騎士隊の人々
その後は少々慌ただしかった。
次々に集まってきた三つの部隊の一級騎士と二級騎士は200人は軽く越える。上級騎士は下級騎士より数が少ないので腕のたつ精鋭がこれだけいるということは騎士隊自体の規模はかなり大きな方だ。
各隊長から説明を受け、指揮官の指示のもとに都市を離れる準備が始まり、午後には出発となった。
皆が「ついに来たか」という顔をしていた。
向かうは南方。二日の道のりが想定された。
一定の区間内で小さな村が、いくつも襲われているという報告があり近くにある町から助けを求める伝令が来たのだという。
案の定、新しい敵に対する経験があるらしい、ということで西の都市からは第八部隊を含むこの駐屯所に所属する三つの部隊が行くことになったのだ。
もちろん、そのごたごたでリョウとレンブラントの話は完全に中断されたままだ。
「あのっ……! 最近こっちに来た、リョウさんですかっ?」
後ろから早足の馬の足音が聞こえてくると思ったら若い男の子の声がする。
「え……あ、はい」
リョウが振り向くと、満面の笑顔を浮かべた男の子が馬の歩調をハナに合わせながら隣にぴったりつけてくる。馬にまたがっているとはいえかなり長身なのが見てとれる。若いせいかひょろっとした体つきだが潔いと言っていいくらいに短く刈り込んだ短髪は騎士としての勢いを感じる。
「俺、シンっていいます! 二級騎士です。よろしく! 同じ第八部隊なんですよ」
「そうなの……。よろしく」
二級……見た感じ若いけど。おそらく今回召集されている部隊の中でも最年少ではないだろうか。
ふと、東の都市から自分を「護衛」してきたカイのことが頭をよぎる。
カイより若そう。なのにしっかりしている。満面の笑みには若さ特有のあどけなさはあるが、いい目をしている。どことなく最近の若者とは違うなにかを感じさせる、とリョウは思った。
「ずっとお目にかかりたいと思っていたんですよ! すごく強いんですってね! 噂では一級並みだって!」
「……!」
思わぬ発言にリョウはつい、言葉に詰まった。
「俺、早く昇級したいんです。一緒に戦って学ばせてください!」
満面の笑みはそのままにそんなことを言う。
「昇級……」
本来なら騎士として喜ばしい言葉だ。だけど第八部隊における昇級、しかも彼の場合は一級騎士になりたいというわけで……それってつまり。
「あ、俺、レンブラント隊長の下を離れる気はないですよ」
シンが急に声をひそめる。
「俺、隊長をすごく尊敬しているんです。だから一級になっても第八部隊です!」
いい子じゃないの!
リョウは思わず笑顔になる。
「やっぱりリョウさんもレンブラント隊長はいい人だと思いますよね? あの人、ほんとに凄いんですよ!」
シンは憧れるような視線を前方に送る。道幅一杯に並んで行軍する騎士達のせいで前方にいるはずの隊長の背中はさすがに見えないはずだが、その目を見るともしかして彼には見えているのかもしれない、なんて気がしてくる。そんな、目。
「へぇ。あなた、隊長が好きなのね」
なぜだかリョウも嬉しくなる。
「はい! だってあんなに凄い人っていないですよ! 下級騎士だった時は相当みんなから厄介者扱いされていたんですって。でもあっという間に昇級して、今じゃ隊長です! 自分が差別されて育ったのに部下には分け隔てなく接してくれるしカッコイイですよ!」
シンは矢継ぎ早にレンブラントのいいところをまくし立てる。さすがにこのまま続くのかと思うとリョウは少し恥ずかしくなってきた。
「……あんまり大層な誉めかたをするもんじゃないわよ」
不意に、前を行く騎士が振り返る。
リョウも先程から気になっていた数少なそうな女騎士だ。
振り返った顔を見るとリョウより少し若くも見える、結構な美人。
ゆるいウェーブのかかった金髪は背中の中程まで伸びており、騎士という立場でありながら女性らしく手入れがされているようで、艶やかな上とても綺麗に編み込まれている。そして青い瞳が印象的だ。
騎士は、三級騎士以外は鎧を身に付けない。それは戦う際の動きやすさを優先するためであって「敵」に対する攻撃と自らを守る防御の腕があるからこそできることでもある。
西の都市の騎士隊の隊服は青の上着。先程からリョウは前方のこの女性の見事な金髪を「青い服によく映えるなぁ」なんて思いながら見ていたのだ。
「見かけない顔だと思ったら、新入りさんなんですね。あたし、第七部隊のカレン。二級騎士よ」
シンが、話に水をさされてあからさまにムッとした顔をしている。
「どうも。第八部隊のリョウです」
「聞こえてたわ。一級並みなんでしょ?」
なんだかちょっと。
リョウはカチンとくる言い方をする子だな、と一瞬眉間にシワを寄せるが、ふと思い直す。
ここに来て、あまりにいい人ばかりに囲まれていたからすっかり忘れていたが、以前はこんな感じの人ばかりだった。
そして騎士というものは案外そんなものかもしれない。「誇り高い騎士」なんて言葉があるくらいなのだ。
皆、ある程度のプライドをもって騎士になる。そしてなってみれば、周りには同じような騎士ばかり。多少、他人を見下すくらいの強さがなければそれまで保ってきた自分を維持できない。そんな者もいるだろう。
「いえ、別に。私は飽くまで二級ですから」
にっこり。
まったく嫌みのない笑顔を浮かべてみる。
「ふーん……」
リョウの反応に拍子抜けしたのか、カレンは一度前に向き直り、それから再び振り返る。
「ま、そちらの隊長さんの評判は賛否両論なのが実情よ。あんな生い立ちじゃあ仕方ないと思うけど。うちの隊の一級騎士はそちらから移動してきた人が多いのよね」
なるほど。そうかもしれない。
隊の移動といってもなるべくなら住まいを移動するほど大がかりなことはしたくないだろう。同じ駐屯所内での移動、ということになればうちの隊長とクリストフは仲が良さそうだしその間柄でクリストフが第八部隊から移動する者を喜んで受け入れるとは考えにくい。
そんなことをリョウが考えていると。
「でも、生い立ちなんて自分ではどうしようもないことじゃないですか。隊長はいい人ですよ!」
シン……言いたいことは分かるんだけど、どうにも説得力に欠ける言い方だ。
「どうかしら。一級試験にも気に入った人にしか合格つけないって噂よ? ほんとは性格悪いんじゃない?」
「……へぇ、そうなの?」
リョウには意外な言葉だったので思わず聞き返してしまう。
「そんなことないですよっ! 隊長はいい人ですっ!」
……シン。その辺でもうやめておこうか……。
なんだか小さい子が父親自慢をしているようでリョウは恥ずかしくなってきていた。
「ほんとよ。うちの隊に移動したくて試験を受けていてもなかなか合格点が出ないって、うちの隊長に泣きついてくる二級騎士、結構いるんだから」
「それは腕がないだけの話じゃないですか」
シンはやっぱり食い下がる。
リョウは、そんなこと言って該当する騎士が周りにいたらどうするんだとハラハラする。
「そうでもないわよ。見りゃ分かるわ」
むきになるシンの相手をするのがさすがに嫌になったのか、カレンはそう言うと前を向き、そのまま振り返らなかった。
「……そんなこと、絶対、ないですよ」
シンが、リョウにだけ聞こえるようにこっそりと呟く。
「そうね。私もあの隊長がそんな姑息なことをする人だとは思わないわよ」
リョウはくすくすと、つい笑いを漏らしてしまう。
微笑ましいなぁ。こんなに部下に慕われるなんて。
カレンの言うことも気にならないわけではないが、きっと隊長のことだ、何かちゃんとした理由があるのだろうし。
「ねぇねぇ、リョウ。あなたザイラと仲がいいんでしょ?」
暗がりの中、カレンがこっそり近づいてくる。
夕方まで行軍し、夜営をすることになり。夜も更けて来た頃にしばらく見なかったカレンの声でリョウが顔をあげる。
「ああ、カレン。どうしたの?」
とりあえず答える。
「うふふ。だってさっきの少年、威勢が良すぎて話してるこっちが恥ずかしくなっちゃうんだもん。静かになるのを待ってたの」
ばちん。とウィンクして見せる。
周りで炊いている篝火に映し出されるそれはなかなか綺麗だった。
シン。確かに、分からなくもない。悪い子ではなさそうだけど。
そう思いながら、リョウはさっきまで隣で隊長自慢をしていたシンに目を向ける。
シンは、というと篝火の明かりが少し影になっている岩の影でしっかり眠り込んでいる。夜営の間は一級騎士が交代で見張りをするということで二級騎士は休んで良いと言われているのだ。
このやり方もここならではかもしれない。
上級騎士の戦力を維持するために、普通見張りなんかの雑用は数の多い下級騎士がすることなのだ。なのにそもそも今回は三級騎士は連れてきていない。
シンの話によると特に戦力にならないと判断されている三級騎士は西の都市では滅多に召集がかからないそう。だから三級騎士になったとしてもきちんと二級以上を目指す心構えがなければ解雇されることもあり、いい加減な気持ちで働く者は少ないそうだ。
そして、一級騎士が余分な仕事をする。
力があるゆえに余分の荷を負う責任がある。
そういう考え方は非常に合理的だ。それで不満の声が上がらないのが不思議なくらい。
「……ザイラを知っているの?」
意外な名前が出たので、リョウも気になって聞き直す。
リョウはほぼ毎日ザイラのお見舞いにいっていたはずだがこんな美人がお見舞いに来たのを見た記憶はない。
「お友達って訳じゃ、ないんだけどね」
……?
なぜか言いにくそうに小声になるカレン。
……そうね。なんとなくザイラとカレンは全くタイプが違うように思えるし、仲良くなるタイプには見えない。
と、リョウも思った。
「……あの子、クリストフ隊長と結婚したでしょ? ……だから、その……どんな風なのか、知ってるかな、と思って……」
「……は?」
「いや……だからぁ……騎士隊の隊長さんと結婚するというのはぁ……」
「……?」
昼間ははっきり物を言う人だと思っていたのだが、どうしてこうも要領を得ない話し方をするのかとリョウは首をかしげ、ついでにまじまじと、隣にぴったりくっついてきたカレンの顔を覗き込んでみる。
と。どうやらだいぶ赤面しているようだ。
そして、リョウにはその意味が分からない。
「あー、あのね。うちの駐屯所では隊長といえば三人しかいないわけよ。でぇ……クリストフ隊長だけが既婚者でしょ? 他の駐屯所の隊長さん達の家庭の事情なんてよくわからないけど……これだけ近くにそういう人がいるということは……そのぅ……参考になるかな、と思ってぇ……」
「え? ……何の参考……?」
「もーう! やだなぁ! だから隊長たる者を射止めるにはどうしたらいいかってことよっ! ……きゃあ! 言っちゃったぁ」
……なんだこのオトメは。
リョウは隣で足をばたつかせながら自分にしなだれかかってくるカレンに正直、戸惑う。
なんとなく、理解はできた。
つまり、片想い中な訳だ。で、お相手はどこかの隊長さん。
「それ……私に聞かなくても……本人に聞いたらいいじゃない……」
「あら、だってあたし、あの子とは気が合いそうな気がしないんだもん」
そーですか。
「まぁ……誰を射止めるにしたって自分らしくあって素のままを見てもらうのが一番なんじゃない?」
他に何を言えというのだ。
……それに。
「私たちに何かご用ですか?」
さっきから背後で人の気配がしていた。
リョウは自分が新参者だから、物珍しくて見に来た人がいるんだろう、くらいに思っていたのだがカレンの話の内容が理解できたところで立ち聞きされているのはなんだかかわいそうになってきて、いい加減声を掛けてみる。
「ああ、ごめん。なんか随分と盛り上がっているから声を掛けにくくて」
暗がりから出てきたのは第七部隊隊長のハヤトだった。
「お取り込み中申し訳ないんだけどねカレン。ちょっとリョウを借りていってもいいかな?」
「あ……私、ですか?」
自分の部下を呼びに来た訳じゃなかったのか。
そんなことを思いながら、一言も言葉を発しないカレンに目をやると。
「……」
これは、何が起きているんだ?
一瞬、リョウの頭が混乱する。
カレンはというと、膝を抱えるようにして座っていた体勢のまま、完全に顔を膝と腕の中に入れ込んで固まっている。……まさかの寝たふり……でもなそう。肩のところからちらりと見える耳が真っ赤、である。で、ハヤトの登場によりこうなったということは……。
はい、御愁傷様。
本命君に話を聞かれちゃったってことですか。
「……じゃあ、ね」
気の毒だけど仕方ない。特に何を気にするという風でもないハヤトに手招きされたのでリョウはそそくさと立ち上がり、彼のあとについていく。
「ハヤト隊長……あれ、放っておいていいんですか?」
ちらっ、と、カレンの方を見ながらハヤトに声を掛ける。
「ああ、気にしないで。いつものことだから」
「……いつも……」
「別に俺はどうってことないんだけどね。なんかやたらと慕われているみたいで」
うわ。本人に気付かれているのか。でもこの隊長さん……嫌そうではないよね?
リョウがそんなことをふと思っていると。
「で、付き合ってあげないんですか? とか聞かないの?」
こちらを見もせずにそんな言葉が飛んでくる。
「……別に私には関係ないですから」
そりゃ、リョウだってちょっとは聞いてみたい気もするが、そいうのは本人の問題だ、ということくらいわかる。
「へえ。その辺わきまえているんだね。えらいえらい」
「……」
何の抑揚もなくそんな風に言われてリョウは、バカにされているのだろうかと、ちょっとムッとする。
「あんな子だからね、結構隊内では知れ渡っちゃってて、俺も色々言われるんだ」
「迷惑してそうには見えませんけど」
「迷惑はしていないよ。あんな綺麗な子に慕われるのって気分いいし。ただ……妻帯者の悪口言う気はないけど、戦に出る身であえて弱味を作る気はないってだけ」
ああ、そうか。
リョウもちょっと納得する。
考えてみれば、誰かと所帯を持つというのはそういうことだ。いつどこで死ぬかわからない身で、愛する人と添い遂げるというのは単なる口約束にしかならない。そんな時代なのだ。
そして、愛する者のために死を恐れるようになったら戦士としては致命的だろう。戦場で死を恐れたら戦えない。
そういうことを言いたいのだろう、と思った。
でも、リョウにとって、ザイラとクリストフのようなあり方も否定できない。
なので。
「誰かのために何がなんでも生き抜いてやろう、という思いは強さになりませんかね……?」
なんて言ってみる。きれいごとかも知れないけど。
そう思ってハヤトの方にリョウが視線を向けると。
「……君みたいな戦い方しててもそういうこと言えるんだね」
ゆっくり立ち止まったハヤトがこちらを振り向いてちょっと目を見開いている。
「……はい?」
リョウが思わず聞き返すと。
「君の戦い方は無鉄砲だって評判だけど」
冷めた目でハヤトが補足した。
……評判……って……。
リョウが一瞬言葉に詰まってから。
「あー、だって私、守らなきゃいけないもの、何も抱えてませんから。そういうものがあればもう少し精進して強くなろうって思いますよ、きっと」
なんて答えてみる。
「……ふーん。……君って本当に……強いんだね」
少し間をおいて今度はハヤトが意外そうにまじまじとリョウを見つめてきた。
……あれ? そういうことになるのか?
ちょっと首をかしげて考え込むリョウにハヤトは「さて、と」なんて仕切り直すように声をかけ、たどり着いたテントの入り口を開く。中に入れ、ということらしい。
促されるままに中に入るとレンブラント、クリストフ、そして指揮官。