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戦況

「休んでいるところを呼び出したりしてすまんな」

 まず口火を切ったのが指揮官だった。

「あ、いえ。何かありましたか?」

 リョウはそこに揃っているメンバーの様子を窺う。呼び出される理由に思い当たるところがないのだ。


 まず、指揮官はテントの中の簡易的な机の向こうに座っており難しい顔をしている。「呼び出してすまん」と言った声は穏やかだったが表情はとても厳しい。

 その右隣でクリストフは唇を引き結んで視線を落としたまま。何かを必死で考えているようにも見える。

 その隣でレンブラントは腕組みをして眉間にシワを寄せたままリョウとは目を合わせようとしない。なんだか怒っているようにも見える。

 そしてリョウを連れてきたハヤトはそのまま司令官の左側に回り、机に片手をつき興味深そうな目で無遠慮にリョウの方を眺めてくる。

 こうなると、リョウは何か相当なことをやらかしたんじゃないかと今日一日の出来事を振り返り始める。


 ……もしかしてシンとの会話の中に軍の機密事項でも入っていたのか? いや、そんな重大なことをあのシンが、知らされているとは思えない……ということは、カレンの話の中に何か聞いちゃいけないことが入っていた、とか? あ、まさか、レンブラント隊長が試験に合格点を出さないって話だろうか……?


「ああ、すまん。君が難しい顔をする必要はないんだ。……君に聞いてもらいたいことがあって、だな」

 指揮官が少し表情を和らげて話し出す。

「知っての通り我々は今新しい敵に遭遇するようになっている。今後の戦いは今までのものとは戦いの質からして異なることが予想される」

「……はい」

 今さら、死を覚悟してくれ、もないだろう。あれの強さはリョウが一番良く知っている。

 それに、そんなことをわざわざリョウ一人を呼び出して言うというのも腑に落ちない。

「……実は、今のところ軍が得ている情報によれば、今までの敵は奴らの傭兵ではないかと考えられるのだ」

「傭兵、ですか?」

 リョウにとってこの話は初耳だった。

 ちょっと、耳を疑い、そして言葉の意味を理解してから新たに疑問がわく。

「傭兵って、だって、今までのあの敵ってそんなに組織的なものでしたか?あれはどちらかというと……」

「獣の性質を持つ自然現象、っていうのが今までの考え方だったよね」

 ハヤトが口を挟む。

 そう。そんな類のものだ。どこかに生息していて生活圏を持つとか、そういうものではなく例えば竜巻や稲妻のように何かの条件が揃うと現れる突発的なもの。自然界のバランスの歪みによって実体化した、飽くまで自然現象。

「ああ。そんなものを従えるとか、飼い慣らす、なんてあり得ない話だと思われていたんだが……」

 言いにくそうに言葉を切った指揮官がため息をついてそのあとの言葉を飲み込んでしまった。

「飼い慣らされているみたいなんだよ。大量に。おそらく生産されている。で、それをやっているのがこないだ『リョウとレンブラント』が倒したあれなんだ。あれも一体どころじゃなく、あれこそがちゃんとした生き物として組織的に活動しているらしいよ。傭兵はご主人様のところに獲物を持っていこうとしていたでしょ?」

 指揮官の話を途中から引き受けたように話し始めたハヤトがちらり、とクリストフの方を見やり、クリストフは心なしか青ざめる。

 そういえばザイラは生きたまま連れ去られようとしていた。そしてその先にあれがいたのだ。

 そんなハヤトの言葉を受けてもう一度軽くため息をついた指揮官が。

「どうやら自然界の歪みというものは我々が考えているよりおおごとになっているらしい。そんなことがあるものかという考えはひとまず取っ払ってくれ。恐らく、ここに来て新しいものが生み出され、事態が悪化している、と、考えるより他なさそうなのだ」

 指揮官の言葉になるほど、あり得ない話ではない、と、リョウは思う。


 今更ながら思い出したのだ。

 ちょっと前にハナを助けようと飛び込んだ東の森。

 四体並んだ敵に感じた違和感があった。

 あれは獣のような気質を持つと言われる物がとる行動にしては不自然だった。四体が横一直線に等間隔で並んだ様には……何らかの意図か計算があるとしか思えない。そもそも直線という概念は獣の本能には植え込まれていないだろう。各自が対象物と同じ距離をとろうとすればぐるりと取り囲むか、半円を描くものだ。

 そして、横一直線に並んだあの形にはちゃんと計算があった。

 真ん中の二体が先に攻撃を仕掛けて、それでも駄目なら左右の二体が後から攻撃するという。

 あれらが、そんな知性を備えているなんて考えられないことだからあれ以来思い出しもしなかった。


 それに。

 あの森に対して感じた違和感。もしくは嫌な気配。

 あれは今思えば、後でザイラが襲われた際に遭遇した「新しい敵」の気配だった。

 レンブラント隊長と会った時にはあの嫌な気配が消えていたから……きっと四体を始末した段階でどこぞに去った後だったのだろう。

 そしてあの後出現した最後の一体は、生来の自然発生したやつだったと考えるとしっくり来る。あれは動きが読みやすくて……変な言い方だけど対処しやすかったから安心したような気がする。


 でもそれなら。

 それらが今、全部繋がった、という……そういうことなら。


「でもそれを知っていて、これだけの騎士で太刀打ちするつもりなんですか?」


 絶対に無理だ。


 確かにある程度の「傭兵」の始末はできるだろう。でも、「傭兵」というからには一体や二体がやみくもに動き回っているわけではない。組織的に、集団で、戦いに、来るのだ。しかも今度はそれらを支配する更なる強敵をも相手にすることになる、ということだ。


 ぞく。

 体の芯が震える。


 きっと、都市の全戦力をもってしてもかないっこない。そこまでの敵を叩くにはおそらく、相当の数の連合軍が必要になるはず。

 そんなことに思い当たるとリョウの表情が一気に凍り付いた。


「ほらね。二級騎士だってそのくらいの想像はつくんですよ指揮官」

 ハヤトが指揮官を責めるような口調でそう言うと。

「……リョウ、すみません。我々もこの話は今日初めて聞いたんですよ」

 レンブラントがようやく口を開く。

 ……って、ええ!

「申し訳ないとは思っている。あまりに突拍子のない話だったので、元老院から口止めされていたのだ。そして表に出てきた敵だけに当面は対応するようにという指示を受けていた」

 あっけにとられているリョウに、うなだれた指揮官が言葉を絞り出した。

「元老院も半信半疑だったってことですよね。信憑性のない情報で民や軍を惑わすわけにはいきませんから」

 クリストフはそう言うと、励ますように指揮官の肩に手を置く。

「で、今日新しい情報が入って、それが真実だって分かっちゃったってわけ。今さら引き返すわけにもいかないからね」

「引き返すのもひとつの手だと思いますよ」

 すかさずレンブラントがハヤトに言葉を返す。でも硬い表情のまま。視線の先にはクリストフ。

 ああ、さっきのハヤト隊長とのやり取り。

 リョウは唇を噛み締める。

 こんなときに思い出したくはないけど、つまりはこういうことなのだろう。こういうときにどういう決断をするかが変わってしまう。


 騎士隊率いる指揮官としては、助けを求めてくる町のためにここまで来て引き返すことなどできないだろう。とはいえ、戦うということはこの場合確実な死を意味する。今から他の部隊を要請しても手遅れだろう。そもそも今すぐ連合軍を手配するなんていうことができるような体制は現在のどの都市にも整っていないはずだ。


 待っている者がいる立場と、そうでない立場。

 待っている者がいなければ騎士の生き方として潔く戦いを選べる。

 でもそうでないならば。

 ……下手したら仲間割れ。

 下手したら……違う! この空気! 既に仲間割れてる……?


「……で、何で私が呼ばれたんですか?」

 この空気をどうにかしなければ、と焦り出したリョウ、思いきってずっと感じていた疑問を指揮官にぶつけて話題を変えることを試みてみる。

 だって、そうなのだ。なんでこの一大事に新参者の、しかも二級騎士にこんな情報を漏らすのか分からない。

「ああ、そうだったな。ここからが本題なのだが。我々もさすがに今から敵の本陣を叩こうとは考えていない。だが、この先で『組織された傭兵』が暴れているのは事実だ。それを潰しにいこうと考えている」

「はぁ……」

 それだってだいぶ無茶な話だと思うんだけどな。だいたい組織されている傭兵って数としてはどのくらいなんだろうか。

「今日入った情報では、傭兵の数は多くて百体程度だそうだ」

「……程度……って」

 この人、正気だろうか。

 この騎士隊で百の傭兵を倒すつもり? 今までみたいにあてずっぽうに無秩序に動き回る敵を倒すにしたって、そんなに大群で現れるのを経験したことなんかない騎士が、明らかに背後にしっかりした意図があって、戦う目的をもって組織されている傭兵相手に戦うなんて!

 思わずリョウは指揮官を凝視する。

「だからリョウとレンブラント、なんでしょ」

 ハヤトが真顔でずい、と一歩前に出て迫ってくる。


 そういえば先ほども、彼、この「リョウとレンブラント」というフレーズを強調していなかっただろうか?


 そんなことにふと思い当たるリョウの目をしっかり捕らえたままハヤトが続ける。

「今入ってる情報では、あの傭兵の親玉は一体につき傭兵の十倍くらいはパワーがあるんだって。て、ことは傭兵百体は親玉十体分ってことでしょ」

「……何でそういう複雑な計算するんだよ……」

 ハヤトの話をクリストフが遮ろうとするがいかんせん弱々しい。

「はっきり言って君たち二人で、何体までなら倒せるの?」


 ぎく。

 そういうことか。


 なんとなく、話の本筋が見えてきたリョウは頭の中を整理しながら、先ほどからレンブラントが目を合わせようとしないこともあわせて考えてみる。

 どこまで話したかは定かではないが、先日の一件でリョウがかなりの強さを見せたことをここで皆に話したのだろう。

 もちろん、事態が事態なだけにそうした方が賢明だろう。

 自分の強さを公開されたことに関して隊長を恨む気なんかさらさらない。むしろ今まで黙っていてくれたことに感謝したいくらいだ。


「一旦、出てきた騎士を引かせるわけにはいかない以上、私を戦力として当てにしたい、つまり、先頭で戦ってほしいってことですか?」

 リョウが背筋を伸ばして指揮官と向かい合った。


「君には重すぎる荷であることは重々承知している。君は飽くまで二級騎士だ。それに、君の上司であるレンブラントが反対しているのだ。だから君にその義務はない」

 リョウがふとレンブラントの方を見る。

 今度は目が合った。放っておくと「断りなさい」と言い出しそうだ。

「義務はないんですね」

 指揮官をしっかり見据えて。

「ああ。ない」

 リョウの言葉を取り違えてがっくり肩を落とす指揮官に。

「では志願させていただきます。この先の地形図か何かありますか?」

 なぜだか、こういう雰囲気は好きだ。

 リョウは、ふふん、と笑って見せる。

 皆の思いはそれぞれだが、それでも。

 リョウは「やってやろうじゃないの」とふつふつと沸き上がる闘志を楽しんでいた。



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