冷血の朝
氷のように冷たい女性だった。澄んでいて、研がれていて、近寄れば新しい傷口の開くような。
彼女と初めて出会ったのは、避暑地と呼ばれるここである。彼女と彼女の家族が、夏期に訪れる別荘の、臨時の使用人として私は奉公に出されていた。
雇われた使用人たちの中でも、年端の行かぬ私を、彼女はたいそう気に入り、よく用を頼んだ。
朝の散歩に付いてくること。彼女は低血圧なので、寝起きは機嫌が悪いらしく、朝は笑顔の一つも見せることはない。
水はキンキンに冷やすこと。彼女は冷たい飲み物を好んだ。夏であるから当然ではある。
胡瓜を食卓に必ず並べること。何の栄養価もないが、体を冷やすそれを、彼女は好きだと言っていた。
子供の頃の私は思った。恐らく彼女は冷血なのだ。血が凍っているから、それを保つためにいつも冷やしているのだと。
彼女は毎年やってきた。成長するにつれて、彼女が名家の御令嬢であること、自分とは身分が違うことなどがわかってくる。残念だと思うことはなかった。彼女は冷血だから、人と情を通わせることなどないのだ。
あれは、彼女と最後に会った夏だった。彼女は私の成長と声変わりにも興味はなく、別荘での日課である朝の散歩を、楽しむことなくこなしていた。
「私は世界のどこらへんにいるのかしら。今、私を取り巻く世界はどのようになっているのかしら」
彼女は私に聞いた。木漏れ日に映える、ゆらぎのある音声だった。
「わかりません」
私は彼女の質問の意図がわからず、気の利いたセリフの一つも持ち合わせていなかった。あなたは日本のどこどこにいて、もうじき知らない男と結婚するとは言いたくなかった。運命を肯定するには、彼女はあまりに冷たかった。
「じゃあ、あなたも私と同じね。みんなそうなのかしら?」
彼女が朝に笑っていたのを見たのは、これが最初で最後であったように思う。
それから、彼女が別荘に訪れることはなくなった。
数年後、彼女が死んだと風の噂で聞いた。自殺だったそうである。私には信じられなかった。冷血なる彼女が、己の生を持て余すことが。何らかの熱を持って、冷血の生を終わらせたことが。彼女が人間であったことが。
私は思う。もし、あの夏の日々の中で、彼女がほんの少し、その熱情を私に傾けてくれたなら、きっと私はそれに答えていたであろうと。心を返していたであろうと。冷血にも、功利主義的にも、そう思うのである。




