ステーキを食べに行く男
浦田はある日どうしてもステーキが食べたくなった。しかしあまり金もないので、近所の手頃なレストランで少し安めのステーキを食べることにした。さっそく準備をして徒歩十分ほどのところにある、レストラン「バルーン」に向かった。
時間は午後二時頃で少しピークを外したのでレストランの中は割合空いていた。浦田は店内にはいるとウェイターに案内されるがまま窓際の席に着いた。そして水を運んできたウェイトレスにすでにメニューは決まっているのでステーキをくれと頼んだ。
「ステーキを200gほどくれないか? 焼き方はミディアムでいいよ」
「はい、かしこまりました。ステーキで焼き方はミディアムですね。お飲み物は何にしますか?」
「そうだなコーラでいいや。ここのステーキは旨いのかい?」
「はい、近所では大変評判ですよ。ステーキ専門店でもないのに美味しいって。柔らかくてジューシーなんですよ」
「へー。それは楽しみだな。どのくらいでできるんだい?」
「20分くらいでできると思いますけど」
「まあ、待ってるよ。とにかくステーキが食べたくて仕方がないんだ。分かるかい? そういう時ってたまにないかい?」
「あ、ええ、まあ分かりますけど」
「分かってくれるかい? それじゃあ早く頼むよ」
ウェイトレスはメニューをもってそそくさと去っていった。
浦田はあたりを見渡してとりあえず水を飲んだ。しばらくするとコーラが運ばれてきたので今度はコーラを飲み干した。
ちょうど20分ほど待った頃、ジューっという音とともにウェイターがステーキを運んできた。
「お待たせしました。ステーキです」
「おお、これがここのステーキか。美味しそうじゃないか。んっでもこの上に乗ってるのは何だい?」
「カニの切り身です」
「カニの切り身? なんでそんなものをのせるんだい?」
「それはシェフのセンスですので……」
「ちょっと待ってくれ、確かにステーキはいい。見た目からして美味そうだ。しかしカニの切り身は余計じゃないか? 竜頭蛇尾っていうのか?いや違うか。とにかくこれはいらないじゃんないか?」
「どうしてですか? カニと肉の共演ですよ。とても美味しそうじゃないですか」
「そんなわけあるか! 肉は肉で楽しみたいんだよ。カニも確かに旨い。しかしそれはそれぞれで楽しむから旨いんであって。一緒に食べて旨いもんじゃないだろ? 君もそう思わないか?」
「いえ、私にはなんとも。私はシェフの料理を運ぶだけですので」
「ちょっと待て、君はバイトか? それでもそんな無責任なことでいいのか? 料理に責任を持つのはシェフもウェイターも一緒じゃないのか? もういいシェフを呼んでくれ。俺が直々に問いただす」
「しかし、そう言われましてもシェフは今忙しいですので」
「そんな事は分かっているんだよ。しっかりした説明が欲しいんだよ。どうしてステーキの上にカニの切り身を乗せたのか? 普通の感性じゃないだろ。どう考えてもイカれてる。そのくらいこの俺にも分かる」
「シェフはきちんとしたホテルで修行を積んだ名シェフですよ。大丈夫だと思いますけど」
「関係ない。俺のほうが正しい」
「とりあえず、召し上がってからにしてみてはどうですか? その頃にはシェフも手が空くだろうと思いますので」
「まあいい。腹減ってるしな」
そう言うと、浦田はナイフとフォークを持ってカニの切り身の乗ったステーキを食べ始めた。ウェイターは呆れた顔をして下がっていった。
食べてみると案の定ステーキとカニのマッチングはイマイチで浦田はカニの切り身を皿の端に押しのけてステーキだけを食べた。ステーキの味は悪くなく。浦田はなんでこんな意味不明なことをするのかと甚だ不満を露わにした。
「これでいくらだっけか?1500円か。まあまあかな」
そう呟きながらバッグから財布を取り出して金の確認をしてみたところ、財布には300円しか入ってなかった。浦田は青ざめて、どうすべきか考えた。そこで柿白に金を持ってきてもらうことにした。
「もしもし柿白か? おれか浦田だ。実はレストランにきてるんだけど、金を忘れてきて困ってるんだ。金持ってきてくれないか?え、何面倒くさい? 友人が困ってるんだぞ? 何とかしてくれよ。おい……」
電話は切れて音信不通となった。しかたがないので浦田は黙々とステーキを喰い終えるとレジに行って事情を話した。
「悪い。金を忘れたんだ。300円しか持ってきてない」
「あ、お気になさらないで下さい。今日はステーキが無料なんです」
「なんだって? ステーキが無料? そんな日があるのか?」
「ええ、今日は月に一回のステーキ無料の日です」
「ちょっと待ってくれそんなのでこの店はやっていけるのか?」
「それは私には分かりません。バイトですので」
「とりあえず助かったよ。実は金を忘れてね」
「そうですか。それは良かったですね」
「コーラ代だけ払えばいいんだな」
「そうですね。250円です」
「それならあるよ。ほら300円」
「はい50円のお釣りです。またのお越しを」
浦田は運が良かった良かったと帰途に着いた。