても岩の陰になって身を潜めることも出来るし、最悪見つかっても……まぁ、なんとかなる。ちょっと怖い思いはするかも知れないけど。

 あとは、自分の力を極力無駄にしないようにぎりぎりまで待つ。

 なので、「傭兵」の軍が近づくまで後ろの二人には感づかれたくないのだ。


 そして。


「……来た!」

 呟きながら目を上げたリョウの後ろで二人もただならぬ空気の流れを感じたらしく、息を呑むのが伝わってくる。

 まだ姿は見えないが、遠く前方から規則正しい地響きと、今まで感じたこともないようなぞっとするような気配が伝わって来るのだ。

 規則正しい地響きが行軍の音を意味するなら……やはりそこにあるのは「組織された敵意」だ。


「隊長、作戦、なんですが」

 くるり、とリョウが二人の方に向き直る。そして、すっ、と二人に向かって右手をつき出した。

 とはいっても三人とも馬に乗っている状態なのでその手が彼らに触れるほど近いわけではない。が。


 ぴし。


 向けられた手のひらからそんな音が聞こえたような気がした。

「お二人はここにいてくださいね。私の考え得る限り、一番安全ですから」

 そんなことを言いながらリョウがにっこり微笑む。

 そんなことをいきなり言われても二人は勿論納得いかない。なので、そのまま先に行こうとするリョウを追いかけようとして、驚く。

「うわ!」

「え? 何?」

 まず、馬が急停止。なので乗っている二人は若干バランスを崩す。

 数歩先に行ったリョウが振り返り。

「それ、結界です。私が死ぬか、意図的に解くかしなければ無くなりませんよ。お二人にはここで戦うなんて無謀なことはしてほしくないんです。なので、おとなしくしていてくださいね。中で暴れられると私としても無駄な力を使わなきゃいけなくなっちゃうんで」

 二人が慌てて馬から降りて、その「結界」に近づき、見えない壁を確認している様子を尻目にリョウはハナを走らせる。


 町の東の入り口に向かって。

 確実に塞き止めてやるのだ。


 視界の隅に見えない壁を叩きながら何かを叫んでいるレンブラントが映った。結界は音を通さないわけではないがハナの足音と自分の鼓動のせいでその声はリョウの耳には届かない。


 山の麓というよりは、そそりたつ崖の下。

 そんなところを走る。

 ハナの足ならたいした距離には思えない。

 そして、町の入り口に当たる切り立つ崖の切れ目。崖を形成する岩のいりくんだ形のせいで町まで見通すことはできないがその中では騎士隊が町の守りを固めているはず。そして、間もなく指揮官率いる西の都市からの援護の隊も到着するだろう。

 リョウはそこまで来るとハナの方向を変える。

 着実に近づいてくる音のする方向へ正面から向き合う。


「……結構な数じゃないの」

 不敵に薄く笑ったリョウの口からぼそりと声が漏れた。

 百体程度、なんてどこからの情報だったんだろう。

 いや、もしくは、最初はそうだったのかもしれない。ここに向かってくる「敵」を食い止めるために、これまでどれだけの騎士隊が投入されたか分からないが、部隊はほぼ壊滅と聞いた。その間に「敵」が数を増していったとしてもその正確な情報は必ずここまで届くとは限らないだろう。

 とにかく黒い軍隊がこちらに押し寄せてきているのははっきり確認できる。


「ハナ、行くよ!」

 リョウの声に合わせてハナが駆け出す。

 リョウは抜いた剣を握ったままその腕に力を込めた。

 急激に力を込められた剣は、燃える炎のように光を放ち始めており、リョウの瞳は赤く光を増し、後ろで束ねた髪も赤い光を纏っているように見える。

 そして、ハナの駆けるスピードはもはや馬のそれをはるかに凌ぎ、あっという間に敵陣は目の前に迫り、そして、スピードを緩めること無くその軍隊に……突っ込んだ。


 突っ込んでいきながら、リョウの剣は物理的にあり得ない威力を放つ。

 おそらく、相手に触れる前からその切れ味を発揮している。意識を集中して腕に力を込めると、剣が触れる前から相手は切り裂かれていくのだ。

 切り裂かれると同時に燃え尽き、霧となって消えていく黒い体躯は。消える直前に「燃え尽きる」という過程が入り込んでいるように見えるせいか、霧というよりは灰になって消えると表現すべきなのかもしれない。

 そして、リョウとハナはあっという間に敵陣の真ん中まで突き進み、そこでようやく失速した。

「……たいしたことないわね」

 リョウは余裕の微笑みを浮かべる。

 まぁ、相手にそういうものを理解できる知性はないと理解しているので、自分に向けた笑み、だ。

「これなら町に侵入できたのはせいぜい数体程度、よね」

 ちらっと、後方の町の入り口の方を見ると軍隊の中に飛び込んできたリョウに気づかなかったと思われる、いくらかの「傭兵」が町の入り口から入り込もうとしており、中から出てきた騎士たちが応戦しているのが遠目にも確認できる。あれくらいなら任せておいて大丈夫なはず。

 町から出てきて戦おうとする騎士たちは「敵」に押されて崖の切れ目の中に押し込まれるように中に入っていくが、あれも計算だろう。

 中に入ってしまえば騎士の数は多い。確実にしとめられる。


 そして、こちらが軍の本体。

 いつの間にかリョウの周りはぐるりと円を描くように取り囲まれており、その視線と殺気を完全に集めている。

 軍隊の真ん中辺りまで一気に入り込んできた「強敵」を認識して、進む方向を変え、ぐるりと取り囲んでいるわけだ。

「ハナ、何があっても私から離れちゃダメよ」

 そう話しかけた瞬間、間合いを取っていた一番近くの一体が一気に詰め寄ってくる。

 そして、それが合図だったかのように周りで一斉に唸り声が上がり、リョウをめがけた攻撃が始まった。

「……くっ」

 降り下ろされる腕をかわすのも、相手が一体だけではないので楽ではない。

 しかも、軍隊のど真ん中での立ち回りともなると自分の立ち位置の確保さえままならないのだ。

 強力な腕で挟み込まれそうになるのをすり抜け、踏み潰そうと振り上げられる足や蹴りあげようと飛んでくる足を避けながら剣を振り。頭上から飛びかかってくる巨体の首を落とす。

 そして、ついに。


 ざんっ。

「ハナ!」

 足の踏み場を失いバランスを崩したハナからリョウが転げ落ちた。

 転げ落ちながらリョウはハナが無事であることを確認。

 ハナはリョウに言われた通りそばを離れないようにしている。

「いい子ね! ハナ!」

 そう言うと同時に、リョウは持っていた剣を思い切り地面に突き立てた。



「どうなっているんだよ、レン!」

 クリストフは混乱している。

 それは当然だ。

 レンブラントにしたって全てを理解しているわけではない。リョウが普通の人間ではないことは昨夜の話で分かったつもりだった。でも、結界を作って自分達の動きを封じられるとは予想もしていなかった。そんなことまでできるなんて。

 ハナに乗って遠ざかるリョウに声は届かず、脱力して膝をつく。


 クリスにどう説明しようか。

 そんな思いは頭の片隅にあるが、それよりもリョウの行動を見届けるために目を凝らすことで精一杯だった。


 ハナのスピードは尋常じゃない。

 いや、スピードうんぬんの問題ではない。

 目に映る光景そのものが尋常じゃない、のだ。

 馬にまたがる騎士が、馬と一体になって光っているように見える。光っている、というより燃えている。まるで、火の玉が地を滑っていくかのように見えるのだ。

 そして、敵の軍隊は想像以上の大軍でそれに驚く間もなく、火の玉はあっという間にその大軍に飲み込まれた。

「リョウ!」

 叫んだところで声が届かないのは分かっている。でも叫ばずにはいられない。

 あまりの成り行きに、レンブラントに掴みかかって説明を求めるクリストフの動きも止まる。

 そして、二人が見守る中、一瞬動きが止まったかのように見えた軍隊が、ざわっと動き出す。


 町の方に向かってではない。

 軍隊の中心に向かって。


 おそらく、切り込んでいったリョウのいる辺りに向かって一斉に攻撃を始めたのだ。

「……!」

 レンブラントはあまりの光景に声を失う。

「……嘘だろ、おい……」

 レンブラントの隣にクリストフもがっくりと膝をついた。

 あれだけの軍隊が、総攻撃まがいの動きを見せている、その混乱した中心部に……たった一人の騎士が、いるのだ。


 助かる……訳がない。

 そんな思いと共にレンブラントとクリストフが脱力する。


 その時。


 爆音が、した。


 そして。

 二人はさらに息を呑んだ。

 なぜなら。

 軍隊の中心辺りから、物凄い火柱が上がったのだ。そして、その火柱はまるで生きているかのように膨れ上がり、軍隊そのものを呑み込んでいく。

 その炎はまるで意思を持ってでもいるかのように軍隊全体を呑み込み、計ったように呑み込み尽くしたその場所で燃え尽きた。



 炎が消えて、うっすらと煙が立ち上ぼり始めた頃、レンブラントが手をついていた場所の抵抗がふっと、なくなった。

 唐突にレンブラントの両手が空を掴み、嫌な予感がする。

「私が死ぬか、意図的に解くかしなければ無くなりませんよ」と言ったリョウの言葉がふと頭をよぎったのだ。


 竜族、と名乗った彼女は。

 炎を操ることができることを実証して見せた彼女は、あのとてつもない火柱を起こし、あの壮絶な炎の海を出現させた、ということなのだろうか。

 確かにその炎によって敵の軍隊は、消滅している。

 が。


 あれだけの炎のただ中、まさに中心にいて、彼女自身が無事でいるとも思えない。……あり得ないのだ。


 そして、彼女の自分の命に執着しない今までの言動を考えると……命を捨てる覚悟で敵陣に飛び込んでいったと考えても筋が通る。


 僕は、彼女を止めることができなかった。

 こんな風に呆気なく、いともあっさりと命を手放すようなことをするなんて……落ち着いて考えたら可能性はあったし、その兆候だってあったのに。

 そう、兆候。昨夜、出発前に見たリョウの顔。

 あの、なんとも寂しげで、何か肝心なものを諦めているようなあの目は、もうここには戻ってこないことを決意した、そんな目だったようにも思えた。「単独行動をさせてください」なんて言い出した時の顔もそうだ。

 僕たちの前をいく彼女の顔も、無理矢理作ったようなあの笑顔は、ふとした拍子に壊れてしまうんじゃないかと思えるほど儚く見えた。

 なのに。

 本能的にそう分かっていたのに、まさかそんなことはないだろう、と思ってしまっていたのだ。


 だから、止め損ねた。

 ……止め損ねてしまったのだ!

 どこかで彼女の暴走を止めてやらなければならなかったのに……!


 レンブラントの一度空を掴んだ手はそのまま地面に落ち、そしてその場で地面の土を無意識に掴んで握りしめ、こぶしが震える。



「おい……レン。あれ!」

 クリストフの声がして茫然自失のままのレンブラントの体ががくがくと揺れた。

 もはや声なんか出なくなっているレンブラントの肩をクリストフがつかんで揺さぶっているのだ。


 のろのろと上げたレンブラントの視線の先にあったのは、赤毛の馬にまたがって「普通の」スピードで駆けてくる女騎士の姿だった。



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