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決意へ

 広い医務室。

 数あるベッドの中で、只今使用中のたったひとつのベッドは賑わっていた。


 なにしろ使っているのが相変わらず底抜けに明るいザイラなので。

 ちょっと話しては笑い声が起こる、そんな感じ。

 意気消沈していたラウはあっという間に元気になり、娘のためにと毎日のように食べ物を持ってくる。

 クリストフはそんなラウを見て、いつもの調子を取り戻し、底抜けに明るいとはいえ体に包帯を巻き付けている妻をかいがいしく世話していた。


 リョウも毎日のようにここに来ていた。

 なにしろ今までは毎日のようにザイラがリョウの部屋に来ていたのだ。ひとりでいると居ても立ってもいられなくなる。


 そして、ここに来るようになって、リョウは再確認したことがあった。

 やはりザイラは人気者なのだ。

 本当にいろんな人がお見舞いに来る。あちこちの隊の騎士たち、近所の人、指揮官や都市の司も顔を出した。

 あまりにいろんな人が来るのでラウは落ち着かなくなり、一週間もすると来てもすぐに帰ってしまうようになった。

 そして二週間経つ頃には初めは次々と訪ねてきていた見舞い客も一段落して、ちょっと前までよく食堂に通っていたお馴染みの三人に落ち着いていた。


 そしてもう一人。

「で? なんで今頃来るんだレン。しかも手ぶらで」

 クリストフが久しぶりに現れた見舞い客に分かりやすい嫌みを言う。

「いや、だって、ここにはどうせ物があり余るほど届くでしょう。むしろ何かもらって帰った方がいいのではないかと思って」

「いい読みねぇ!」

 堂々と言ってのけるレンブラントにザイラがけらけら笑う。

「それに、このくらい経ってから来ないと見舞い客が多すぎて君の奥方には近づけないでしょう?」

 レンブラントがさらにおどけるような調子で両手を広げて肩をすくめてみせる。

 確かにその通り! とザイラが再び盛大に笑いだし、つられてみんなが笑う。


 なんて居心地のいい人達なんだろう。

 リョウはぼんやりとそんなことを考える。

 本当に人っていいものだ。あ、いや。この表現はちょっと違う。「本当に友達っていいものだ」と言うべきなんだろうな。「友達」なんて言葉には正直、今まで縁がなかったように思える。なので目の前にいる人達をそんな風に呼ぶことにさえ引け目を感じる。

 でも、この人達は自分を受け入れてくれる。自分がどんな者かすべてを知っているわけではないにしても……いや、知らないからこそなのかもしれないが。

 ふと、そこまで考えて思考を強制的に停止させる。


 やめておこう。今のところは。

 こういうことを考え出すと「今」をさえ楽しめなくなる。楽しそうに笑う三人を見ているだけで今は幸せなのだ。


「それにしても、なんでも投げつけるっていうのはいかがなもんかねぇ」

 クリストフが腕を組んで、わざとらしく考え込むように言う。

「何の話ですか」

 レンブラントが眉を寄せ、畳み掛けるようにクリストフが続ける。

「リョウの話じゃ、彼女が初めてレンに会った時は銀の矢だろ? こないだは剣を投げつけたそうじゃない。どっちにしてもなかなか飛んでくるとは予想できないもんばっかりだよな」

 確かに。

 つい、リョウも吹き出す。

「そうよねぇ! 考えてみたら銀の矢の射手なんてそういるもんじゃないし、まして剣を投げつけるなんてねぇ!」

 ザイラがそう言って再び笑い出す。

「仕方がないでしょう! 矢も弓もいつも持ち歩いているわけではないんですから。……それにあの矢を射るのに慣れていれば至近距離で剣を投げる方が楽なんですよ」

 なるほど。

 誰ともなくそんな相づちがでる。確かにあの矢を遠くまで正確に飛ばすだけの技術があれば、剣を的を外さずに投げつけるのは容易いのかも知れなかった。あれが至近距離だったかは別として。

「リョウ、気を付けろよ。二度あることは三度、っていうから。今度は馬でも飛んでくるかもしれない……」

 ぶくく、と笑いながらクリストフが言う。

「そうね……それは大変だわ」

 リョウも、ちょっと真顔になって眉を寄せてみる。

「……まったく。君までそんなことを言うんですか。友達は選ばないと悪い影響を受けますよ」

 ふてくされたようなレンブラントにさらに笑いが起こった。


「あ、でもレン、剣は新調できたのね?」

 ザイラがちょっと身を起こしてレンブラントの腰に目をやる。そこには前の物とよく似た新しい剣がある。

「ええ、先ほど出来上がってきたんですよ。さすがにまったく同じものとなると時間がかかって……」

 レンブラントは、そこまで言うとなぜか急に口をつぐんだ。

「ああ、レンは剣を大事にしていたからな。司殿から貰ったやつだったろ?」

 レンブラントが急に言葉を途切れさせたことにまったく気付く様子もなくクリストフが続ける。

「え、ええ、まぁ、そういうことです……ああ、すみません。ちょっと急用を思い出したので僕はこの辺で」

 ついにレンブラントが席を立った。

 じゃあ今度来るときはなんか持ってこいよ。なんて声を掛けるクリストフはレンブラントのちょっとした異変に気付いてはいないようだ。

 ザイラもあっけらかんと「またねぇ」なんて声を掛ける。

 そりゃそうだろう。

 リョウは「じゃあ私もそろそろ」なんて言い残してさりげなくレンブラントの後を追い、これは一言言わなければ、と少し焦っていた。


 そりゃそう、なのだ。

 あの二人はレンブラントの剣が真っ二つになった本当の理由を知らない。

 あれは、私が意図的にやったも同然だ。しかもそんなに大事なものだったとは。

 だから剣が仕上がるまでお見舞いにも来なかったのか。

 剣を持たずに二人の前に姿を見せたら十中八九その話になる。そして、そんなに大切なものなら二人は盛大に慰めるだろう。剣を叩き切った本人の前で。


「あのっ……! 隊長!」

 すたすたと廊下を歩いていくレンブラントの背中にリョウが声を掛ける。

 この距離だ。後ろからついてきていることに気づかないはずがない。

 なのに歩く速度を落とす気配がないレンブラントにリョウは、確実に読みは当たっていると確信を得た。

 で、あるならば。なおさら一言謝らなければ。

「隊長ってば……!」

 歩く速度が心なしか上がってきたレンブラントを逃がしてなるものかとリョウはきっちり走って追い掛けて、彼の前に回り込む。

「逃げることはないと思いますけど」

 そう言ってレンブラントの顔を見上げて。


 え……?

 リョウがちょっと面食らう。

 なんで、赤面しているんだ? この人。

 後ろで束ねた髪のせいで耳まで赤くなっているのがわかる。

「あ……いや……逃げているわけでは……」

 とかなんとか。もごもごと口の中で言うレンブラントを見て。

「もしかして、照れていらっしゃる?」

 さりげなく気を遣ったのがばれてしまったから?

 そんな思いを見透かす一言を言ってしまってから、リョウも若干後悔する。

 今はそんな意地悪をするタイミングではなかった。

「駄目ですねぇ……君に見透かされるなんて」

 視線を泳がせながら肩を落とすレンブラントに。

「いえ、そうではなくて。……本当に! 申し訳ありませんでした!」

 気を取り直してきっぱりはっきり頭を下げる。

「そんなに大事なものだったなんて気付かなかった私が悪いです! 気付かないにしても騎士にとってそもそも大事な剣ですからきちんとお詫びをするべきでした!」

「ああ、リョウ……いいんですよ……参ったな……頭をあげてください。本当に大丈夫なんです」

 どうやら本当に困っていそうな声が降ってくるのでリョウはそろそろと頭をあげてみる。

 見れば赤面していた顔はすっかり元通りになっていて目の前にいるのは単に困惑しているだけっていう隊長だ。


 リョウが、顔をあげたのでレンブラントは一安心、といった風に息をつく。

「あの剣は、僕がこの都市に来たときに今の都市の司殿が作ってくれたものだったんですよ。当時彼は騎士隊の隊長をしていてね、僕が立派な騎士になることを条件に身元引き受け人になってくれたんです。その約束の印にと彼の家に伝わるこの石を入れてくれました」

 いとおしむように、レンブラントが新しい剣にはめ込まれた古い石を撫でる。剣は新調されたが石は前の剣についていたものだ。

「これ、ちょっといびつな形をしているでしょう?」

 レンブラントが剣の柄にはめ込まれた石をリョウの方に向ける。

 そういえば、雫型に見える青い石は特に表面にカットが施されているわけではないのに微妙な形をしている。よく見るともともと大きな楕円形だった石を無理やり中ほどで斜めに割ったような形だ。割れた面が一見表面に施されたカットのようにも見えるがそれに規則性はなく割れた面だということがわかる。

「あの人はね、家に伝わる石は自分が受け継ぐ物なのにそれを半分僕にくれたんですよ。『君は今日から私の身内になるんだから』と。だから僕はあの人のために騎士になったんです……まぁ、昔の話ですけどね」

 そうだったのか。

 リョウはレンブラントの強さと柔らかさがどこに根差していたのか、少しわかったような気がした。


 ……あれ?

 であるならば。これってやっぱり……!


「……そんなに大事なものを、私……!」

 リョウは今度こそますます顔があげられなくなってしまう。更に自分でも血の気が引くのがわかる。

 これ、物凄くとんでもないことをしたのではないだろうか……。

「いや……だから大丈夫ですよ。ああ、ほら石も無事でしたし。そもそもあの場で大切なのは剣じゃなくてあなたの方でしたし……そんなに深刻にならないでください」

 レンブラントはリョウの様子に取り乱し始め、リョウの耳にはその台詞一つ一つが入ってくる余裕がもはやなくなっている。

「すみません……」

 他に何の言葉も思い付かずリョウが、うつ向いたまま呟く。

「……そこまで言われるとさすがに恐縮ですが……」

 ふと、レンブラントの声の調子が変わる。

 ほんの少し余裕のある響きにリョウが顔をあげると、柔らかく微笑むレンブラントと目が合う。

「そんなに負い目を感じてくださるのでしたら、この機にあなたの話も聞かせてもらえますかね?」

 ……!

 リョウの目が点になったのは言うまでもない。


 とはいえ。

 こんな話を聞いたあとでもあり、リョウの中で鍵を掛けたかのように閉じ込めていた自身の過去はゆるゆると思いの中に広がり始めていた。

 もしかしたら、この人なら、話してもいいのかもしれない。なんて錯覚のような感覚に陥る。

 受け止めてもらえるのだろうか。

 いや、受け止めてもらえないとしても。

 このまま隠し通すのは、それはそれで裏切りのような気がする。

 こんなに真っ直ぐに生きている人を裏切るのは、嫌だな。

 そう思う。

 ならば、話してしまおうか。ショックを与えない程度に。怖がらせない程度に。

 何をどこまで話すかを頭の中で整理して。


「……そう、ですね……」

 しばらくの沈黙のあと、宙をさ迷っていたリョウの視線がレンブラントの方に向き、笑顔とは到底言えないような、口角を無理やり上げただけのようなそんな表情を作った時。


 バタバタと誰かが走ってくる音が聞こえた。


「っと、ああ、レンブラント! ここにいたんだ!」

 通りすぎかけてピタリと止まったのは。

「ハヤト?」

 リョウが前に見た時とはかなり違って、慌てた様子の第七部隊隊長だ。どこから走っていたのかかなり息を切らしている。

「ここの全部隊に召集がかかったよ。今二人を呼びにいくところだったんだ」

「召集……」

 レンブラントの顔色がさっと変わる。

「レンブラントはいいとして、あとはクリストフか。彼、医務室だよね?」

 そう言って再び走り出しかけて。

「……ああ、君、リョウだっけ?今回の召集は二級騎士以上だから君も急いだ方がいいよ」

 召集。

 それはつまり、敵の本格的な襲来が確認され、実戦に備えるということだ。




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