Prologue
午前12時30分、来るはずのない電車はガタゴトと音を立てながらホームにやってきた。 彼女の目の前でぴたりと止まると、そのドアは自ら開かれたので、転ばないようにゆっくりと電車に乗って、向かいの一番端の席にちょこんと座る。 誰も降りず、一人だけをのせた電車は、またガタゴトと音を立てて動き出した。
ぽつぽつと光る星たち。 それを取り巻くかのように広がる漆黒の空は、まるで彼女の今の心を映しているかのようだ。
艶めいている黒のロングヘアーに、整った顔立ち、ベージュのロングコートに合わせた黒のロングブーツは、彼女のお気に入りである。
姫美乃蘭、16歳。 彼女は今日、10年ぶりにある人と会う。そのある人とは、蘭自身も誰だかわからない。 その人は蘭を知っているらしいが、蘭の記憶にはひとかけらも存在しない様なのだ。
ならば、なぜ会う必要があるのか? それは、1週間前の出来事。
「あれ……なにこれ」
彼女の家に届いた手紙は住所も切っても送り主の名前もなく、ただ彼女の名前だけ。 そして右下に紫色のアネモネの花の絵がうっすらとあしらわれた便箋だった。
送り主の名前ならまだしも、住所と切手がなくてどうやって届けられたのだろう。 直接投函されたのだろうか。 真っ暗な家に次々と明かりを灯しながら、蘭は思考を巡らせる。 自分の部屋についたとき、答えは出された。
「開けてみなきゃ、何もわからない」
ピンク色の布団がかぶせられたベットに座り、じっと手紙を見る。 さわらぬ神に祟りなし。 怪しいものには関わらないほうがいいとわかっていながらも、好奇心がそれを許さない。 決心した蘭は、封筒から手紙を取り出した。
“約束の時だよ、蘭。
1週間後の午前12時30分の電車に乗って。
君が消えてしまう前に。 待ってるから。”
わけがわからなかった。 『約束の時』? 『君が消えてしまう』? なぜこんなものが私のもとに届いたのだろう? それにこの辺の電車は12時以降に走るはずがない。 そして、結局この送り主は誰だ?
様々な憶測が自分の中で飛び交っている。 いよいよ思考がぐちゃぐちゃになってきたその時、封筒から1枚の小さい紙がはらりと落ちた。
“はなぞの行切符”
はなぞの駅なんて聞いたことがない。 普通の人ならば、ここで怪しんで終えてしまうだろう。 しかし、蘭は違った。
両親なら単身赴任でずっと家にいない、学校は長期の休みだ。 高校生である蘭には、実に好都合である。
「行かなきゃ……」
電車に揺られている中、私はおかしなことに気が付いた。 静かすぎるのだ。
人は誰もいない、乗客は私だけ。 車内アナウンスさえも流れてこない。 まさか、はなぞの駅まで一直線なのだろうか。
終電を過ぎた時点で来た電車が、既に怪しいものだとは薄々分かっていた。 でもいざとなるとやはり、怖い。
「おねーちゃんっ!」
「ひっ!?」
突然前から聞こえてきた声にびっくりして、私は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。 そこにいたのは、年端もいかない小さな女の子だった。赤い花のついたカチューシャが、よく似合う。
「お……お嬢ちゃん? 私はあなたのお姉ちゃんじゃないよ? それにあなた、どこから来たの?」
私は目の前の少女に問いかける。
「……ケイがいってたとおり、わすれちゃってるんだ。 あたしのことも、みんなのことも」
少女はそう言って、しょんぼりとした表情を見せた。
「えっと……私、あなたに会ったことがあるのかな? あと……ケイって?」
「……」
少しの沈黙が続く。 時間がたった後、少女はカチューシャについている花のように、にっこりと笑った。
「まあいいや! ケイにあったらきっとケイがぜーんぶおしえてくれるよ! ぜんぶおもいだしたらまた
あそぼうね、おねーちゃん!」
そういうと少女の周りに光が現れ、その体を包み込む。 光が消えるころには、少女の体もなくなっていた。
『ねえ、×××。 私××になりたい』
『なにいってるの!? ××××なんかになってどうするの!?』
『知りたいんだ、××のこと、××の××のこと。 私が見る××の××は、本当にに楽しそうだから』
『……どうしてもなりたいのかい? ××に』
『あ、××! ××を止めてあげて!』
『止める必要はないよ。 探究心っていうのは誰かの制止なんかじゃ抑えられないんだ。 ××、僕が君の願いを叶える魔法をかけてあげるよ』
『本当に!?』
『ああ。 ただし、いつまでもいられるわけじゃない。 時が来る前にここへ戻ってこないと、君は影になって永遠に闇を彷徨うことになる。 だから、僕が今から言う時間までに戻ってくること……わかったね?』
「……あれ」
私の耳に、再び電車の音が聞こえる。 どうやら眠っていたようだ。
「……どこか懐かしい夢だったな。 なんでだろう?」
夢に出てきたのはさっきの女の子と、知らない女の子と、もう1人。 金髪の長い髪を後ろで束ね、白のワイシャツに黒のズボンを履いた、魔法使いの男の人。
見たことはない。 けど、どこかであったことなかったっけ? あの手紙を受け取ってから、おかしな記憶ばかり浮かんでくる。 それが何かもわからない、得体のしれない記憶が。
それにしても、随分と時間が経っているのに、一向に駅につかない。 それどころか空の星々もだんだん消え、街灯や建物もなくなってきて、今はもう電車のヘッドライトの明かり以外、何もない。 電車を動かしているはずの、電線さえも。
“―――――本日は当列車にご乗車いただき、誠にありがとうございます。”
「アナウンス……ようやく流れた」
“当列車は、はなぞの駅直行となっております。 片道列車ですので、往復は致しません”
耳を疑うアナウンスだった。 戻れない……? このアナウンスは何を言っているんだ。 私は姫美乃蘭、16歳、普通の高校生なんだ。 お父さんもお母さんもちゃんといる。 学校にだって通っている。なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!!!!!
“どうぞご了承くださいますよう、お願い申し上げます。 ……蘭様”
「は……?」
どうしてアナウンスの人が、私の名前を知ってるの? もうなにがなんだかわからない。 そんな中でずっと流れてくる、誰かの声。
『蘭。 もうすぐだよ。 早くおいで』
男の人の声。 優しく、どこか懐かしい声。 さっきの夢に出てきた人の声。
「もうわかんない……一体なんなのよおっ!!」
そう私が叫んだ、その時だった。 1枚の白い花びらが、私の膝に舞い降りた。 可愛らしい、胡蝶蘭の花が。
『ケイ 私約束ちゃんと守るよ』
『僕もだよ』
私の中の何かが切れたような気がした。 次々に流れてくる全ての記憶。
ケイ、リツカ、皆、花、紫、アネモネ、バラ、ラン、約束……。 すべて思い出した。 今までの不思議な出来事が何のせいなのか、電車はどこに向かっているのか、……私が何者なのか。
“ご乗車ありがとうございました。 間もなく、はなぞの駅に到着いたします”
「そうか……そういうことか」
私は、その花びらを……
彼女は決心した様ですね。 果たしてどの結末を呼び起こすのか……。 その選択は、あなたに委ねましょうか。
あなたなら次の行動……どうしますか?
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