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「投降の意思はあるか?」


 くぐもった若い男の声が白銀の鎧から漏れる。

 滑らかな曲線を描く鎧、意匠をこらしたデザインの兜、甲冑の肩からかかるサーコート、腰には幅広の両手剣が吊られている。

 それらだけでも十分に目立つが、何よりも特筆すべきは鎧に複雑に描かれた文様。

 一見すれば儀礼用のパレードアーマーにしか見えないそれは、しかし、フィーやフルトの魔法使いの目を通して観れば、全く別の姿を見せる。

 それは周囲のマナを吸い取るかのように、薄緑の燐光を放っている。

 鎧に刻まれた文様は、装飾などではない、幾重にも重ねられ、複雑化し、それでもそれぞれの効果をもって稼動する、高度な刻印の塊。

 加速、強固、軽量、対魔、遮断、フィーが読み取れただけでも五つもの刻印がそこには刻まれている。


「カルデラエリア機密魔法隊所属クロイス・エハル。君主の命を授かってきた、そちらの少女を引き渡して頂きたい」


 男は鎧の重さを感じさせない動きで岩の上から飛び降りると二人の目の前で足を止める。

 フィーはフルトを体の後ろに隠すように一歩前に出た。

 機密魔法隊という言葉は聞いたことがなかったが、それはどうでもいい。問題なのはこの場をどう収めるかだ。フルトを引き渡すという選択肢は最初からない。

 軽量の刻印があるとはいえ鎧の重さは相当なものだ。

 だが男の動きには隙一つ無く、それだけで相当な手練とわかる。

 フルトを守りながら勝てるかどうかは正直わからない。

 わからないが、戦う以外の選択肢はない。

 フィーは黙ってコートの下から抜き取ったナイフを構え、フルトを下がらせる。


「投降の意思はないととっていいのだな?」


 クロイスと名乗った男は吊っていた腰の剣を両手で握った。


「後悔したら、いつでも負けを認めろ」


 言葉と共に男が一歩踏み出す。

 瞬間、その体はフィーの視界内から掻き消える。


 ――速い。


 思う暇も無く、フィーは一歩後ろにステップを踏む、横合いから振り下ろされた長大な剣の切先がその空間を切り裂く。

 崩れた体勢を立て直す時間を稼ぐべく、苦し紛れに風の刃を放つ。狙いはチラリとうかがえる肩口の鎧の間接部。

 男は受けるそぶりも、かわすそぶりも見せない。

 フィーの放った魔法は男に触れる前に霧散する。鎧の影響ではない、単純にイメージ力の差の問題だ。

 何よりも驚くべきは男が怯むことすらなかったということ。

 無駄なけん制はこちらの命を削る。

 すぐさま三つの式を立て続けに起動する、敵の攻撃を読む風読みの式、周囲の風量を操作する式、そして身体能力強化の式。

 周囲の風から敵の動きを読み取る、左、横なぎの攻撃が来る。加速された体はその下へ潜るように沈み込み、自身の上方に上向きの風を吹かせ、剣の起動を少しだけ上に逸らす。

 髪の毛を数本切り飛ばしながら、頭上を剣が通り過ぎていく。

 そのまま身を投げ出すように前方へ、風による後押しを受けて男との距離をとる。


「貴様、シメーレか」


 フィーのように身体能力強化、刻印、風と関連性の無い魔法を複数磨くことは別々のイメージを磨くこととなり、効率が悪く、半端物や混ぜものといった意味のシメーレという呼ばれ方をすることになる。

 一般的な魔法使いであれば、イメージを磨く意味でも、自分の魔法に絶対的な自信をもつ意味でも、式の類似性から多重起動式の習得のためにも、近しい一系統の魔法を特化して学ぶのが一般的だ。

 実際に相対してみればわかる、フィーの風の魔法は男の鎧の無い部分を狙ってもそこに届く前に霧散する。

 対して男の一系統に絞って磨かれた身体能力強化の効果はフィーのそれと比べて歴然の差がある。。

 フィーの身体能力強化がせいぜい全力で五倍、男の速度は十五倍はあると見ていいだろう。加えて、基本的な身体能力の違い。元がよければそれだけ当然差は開く。

 フィーと男の相対的な速度の差はざっと四倍。

 だがフィーとて、十年間魔法使いとしてただののう生きてきたわけではない、時に他の魔法使いたちと戦い、生き残ってきた手練なのだ。

 フィーはよく知っている。

 いかに修練を積んだ魔法使いであろうと、頭を、胸を、銃弾で貫かれれば死ぬのだと。

 魔法が霧散しようと、魔法によって投擲された石は防げないし、魔法によって着火されただけの自然の炎には身を焼かれる。


「鎧ニ身を包む臆病者モ、大差ナイだろう?」

「減らず口を」


 鎧や盾に頼るというのは自分の魔法に自信をもてないと自分で認めているようなものだ、だから本来魔法使いたちはそう言ったものに頼らない。

 だが目の前の男は、ちがう。確実に敵を葬るための手段を整えた結果にすぎない。

 相手が強いのはわかった、だがそれを打ち破らなければ、この先は無い。

 フィーは一歩後ろに下がりながら手中のナイフを投げ放つ。加速されたナイフは先程魔法で狙ったのと同じ肩の関節をめがけて迫っていく。

 常人であれば反応できない速度のそれを、男はその両手剣で易々と振り払う。

 ならばと懐から引き抜くのは、バレルと弾丸に加速の刻印を刻んだ銃だ。立て続けに三回、トリガーを引く。さすがに男もこの速度には反応できない。しかし、男は既に踏み出している。

 狙いをそれた弾丸は男の鎧に弾かれ、傷一つつけられず地に落ちる。


 ――化け物。


 そんな言葉を頭がよぎるが、頭を振ってすぐに考えを切り替える。相手に飲まれてはいけない。

 男は既に目の前、斜めに振り下ろされる斬撃をステップと風量操作で回避。

 銃を持つ手とは逆の手に近接用の切断の刻印を刻んだナイフで敵の鎧に切りかかる。

 甲高い音とともに、ナイフが砕け散る。

 敵の鎧にはやはり傷一つ無い。

 刻印の一部でも欠けさせられれば、その効力を打ち消せるというのに。

 幾重にも張られた刻印がそれを阻む。

 まさに鉄壁。

 敵の横薙ぎの攻撃を回避しながら銃をしまい両手に強固の刻印を刻んだナイフを持つ。

 いくらナイフを振るおうとも、魔法をぶつけようとも、蹴りをはなとうとも、敵には傷一つ与えられない。

 繰り出された突きをナイフで受け流そうとして、とっさにナイフを手放して跳躍、風の力を受けて空を蹴るように二度目の跳躍。

 敵の刃に触れたナイフはあっさりと砕けちり原型を留めずに地に落ちる。そのまま受け流そうとしていたら心臓を貫かれていただろう。

 戦ううちに互いの癖を見出し、攻撃は激しさを増す。

 だが単純な運動量と力の差に、こちらばかりが不利になっていく。

 こちらが一手出せば三手の返しが、三手返せば十手の返しが待っている。

 逃げるという選択は取れない、相手の方が早いのだから、逃げたところですぐに捕まるのが落ちだ。

 私は負ける……?

 弱った心の影響を受け、身体能力強化の効果が落ちる、その隙を逃さぬとばかりに男の剣が下からすくいあげるように振りぬかれる。その刀身に鉄板の仕込まれた靴裏を合わせ、風を操作、弾き飛ばされるままに距離を開ける。

 こちらは敵の攻撃を避けるだけで様々な手を尽くさねばならないのに、相手は戦闘を開始してから今まで、身体能力強化しか使っていない。

 こちらの同じ魔法より強力なそれは恐らくエーテルの効率でもこちらを上回る。

 しかもフィーは合わせて風の魔法を駆使し、武器にもエーテルを流している。

 エーテルが底を尽きるのは間違いなくフィーの方が先。

 どんな攻撃も通さず、逃げることも許さず、エーテルが底を尽きることもない。そうしてイメージ力の干渉を受けない打撃という単純ゆえに強力な攻撃手段。

 魔法使い殺し。

 そう呼ぶにふさわしい存在。

 振り返った視界の端、不安そうなフルトの顔が見える。

 負けたくない、だが、このまま戦っていては確実に負ける。

 意を決して、フィーは一つ息を吐く。

 男が動くよりも速く、フィーは両手からナイフを捨て、両手を挙げた。


「私の負けだ」


 抵抗の意思が無いのを見せるよう、魔法も全て解除して男の顔を見つめる。


「懸命な判断だシメーレ」


 男は剣を納めながらも警戒は解かず、フィーと距離を置いたまま回り込むようにフルトに近づこうとする。

 魔法、身体能力、装備、エーテル。それらにおいて全て負け、フィーが男に勝る点は、ただ一点を除いて存在しない。

 ゆっくりとフルトに近づいていく男が部屋の中央付近まで歩いていくのを確認してから、フィーは足元にエーテルを込める。

 一瞬だけ地面が薄い青色に輝いたかと思えば、隠れ家全体が大きく揺れ始める。


「貴様、何をした!」


 突然の地震に体勢を崩す男、揺れと鎧の稼働域に、起き上がるのに時間がかかる。

 対して自らこの地震を引き起こしたフィーは最初からそれを予見し、再び展開した身体能力強化と風量調整でフルトの元まで到達し、既にその体を抱きかかえている。


「イかにソノ鎧が頑丈でモ、生き埋めになれば、ドウダ?」


 言葉と共に残っていた天井が崩落を始め、さらに、地面までもが崩れ始める。

 地面に埋められた温度調整用の銀板、そこには、フィーの手によって、万が一の時の為、爆発のルーンが彫られていた。それにエーテルを流して、一斉に起動したことによって、隠れ家が崩落を開始したのだ。

 身体能力強化を持ってしても重力にはかなわない。男は足場と共に、地下の闇へと落ちていく。

 フィーはフルトを抱えながら、なんとか残った足場を飛び継いでいき、入り口から外へと逃げる。

 これだけ大規模の崩落が起きてしまえばここにはすぐに人が集まってくるはずだ。

 速くここを離れなければならない。

 横穴を抜け、下層のブロックへと抜ける。

 夜明けの近い偽物の空には薄い明かりが輝いている。

 人生の半分近くを過ごしたそこをフィーは一度だけ振り返ると、フルトを抱えなおして夜の闇へと紛れていった。


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